乱戦
僕が先程行った魔法による『演出』により会場は緊張感が漂っている。
そして、その武舞台の中央で僕と狼人族のシェリル達、三人が向き合っていた。
僕は冷酷な表情を作っていたが一転してニコリと微笑む。
「やぁ、シェリル。次は君が相手をしてくれるんだね。ちなみに、そちらの二人は?」
「は、はい、ベルジアとアネットです。二人共、私の考えに賛同してくれた子達ですよ」
彼女は答えながら、彼らを紹介してくれる。
ベルジアは黒髪に黒い耳をしており、目つきは鋭い。
それに何やら、硬派な感じがする男の子だ。
彼は僕の視線に気付くと組んでいた腕を外し、僕を一瞥すると会釈する。
「ベルジアだ」
彼が無愛想な感じで僕に言葉を発すると、彼の隣にいたアネットが慌てた様子で声を荒げた。
「ちょっと、ベルジア‼ 挨拶ぐらいちゃんとしなよ。あ、すみません。リッド様、あたしはアネットです」
アネットは髪色が白と黒の二色であり、耳も左右で黒と白で色が違う。
しかし、その雰囲気はどこか穏やかな感じも受ける。
二人の挨拶に僕は頷いてから答えた。
「自己紹介、ありがとう。さて……じゃあ、そろそろ始めようか」
「……畏まりました。では……約束通り、私の本気をお見せします……はぁあああああ‼」
シェリルは言い終えると同時に、雄叫びを上げ魔力を上げていくとオヴェリア達同様に『獣化』してみせた。
彼女は全身が真っ白な毛で覆われていき、顔も心なしか少し狼に近付いていく。
その姿は『白狼』と言っていいかもしれない。
彼女の変身が終わると、僕は驚愕した表情を浮かべた。
「凄いね……まさか、シェリルも獣化を出来るとは思わなかったよ」
「……オヴェリア達の二番煎じではありますが、私も中々に強いですよ。油断しないで下さい。それから……」
「それから……?」
シェリルはもったいぶるように深呼吸をしてから、武舞台全体に聞こえるように声を張り上げた。
「聞け、武舞台にいる獣人族の同胞達よ。我らは怯え、竦み、このままでいいのか……断じて否‼ 獣人族としての意地と誇りを見せる時はいまぞ‼」
突然の凛とした透き通る声に、武舞台の雰囲気が変わる。
武舞台と会場の注目を集めたシェリルは、さらに言葉を続ける。
「我らはこの地で生きる覚悟を抱き、自分を信じて前を向き進むのみ。共に歩む者は、リッド・バルディア様に力を示すのだ。誰でもない、自分で力を示すのだ。それが獣人族の矜持だろう‼」
シェリルの問い掛けに、武舞台は静まり返る。
だが、間もなく空から可愛らしい声が響いた。
「それ、乗ったぁあああああ‼」
その瞬間、僕に向かって空から大量の雷撃が落とされる。
僕はニヤリと笑って空に向かい魔障壁を展開。
雷撃の着弾と同時に辺りには土煙と雷鳴、轟音が響き渡たり会場全体からどよめきが起きる。
だが、僕は無傷で魔障壁も問題ない。
さらに、魔障壁を解くと今度は風の属性魔法を使い、土煙を吹き飛ばす。
すると、空から鳥人族のアリア、シリア、サリア達がシェリルの隣に降り立った。
「えぇ、おに……じゃない。リッド様ってあれで無傷は少し気持ち悪いよ」
「確かに、少し引きますね」
「……引くね」
三人は、顔を引きつらせて僕に歯に衣着せぬ言葉を発する。
さすがの僕もその反応には苦笑した。
「君達、酷い言いようだね。それで、アリア達はシェリルと共闘するつもりかな? 僕は構わないけどね」
「うん。お……じゃない。リッド様には私達だけじゃかなわないもん。だから、一緒に闘ってくれる人を待っていたんだ」
アリアは僕に答えながら、シェリルに振り向きニコリと可愛らしい笑みを浮かべる。
シェリルは彼女達の突然の加勢に驚いたようだが、頷くとすぐに表情を切り替えた。
「聞こえるか、同胞達よ‼ 我らと共に、リッド様に挑戦する者は拒まない。今すべきことは、過去に囚われ足を震わす事ではない。リッド様に……バルディアに我らの力を示すことだ‼」
彼女の凛とした言葉が武舞台に響き渡り、アリア達やベルジア達が雄叫びを上げて答える。
それと同時に、武舞台で怯えた雰囲気を持っていた獣人族の子供達にも闘志が宿ったのを感じた。
僕はニコリと目の前にいる彼女達に微笑むと、一転して表情を冷酷な面持ちに切り替える。
そして、彼女達を睨むように視線を向けた。
「さぁ……そろそろ始めようか‼」
「望むところです‼」
その瞬間、アリア達がその場で飛び上がり雷撃を僕に向かって放つ。
僕は魔障壁で防ぐが、雷撃で舞い上がった土煙を利用して、シェリルとベルジア、アネットの三人が一挙に攻め込んでくる。
