燐火の灯
「さてと……狐人族の残りは君達だけだね」
僕は手に持っている大量の鉢巻を無造作かつあからさまに見せ付けるように、ラガード達向かって投げ捨てた。
二人は僕の動きが信じられないという驚愕の表情を浮かべている。
「く、くそ……貴族のボンボンのくせに……」
「ラガード……もリッド様にそんな口の利き方をしては……」
熱くなっている彼を諫めるようにノワールが声を掛けるが、逆効果となりラガードはカッとなる。
「う、うるさい‼ ノワールはあんな奴がいいのかよ……くっそぉおおお‼」
「ラガード⁉」
彼は彼女の制止も振り切り、ただ力任せに僕に突っ込んでくる。
駆け引きも何もないな。
少し、熱を冷ましてあげよう。
彼の大ぶりの攻撃を躱して、僕は彼の懐に入ると腹に掌を添えた。
「熱くなり過ぎだね、少し頭を冷やしな……水槍‼」
「な……⁉ うぅああああああ‼」
水槍は通常先端が尖っているが、今は魔力を落としているので殺傷能力はない。
ラガードに放った『水槍』強いて言うなら、途轍もなく水圧の強い水鉄砲程度の魔法だ。
だが、彼を場外の水堀に落とすには十分だろう。
「だめ⁉ ラガード‼」
しかし、吹き飛ぶ彼をノワールが受け止めようと前に出た為、僕は咄嗟に魔法の勢いを弱めた。
「きゃあ‼」
「ぐぁああ‼」
僕の魔法で吹き飛ぶ彼をノワールが受け止めたことで、二人は何とか場外に落ちずに済んだようだ。
周りにいる他部族の子達は特に彼らを助けに入る気配はない。
何かしらの作戦か、はたまた彼らなりの理由があるのか。
まぁ、どちらでも良いけどね。
僕はあえて嘲笑うように笑みを浮かべ、わざとらしく大きな拍手をしながらラガード達に悠然と近寄っていく。
「素晴らしいチームワークだね。でも、まさか『姫』に助けられる『騎士』がいるとはね。ラガード……君には、もう少しカッコ良いところを見せて欲しいかな」
ラガードは膝を突きながらもノワールを庇い、僕をギロリと睨みつけている。
「ぐ……黙れ、このクソ魔法使いめ……」
悪態を付ついているラガードに、僕は笑みを浮かべると顔を近づけて呟いた。
「ふふ……僕の魔法は凶暴だからね。でも、そろそろ次の子達もいるから、終わりにしようか。でも、そうだな。まだ何かあるなら、見せて欲しいから……うん、三分間待ってあげよう」
彼は僕を睨みつけるが、手が無いのだろう。悔しそうに拳を震わせて呟いた。
「駄目だ……今、あいつと戦っても負けちまう。クソ、俺がもっと強ければ……力が……力が欲しい‼」
「ラガード……」
彼の絞り出す言葉に、ノワールが寄り添っている。
ふむ、傍にいるのは無粋かな?
僕は彼らから少し距離を取る。
その後、これ見よがしに右手を二人に差し出して、『水槍』を展開する。
彼らは何か話しているようだが、僕には聞こえない。
だけど、何かざわめきは感じているので、期待していいかもしれないな。
それから、少しの間を置いて、僕は二人に尋ねた。
「作戦会議は終わったかい? 時間だから、答えを聞こうか」
すると、二人はおもむろにその場に立ち上がる。
その目には、まだ熱がある。
やはり、まだ何かあるようだ。
そう思った時、ノワールが呟いた。
「ラガード……私を信じて……」
「ああ、俺はいつでもノワールを信じている……絶対に‼」
「……何をするつもりかな?」
僕は彼らの言葉の意図を理解出来ず、怪訝な表情を浮かべた。
念のため、電界を通じて彼らの気配を窺うと、二人の感情のようなものを感じる。
(なんだこれ……まだ、この感覚は知らない? いや知っている感じもする。でも、どちらにしても嫌な感じはしないな。むしろ……温かい?)
