前日
宿舎の執務室でシェリルの申請許可を出した後、僕は雑務を終わらせて屋敷に戻る。
屋敷に辿り着くと早々にガルンを通して父上に呼び出された。
そしていま僕はディアナと共に、父上の前に立っている。
「えー、父上。ご用件は何でしょうか?」
「……あの『建物』のことに決まっているだろう」
父上は、額に手を添えて俯き首を横に振っている。
あの『建物』とは、『鉢巻戦』に使う会場のことだろう。
どうやら、ディアナが言っていたことが正しかったらしい。
でも、父上は怒っているというよりも、呆れ顔だ。
僕は、決まりの悪い顔を浮かべて苦笑する。
「あはは……す、すみません。でも、父上やメルが観戦しやすいように観覧席を作ったんです。是非、当日は楽しみにしていてください」
「はぁ……お前の魔法が優れていることは屋敷の者達は『ムクロジの木』の件で把握しているから、そこまでは問題にはならん。だがな、いつも言っているだろう。事前に報告しろとな」
「はい……以後、気を付けます」
僕がペコリと頭を下げ一礼する。すると、父上は顔を上げて不敵な笑みを浮かべた。
「……リッド、前も同じ返事をしていたな。では、今日はどう気を付けて行くつもりなのか……みっちり聞かせてもらおうか」
「え……⁉ えーと、それはですね……」
この後、父上からの設問とお説教がしばらく続き僕はゲッソリすることになる。
その間、ディアナはため息を吐きながら首を小さく横に振っていた。
◇
「……では、失礼致します」
父上からの冷静なお叱りがようやく終わり、僕は執務室を後にする。
ドアを閉め自室に向かい歩き始めると、ディアナが小声で話しかけて来た。
「リッド様、だからお伝えしたではありませんか……」
「あはは……こればっかりはしょうがないよね。でも、いずれは皆が使えるようになるから、父上もこれぐらいじゃ怒らなくなるよ。木を隠すなら森の中。だからさ、森がなければ森を作ればいいと思うんだよね」
魔法を多少うまく使える『子供』が、今は僕しかいない。
だから、色々活動すると目立ってしまう部分がある。
でも、獣人の子達を鍛えていき教育課程を確立してしまえば、僕も目立ちにくくなるだろう。
しかし、ディアナは僕の言葉を聞いて呆れ顔を浮かべている。
「また、型破りなことをお考えになられていますね。リッド様は魔法云々ではなく、そのお考えにより目立っておいでなのです。ご注意ください」
「そうかなぁ……?」
僕が考えていることは、確かにいま少し先進的ではあるかもしない。
でも、いずれは僕のように考える人は出て来るとおもうんだよね。
その時、正面から可愛らしい声が響いた。
「おかえりなさい、にいさま‼」
声と共に、メルは僕に向かって走ってきて飛び付いてきた。
僕はそんな彼女を受け止めながら、その場でクルっと一回転してからメルを立たせると、ニコリと微笑んだ。
「ただいま、メル」
「えへへ。あ、にいさま、それよりえんぎのれんしゅうしようよ。だなえもね、たのしみにしているんだよ」
「あ、そうか。そうだったね」
メルは本当に楽しそうに可愛らしい笑みを浮かべている。
すると、メルを追いかけて来たのか、ダナエが息を切らしてやってくる。
クッキーやビスケットも一緒だ。
「はぁはぁ……メルディ様、お一人でそんなに走られると危ないです」
「あはは、ダナエもいつもありがとう。じゃあ、僕の部屋にみんなでいこうか」
「はい、にいさま‼」
こうして、この日はメルやダナエ達と『鉢巻戦』に向けての特訓をするのであった。
◇
翌日、僕は宿舎の執務室でクリス達への招待状。
そして、エレンとアレックスの二人にも『鉢巻戦』の招待状を準備していた。
ちなみに、獣人族の子達の会議は昨日行われたが、特に問題はなかったとカペラから報告を受けている。
その際、シェリルから「私達も本気で行きますので、油断の無きようお願いします」という伝言もあったそうだ。
彼らがどんなことを考えているのか? 今から楽しみで僕はワクワクしている。
などと思いながら、手を進めているうちに最後の招待状を僕は書き終えた。