シェリルの動きはオヴェリア達に負けず劣らず苛烈である。
だが、それ以上に厄介なのがベルジアとアネットとの連携だ。
シェリルの攻撃が少しでも僕に届き鉢巻を奪取できるように、ベルジアとアネットが彼女を援護する動きに徹している。
こうなると、魔法を使う暇がない。
これは一度、体勢を立て直すべきか。
そう思った僕は、左手で魔障壁を球体状に展開。
右手で魔法を練っていく。
すると、ハッとしてシェリルが叫んだ。
「一斉攻撃だ‼ リッド様に魔法を使う隙を与えるな‼」
「わかった‼ 皆、いっくよぉおおお‼」
彼女の声に空からアリア達の返事が返って来るとその瞬間、空からまた轟音と共に雷撃が僕の魔障壁に降りかかる。
だが、この程度なら僕の魔障壁はまだ大丈夫だ。
しかし、雷撃が轟き終わるとシェリル達が僕の魔障壁を壊そうと乱打を掛ける。
その瞬間、僕の魔障壁に変化が起きた。
目に見える罅が生まれたのだ。
そして、間もなく辺りにガラスが割れるような音が鳴り響き、僕の魔障壁が壊れた事を伝える。
シェリルはこの機を逃さまいと攻勢をかける。
「いまだ‼ 誰でもいい、リッド様の鉢巻をねらうんだ‼」
しかし、壊れてもまたすぐに作り直せばいいだけだ。
僕は再度、魔障壁を発生させ彼女達を弾き飛ばして、ニコリと微笑む。
「残念だけど、遅かったね……‼」
僕は、右手に圧縮していた魔法核を空に解放して初手で見せたより大きい水球を発生させる。
「水球式・水槍……最初よりも一槍ずつの精度と威力は高いから気を付けてね……‼」
「……‼ 全員、防御態勢、来るぞ‼」
「みんな、よけてぇえええ‼」
シェリルとアリアが叫んだ瞬間、上空に漂う水球から水槍が武舞台の子供達を襲っていく。
同時にあちこちで着弾音と水飛沫が鳴り響く。
「きゃああああ」
「シリア、サリア⁉ きゃあああああ」
申し訳ないけど、アリア達に対しては特に『電界』を通じて位置を把握してより誘導性を高めている。
着弾すれば、場外もしくは試合中は飛べなくなる程度のダメージはあるはずだ。
現に、空を飛んでいたアリア達は全員被弾して地上に下りるか、水堀に落水している。
その時、電界を通じて僕に凄まじい勢いで突っ込んでくる気配を感じ、思わず振り返る。
その瞬間、『獣化』している誰かに襲われた僕は、ギリギリその攻撃を躱す。
すると、『獣化』した誰かは、悔しそうに悪態を吐く。
「クソが、背中に目でもついてんのかよ‼」
「君は……ミアか‼」
ミアの獣化した姿は、黒い毛に覆われておりまさに『猫獣人』だ。
ちなみに獣化しても片目だけは前髪で隠れている。
まさか、彼女も獣化できるなんて思わなかった。
と考えたその時、また後ろから気配を感じた僕は、振り返りながら襲い来る攻撃を受け止める。
僕を襲ってきたのはシェリルだ。
彼女は奇襲に失敗しことを悟ると、僕から少し距離を取る。
そして、ミアを一瞥してアイコンタクトを取った。
しかし、ベルジアとアネットの二人は居ない。
恐らく、水槍で場外に落水したのだろう。
僕はミアとシェリルを一瞥してから呟いた。
「まさか、君達が共闘するとはね」
「はぁはぁ……言ったはずです。重要なのは私達の力をリッド様に示すこと。もはや、部族なんかに拘っている時ではないのです……‼」
ひょっとすると、シェリルとミアはかなり早い段階で共闘を考えていたのかもしれない。
そうでなければ、先程の攻撃はタイミングが良過ぎる。
僕が彼女達に意識を集中させたその時、雷撃が僕の意識の外から飛んできて着弾してしまう。
「ぐぁああ‼ な、なんだ⁉」
幸い威力は低く、ほとんどダメージはない。
しかし、雷撃が飛んできた方角に振り返ると、そこには息で肩を揺らし僕に右手を差し出しているアリアの姿があった。
「はぁはぁ……へへ……みんな、やったよ」
アリアは何やら呟くとニコリと笑みを浮かべ、その場に膝から崩れ落ちてしまう。
恐らく最後の気力を絞って魔法を放ったのだろう。
しかし、僕に出来たその隙を彼女達が見過ごすわけがない。
「ミア、ここで押し切る‼」
「チッ……やってやるよ‼」
「クッ……⁉」
襲い来る彼女達の猛攻に、僕は堪らずに魔障壁を強めに展開して彼女達を弾き飛ばす。
そして、彼女達に向かって無挙動、無詠唱でオヴェリア達を場外に吹き飛ばした魔法を発動する。
(全十魔槍大車輪……‼)
その瞬間、僕の周りに魔法が円状に生成され彼女達目掛けて次々に襲い掛かっていく。