心の中で僕が呟くと同時に、ノワールがラガードに向かって優しく語り掛けるように唱えた。
「ラガード……あなたに燐火の灯を……」
その瞬間、ノワールの全身から『燐火』と思われる炎が溢れ出て空に舞い上がった。
「な……⁉」と予想外の出来事に、僕は思わず驚きの表情を浮かべる。
また、会場全体からもどよめきが起きた。
そして、空に舞った燐火はやがて、ラガード目掛けて飛んでいき、彼はその『燐火』を恐れもせずに受け入れる。
やがて、ノワールから舞い上がった燐火をラガードはすべて受け入れ、その身に纏った。
だが、魔法が終わるとノワールが力なく膝から崩れ落ちていく。
ラガードは、そんな彼女を優しく支えてゆっくり横にすると、僕に振り返り力強い眼差しを見せた。
「今度こそ負けられない……ノワールの為、狐人族の為……俺は負けられないんだ‼」
「あは、いいね。じゃあ……続けようか」
二人には悪いけど、僕は内心ワクワクが抑えきれない。
ノワールが使った魔法は、とりあえず彼女の呟きから『燐火の灯』と呼ぼう。
自らの魔力を魔法にして放出。
それを、対象に与えることで何かしらの強化をしたというところだろうか?
ラガードは『燐火の灯』を身に纏い、全身から青い焔が噴き出て揺らめいている。
それに、先程とは気配が全く違い自信に溢れ、良い眼をしている。
そんな彼に、僕はニヤリと笑みを浮かべた。
「さぁ、掛かってきなよ。それとも、その身に纏った『燐火』はただの飾りかい?」
「……その言葉、後悔させてやる」
ラガードの答えと同時に、僕は彼に『水槍』を放つ。
だが、彼は先程と全く違い、素早い動きで僕の魔法を躱して見せる。
彼が会場を大きく走り、僕がそんな彼に魔法放つ構造となり、獣人族の子供達は大混乱。
会場は水槍が何かに着弾する時に発生する衝撃音と、水飛沫で大盛り上がりとなっていた。
「ふふ、いいね‼ さっきとは全然違う動きだ。じゃあ、これならどうだい……水槍弐式十六槍‼」
弐式は通常の水槍より威力は低い。
だけど、僕が目視した相手に目掛けて飛んでいく誘導性だ。
僕の周りに生成された十六本の水槍が、動き回るラガードを目掛けて飛んでいく。
「さぁ、ラガード……どうする⁉」
ラガードに魔法を放ちつつ、彼がどんな動きを見せてくれるのかワクワクが止まらない。
彼は、先程とは比べものにならないほどの高い跳躍をする。
そして、僕の水槍が彼を目掛けて飛んでいき、一直線に並んだところを見計らい両手を差し出した。
「今なら出来る……焔球三十二灯……いっけぇええええ‼」
彼の声が会場に響くと、彼の前面に大量の燐火が浮かびあがった。
それは、揺らめく青白い焔の塊に見える。
彼から放たれた魔法は僕の水槍にぶつかり、互いに相殺していく。
いや、彼の撃った魔法の数は、僕の魔法より多い。
つまり、こちらに向かって飛んできているのだ。
迫って来る魔法に僕は見覚えがあり、思わず呟いた。
「……⁉ 最初、僕に向かって放った魔法を一斉にあれだけ一人で撃ったのか‼」
その瞬間、僕の周りに魔法が着弾して爆音と焔に包まれる。
「やったぜ‼ これで、俺の勝ちだ」
空中に居るラガードの声が会場轟き、辺りが静まり返ったようだ。
しかし、彼が地上に着地した瞬間立ち上がる煙の中から水が迸しり、あたりで燃えている焔を消していった。
煙と焔が落ち着くと、ようやくラガードの顔が見えてきて僕はニコリと微笑んだ。
「あはは、ラガードがあれだけの魔法をいきなり扱えるようになるなんてね……『燐火の灯』は素晴らしい。これは是非、試合が終わったら君達に色々と話を聞きたいね」
「く、くそ……また無傷かよ。なら、鉢巻を直接獲ってお終いだ‼」
僕を見てギョッとした顔を浮かべて彼だが、果敢にも僕に突っ込んできた。
魔法では勝てないと悟り、接近戦で鉢巻を獲るつもりだろう。
そんな彼を、僕は満面の笑みで迎え撃つ。
「ふふ、『燐火の灯』でどれ程、身体強化されるのか……興味は尽きないね‼」
「く……勝手に言ってろぉおお」
彼は声を荒げながら、僕と近接戦に取り組む。
そして、僕は彼の攻撃を受け流しながら驚愕していた。
何故なら、先程までは彼は『身体強化』を使えていなかった。
故に、僕に勝てる見込みなどなかったのだ。
だが、今はどうだ? 身体強化を使っている僕に動きが追いついているじゃないか。
僕達の凄まじい動きに観客は大盛り上がりをしているようで、熱気があたりから伝わって来る。
しかし、僕の笑みとは反対に、ラガードの表情がどんどん追い込まれてく。
やがて、お互い拳がぶつかり合いその衝撃で僕達の間に距離が出来た。
「ふふ……楽しいね。でも、そろそろ君は時間切れかな?」
「……どうしてだ⁉ なんで当たらないんだ……くっそぉおおお‼」
