リッドの打ち合わせ②
クリスを本家屋敷の応接室に呼んでから、僕は彼女と打ち合わせを続けている。
話している内容は、クリスティ商会に『懐中時計』を販売委託する件だ。
バルディア領が『懐中時計』を直接販売することも出来るが、それだと余計な時間と経費がかかってしまう。
しかし、クリスティ商会に販売を委託すれば、バルディア領は生産することだけに集中できる。
当然、クリスティ商会には販売委託をすることにより、売上の一部は渡さないといけない。
それでも時間と経費削減に繋がり、お釣りがくるはずだ。
その為にも、僕は今後における僕達の『動き』について丁寧に説明をしていた。
「……というわけで、父上が両陛下にいずれ特別な懐中時計を献上する予定なんだ」
「なるほど。その時、『懐中時計』の価値は一気に知れ渡るということですね?」
クリスは、真剣な面持ちで両陛下に献上する意図に目聡く目を光らせた。
父上が、帝都で両陛下に献上する理由はいくつかある。
一つ目は、『懐中時計』をバルディア家が開発したことを帝国内に知らしめ、事実上の権利を取得すること。
二つ目は、『懐中時計』の価値をさらに高められるようにすることであり、ブランド戦略の仕掛けだ。
懐中時計の価値だけでも、ある程度高い金額で販売する事は出来るだろう。
帝国の両陛下も認めた『懐中時計』となれば、その付加価値によって価値を吊り上げ、上手くいけば貴族内においての『流行』まで持っていける可能性もある。
他にも細かい理由はあるが、主な理由はこの二つになるだろう。
クリスの言葉に頷いた僕は、考えている販売方法の説明を行う。
「うん。その後は、金額に応じて見かけや少し機能を変えたりするつもりだよ。他にも、追加料金で名前や貴族紋章を彫刻したりとかね」
「ふむ、追加注文事項というやつですか。懐中時計の本体価格は、貴族なら誰でも手が出せる価格。しかし、両陛下の懐中時計と同じ仕様に近付ければ、近づけるほど高額になるのですね?」
説明の意図に気付いたクリスは、ニヤリと商売人の笑みを浮かべている。
彼女に説明している販売方法は、前世の記憶で言うなら『車の新車販売』に近いだろう。
例で言えば新車購入する場合、販売側は本体価格をまず提示する。
その後、販売側が説明する色の選択や欲しい機能などは、ほとんどの項目に追加料金が発生する。
高い買い物をする以上、出来る限り納得できる物を欲してしまうのが人の性だ。
お金に多少の余裕を持っていれば尚更だろう。
その結果、追加料金が重なり、当初の予算より購入金額が超えてしまうことはよくある事だと思う。
『懐中時計』の販売方法はまさにそれだ。
貴族達は、ある程度の金額を必ず懐にしまい込んでいる。
絶妙な本体価格と言っても、帝国貴族に出せない金額ではないだろう。
そこに追加項目という罠を『販売側』となる僕達が仕掛けるわけだ。
不敵な笑みを浮かべ、僕はクリスに答えた。
「流石、クリスだ。話が早くて助かるよ。懐中時計は、貴族なら誰でも手が出せる絶妙な価格設定。後は、両陛下の懐中時計にどこまで近づけるかという点で、お金を出してもらうのさ……」
僕の説明を聞き終えた彼女は、口元を手で隠すように覆いながら考える素振りを見せる。
そして、おもむろに呟いた。
「……体面を気にする貴族達は、両陛下に献上された『懐中時計』を間違いなく欲しがるでしょうから、お金に糸目は付けないでしょう。わかって言っていますよね」
「さて、どうかな。帝都にいる貴族達の体面なんて、子供の僕には与り知らぬことさ。ただ、こうしたら皆が買いやすくなるかなと思っているだけだよ……ふふ」
笑みを浮かべて答える僕の言葉を聞いたクリスは、やれやれとおどけた仕草を見せてから微笑んだ。
「皆が買いやすくなる方法を考え、それを私の『クリスティ商会』に一任。そうすれば、バルディア家に対する貴族達の意識は多少逸れる。販売する私達は貴族達から何か言われても、生産しているのは『バルディア家』ということで逃げることができる……か。いいですね、『化粧水』や『リンス』以上の商機になりそうです。帝都で地味に燻っている、ローラン伯爵お抱えの腐れ商会達の息の根を完全に潰す良い機会にもなるでしょうねぇ」
クリスは、言い終えるとニヤリと黒い笑みを浮かべた。
ローラン伯爵は、彼女が帝都に『化粧水』を売り込みに行った時、茶々を入れてきたという貴族だ。
彼は当時、マグノリア帝国内の商会を牛耳り、他国の商会を締め出していたらしい。
やり方が強引過ぎることに加え、商会を牛耳ることで得た利権により、ローラン伯爵は私腹を肥やしていたそうだ。
ちなみに、彼は裏工作が得意で誰も尻尾を掴めずにいた為、嫌われ者だったらしい。
ある意味で有能なローラン伯爵だったが、クリスティ商会と化粧水に目を付けた結果、クリスに逆襲されて失脚。
彼お抱えの商会も、この事がきっかけで結構潰れたらしい。
しかし、帝都内には彼の息のかかった商会はまだ多数あるそうだ。
彼らはサフロン商会、クリスティ商会を目の敵にしてやたらと茶々を入れて来るらしい。
僕と打ち合わせする時、必ずクリスが溢している愚痴でもある。
……そういえば、父上もローラン伯爵の愚痴を良く言っている気がするな。
まぁ、何にしてもクリスとクリスティ商会に敵対する相手は、僕にとっても好ましい相手ではない。
僕は同意するように、不敵な笑みを浮かべた。
「潰せる良い機会だなんて……クリスも悪だねぇ……」
「ふふ……その機会を与えて下さるリッド様には及びませんよ」
僕とクリスは不敵な面持ちを浮かべ、お互いに笑い合うのであった。
後ろで控えながら僕達の様子を見ていたディアナが、呆れ顔でため息を吐いたような気がするのは、多分気のせいだろう。
その後、少し休憩を入れた僕達は打ち合わせを再開していた。
「それから、夫婦割引とかで結婚している貴族であれば奥さんの分ということで二台目は少し安くするのもいいかもね。クリスはどう思う?」
「良いと思います。奥さんの分とセット購入などは、喜ばれるでしょう。あと、販売台数はどうしますか」
「当分は、完全受注生産のみでいくつもりだよ。あと、一人に付き一台しか注文は受け付けないようにして、二人目以降は、使う人の本人確認もして欲しい。懐中時計は使う人間次第では悪用も出来るからね」
懐中時計は、少し聡い者からすればすぐに様々な使い道を考え付くはずだ。
販売もすれば、いずれ類似品を作られる可能性もある。
一応、構造が少しでも解り難い工夫は色々するつもりだけどね。
受注生産というのも、少しでも付加価値を付ける工夫でもある。
時代や場所を問わず、人は『限定品』に弱い。
それに、懐中時計は僕達しかまだ世に出せないので、無意味に安売りする必要もないだろう。
クリスは商売人の面持ちで、僕の答えに頷いた。
「わかりました。あと……」
こうして、僕と彼女は打ち合わせを続けて、懐中時計の販売方法についての原案をある程度まとめた。
後は、原案の細かい部分の確認と修正。
最後に父上に確認してもらい了承をもらえれば完成だ。
打ち合わせが一段落して一息入れた後、僕はクリスに「今日は、他にも見せたいものがあるんだ」と伝え、屋敷の応接室から別の場所に移動するのであった。
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247話時点 相関図