「よし、出来た。カペラ、悪いけどこれをクリス達とエレン達に届けてくれるかな? 重要な書類になるから、出来れば直接届けてほしいかな」
僕は、彼に視線を向けると書き終えた招待状を差し出した。
カペラは会釈をすると、丁寧に招待状を受け取る。
「承知致しました。では、すぐに行って参ります」
「うん、悪いけどお願いね。それから、エレン達によろしく言っておいてね。お願いされていた件は何とかなりそうだって」
彼は頷くと、そのまま執務室を後にする。
なお、エレン達にお願いされていた件というのは、人員補充の件だ。
獣人族の子供達で『狐人族』と『猿人族』の二種族が希望で上がっていた。
幸い、狐人族は今回の子供達の中で一番多い種族になるので、彼女の要望に応えることはできるだろう。
僕は、目を手で揉むと天を仰ぎ、息を漏らした。
「ふぅ……あとは鉢巻戦で結果を見せて、それから彼らに魔法を教えて……」
これからすべきことを呟いていると、僕の机に新しい紅茶が置かれる。
「お疲れ様です。リッド様」
「ありがとう、ディアナ」
僕は彼女にお礼を言いながら、淹れてくれた紅茶を口にする。
あったかい紅茶は、書類仕事の供だよねぇ。
そんなことを思いながら顔を綻ばしていると、彼女が恐る恐る訪ねて来た。
「リッド様。差し出がましいようですが、ファラ様とお住まいになるお屋敷の件は大丈夫でしょうか? 近頃は獣人族の受け入れで忙しいご様子でしたので、そちらはあまりご指摘しておりませんでしたが……」
「あぁー……そうか、それもあったね。一応、屋敷建造の件は皆の意見をまとめた書類が通ったから問題ないと思うけど、確認は必要だね。あと確かに、ファラには近況は連絡できていなかったなぁ。よし、『鉢巻戦』に挑むことを手紙で送っておこう」
僕は、ディアナの言葉で再度机に向かうとファラに手紙を書き始める。
と、その時、執務室のドアがノックされた。
返事をすると、メイド長のマリエッタと騎士団長のダイナスが入室する。
珍しい組み合わせに思わずきょとんとしてしまう。
やがて、二人は僕の前にやって来て会釈をしたので、こちらから声を掛けた。
「二人が一緒に来るなんて珍しいね。今日は、どうしたの?」
「はい、実はメイド達から『鉢巻戦』を是非観戦したいという申し出が多数出ております。手が空いている者のみ、観戦させてもよろしいでしょうか?」
「騎士団も同様です。リッド様と獣人族の子供達との試合にとても興味を持っておりますので、差支えなければ観戦をしてもよろしいでしょうか」
予想外の申し出に、僕は少し驚きの表情を浮かべる。
でも、特に断る理由もないし、問題はないだろう。僕はニコリと微笑んで頷いた。
「わかった。屋敷の業務に支障が出ないなら問題ないよ。でも、魔法とか飛んでくるかもしれないから、必ずメイド達は騎士達の後ろで観戦するようにお願いね」
「承知しました。皆、喜ぶと思います」
マリエッタは僕の答えを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
その後、ダイナスとマリエッタは僕に一礼するとそのまま執務室を後にする。
なんだっただろうか? と思った時、補足するようにディアナが笑みを浮かべて呟いた。
「ふふ、リッド様はご自身が思っているより、皆に慕われているのですよ。それに、リッド様の実力をその目で見られる機会は中々にありませんから、この機会を逃したくない者が多いのでしょう」
「へぇ、そうなんだ。嬉しいけど、何だか照れるね」
僕は照れ笑いを浮かべながら答える。
しかし、そうなると屋敷の皆は結構来るのだろうか? なら、余計に気合を入れないとダメだな。
そう思った僕はファラへの手紙を書き終え、事務処理が終わると、明日に向けて武術と新しい魔法の訓練を行う。
屋敷に戻るとメルやダナエ達との練習にも熱が入っていた。
そうするうちに、時間はあっという間に『鉢巻戦』の当日となるのであった。
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