怒号を上げながら必死の形相で、ラガードは襲い来る。
恐らく、彼には残された時間はもうないのだろう。
ノワールから託された『燐火の灯』は当初と比べて、目に見えて火の勢いが弱くなっている。
そしてもう一つの彼が焦る原因……それは、彼の攻撃は一度も僕に届いていないからだ。
だが、その一番の問題点に彼は残念ながら気付いていない。
楽しかったけど、そろそろ潮時か。
僕はニヤリと笑った。
「なんで当たらないかだって? ノワールの力に頼り過ぎなんだよ……自分の力じゃないんだ。そう簡単には使いこなせないのさ‼」
「な……⁉」
僕は彼が求める理由を声高らか伝えると、彼の懐に左手を潜り込ませ魔力を込める。
「ラガード、終わりだね……結構楽しめたよ。じゃあね」
「ぐぁああああああああああああ‼」
ラガードは腹部にゼロ距離で水槍を発動され勢いよく吹っ飛んだ。
そして、場外の水堀に落下して激しい水飛沫と、燐火が水に接触したせいか白い煙を巻き上げた。
その瞬間、会場から歓声が鳴り響く。
「さてと……」
僕は、彼が落下した水堀とは別方向に歩を進めて、横になっている少女の鉢巻を手中に収める。
すると、少女が目を開けた。
「あ、ノワール、ごめん。起こしちゃったかな?」
「いえ……私達、負けちゃったんですね。あの、ラガードは?」
ノワールは自身より、ラガードのことが心配ようで彼を探して見回している。
「彼かい? いいよ、連れて行ってあげる」
「え……⁉ きゃあ‼ あ、あのリッド様この恰好は恥ずかしい……です」
「うん? そうは言ってもノワールは動けないみたいだし、君の騎士はいま傍にいないからね」
僕は身動き出来ない彼女にラガードを会わせるためと、審判達に渡すために所謂『お姫様抱っこ』をしている。
観客席から悲鳴のような声がやたら聞こえて来るが、何かあったのだろうか?
◇
「く、くそ……あの性悪魔法使いめ……」
「失礼だな。誰が性悪だって?」
「うわぁあああああああ‼」
ラガードが落下した場所に移動すると、丁度彼がびしょ濡れになりながら水堀を出ようとしていた。
しかし、僕が声を掛けると驚いてまた彼は水堀に落ちてしまう。
何をやっているんだか。
僕はお姫様抱っこをしていたノワールをその場で下ろす。
すると、彼女は心配そうな面持ちで水堀に駆け寄った。
「ラガード‼ 大丈夫⁉」
「ノワール⁉ ごめん……負けちまった」
「ううん、それよりもラガードが無事でよかった」
ラガードはノワールの助けを借りながら水堀から抜け出す。
そして、何やらいい雰囲気になりつつあるが、そんな彼らに僕は咳払いをして注目を集める。
「さて、君達は負けたわけだから早く場外に出るように……それから、ラガード」
「な、なんだよ……」
怪訝な表情を浮かべるラガードに僕は近寄ると、そっと耳打ちした。
「あのね、何か勘違いしているみたいだから言っておくよ。ノワールはね、僕に好意は抱いてないと思うよ。君という騎士がいるんだからね。しっかり、守ってあげなよ?」
「な……⁉ 何、言ってんだよ‼」
彼は顔を赤くしながら答え、その様子をノワールがきょとんとした表情を浮かべて見ていた。
僕がそんな彼らにニコリと微笑んだその時、鋭利な気配を感じ咄嗟に振り返る。
すると、長く白い特徴的な耳を靡かせた少女が両手の指を胸の前で音を鳴らし、こちらを楽しそうに見据えていた。
「リッド様、次はあたしと戦おうぜ‼」
「オヴェリア……か。早速、大本命というところだね」
まだまだ、鉢巻戦は始まったばかり。
さて、オヴェリアはどんな戦いを僕に見せてくれるのかな? 僕はニヤリと不敵に笑うのであった。
本作を読んでいただきましてありがとうございます!
少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
差支えなければブックマークや高評価を頂ければ幸いです。
評価ポイントはモチベーションに直結しております!
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張る所存です。
これからもどうぞよろしくお願いします。
【お知らせ】
2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました!!
本作品の書籍化とコミカライズ化がTOブックス様より決定!!
書籍が2022年10月8日にて発売致します。
現在、TOブックスオンラインストア様にて予約受付中です!!
※コミカライズに関しては現在進行中。
【その他】
※注意書き
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