彼女達は一瞬だけ驚愕するが、すぐに切り替えて僕の魔法を潜り抜けながら一直線に向かってくる。
しかし、僕に近付くにつれ、シェリルとミアはいよいよ避けるのが厳しくなってきている。
その時、ミアがシェリルに叫んだ。
「お前、私を投げ飛ばせ‼」
「……⁉ わかった‼」
シェリルはミアの言葉に頷くと、彼女が駆け抜ける前に出て両手を組んだ。
そして、シェリルに向かって駆け抜けるミアは、彼女の組まれた両手に勢いよく足を乗せる。
シェリルは、その勢いそのままにミアの足を持ち上げるように僕に向かって投げ飛ばした。
「ミア、後をお願い‼ きゃああああああ‼」
立ち止まったシェリルは、僕の魔槍が着弾して吹き飛ばされる。
やがて、場外の水堀で水柱と水飛沫が吹き荒れた。
駆け抜ける勢いそのままに投げ飛ばされたミアは、一瞬で僕の目の前まで迫っている。
「くっ……小癪な真似を‼」
僕は右手で無挙動、無詠唱で魔法:水槍二式十六槍を彼女に向けて放つ。
しかし、彼女は獣化と恐らく身体強化も使い、紙一重で魔法を躱しながら僕に迫って来る。
「ここまで、近づいたらお得意の魔法は使えねぇだろう‼」
「そうかな‼ 僕には魔障壁もあるんだよ‼」
彼女が身近に迫った瞬間、僕は再度右手で魔障壁を展開する。
だが、ミアは片目で僕を睨むとその目に凄まじい闘志を燃やした。
「あたしを……獣人族を舐めんじゃねぇええええ‼」
ミアは、雄叫びと共に僕の魔障壁に向かって拳を力の限り繰り出す。
その瞬間、僕の目には彼女の拳に魔力が宿っているのが見えた。
彼女の感情と想いに魔力が呼応した……⁉ 魔力が籠ったミアの拳が魔障壁に接した瞬間、あっけなく僕の魔障壁は割れて消し飛んだ。
そして彼女は残った手で、僕の額にある鉢巻に手を伸ばしながら勝ち誇った表情を浮かべる。
「どうだ‼ あたし達の勝ちだぁああああ」
ミアの雄叫びを聞いた僕は、不敵にニヤリと笑みを浮かべる。
そして、彼女の腹部に左手を添えると溜めていた水槍を発動した。
「残念だけど、一歩足りなかったね‼」
「な……⁉ ぐぁああああああああ‼」
ミアは絶叫と共に、水槍で場外にむけて吹き飛んでいく。
やがて、水堀にミアが落水したものと思われる水柱と着水音が響き渡る。
「ふぅ」と息を吐いた僕だったが、今までの子達に感じたことの無い威圧感を覚え、その感じた場所に振り返った。
するとそこには『獣化』していると思われる見たことの無い、体格が良い子が立っている。
僕は思わず、やれやれと首を横に振った。
「まるで、獣化の大安売りだね。こんなに将来有望の子達が来てくれているなんてね。全く僕は幸運だよ」
「……そうか。だが、リッド様と闘えるという意味での獣人は、多分俺で最後だ」
なるほど、さっきの魔法で皆場外に落水したか、アリアのように戦闘不能状態になっているとこいうことだろう。
僕は彼の言葉に頷き答える。
「そうかい……ちなみに名前を聞いてもいいかな?」
「……熊人族のカルアだ」
「カルア……⁉ そうか、君だったのか。獣化で良く分からなかったよ」
彼とは馬車での受け入れ、大会議室などで何度か会っている。
その体格の良さは目を見張るものがあったけど、まさか獣化まで出来るとはね。
その時、彼は僕を見据えて呟いた。
「……ここまで戦ってくれた者達の為に、私は負けられんのだ」
「なるほど……ね。なら、最後の勝負を始めようか」
獣化した彼と僕はお互いに睨み合う。
そして、鉢巻戦、最後の戦いが始まるのであった。
本作を読んでいただきましてありがとうございます!
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評価ポイントはモチベーションに直結しております!
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張る所存です。
これからもどうぞよろしくお願いします。
【お知らせ】
2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました!!
本作品の書籍化とコミカライズ化がTOブックス様より決定!!
書籍が2022年10月8日にて発売致します。
現在、TOブックスオンラインストア様にて予約受付中です!!
※コミカライズに関しては現在進行中。
【その他】
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