狐人族のノワールとラガード
「リッド様、狐人族のノワールとラガードをお連れしました。よろしいでしょうか」
「うん、どうぞ」
僕がメイドのニーナに返事をすると、執務室のドアが開かれておずおずと狐人族の少女と少年が入室する。
少女がノワール、少年がラガードだろう。
メイドのニーナは、執務室には入らずにドアの前で丁寧に一礼してからドアを閉める。
二人は、僕とディアナ、カペラの三人からの視線で緊張しているようだ。
僕は、二人の緊張を解くようにニコリと微笑んでみせる。
「二人共、いらっしゃい。さて、そちらのソファーにどうぞ」
「は、はい……‼」
狐人族の二人は、僕に促されるままにソファーに腰を降ろす。
あまり、座り慣れていない様子でおっかなびっくりの感じを見せている。
何より微笑ましいのは、尻尾をお尻に轢かないように気を付けている点だ。
彼らが腰を降ろすと、僕は机を挟んで正面にあるソファーに座り、視線をゆっくり二人に向けた。
「さて、ノワール。君は何度か会っているけど、ラガードはこうして直接話すは初めてだよね」
「お、俺はノワールが心配で……付き添いできました」
心配という言葉に僕はきょとんとするが、彼の目には僕に対する強い敵意を感じる。
はて、何か彼にしただろうか? そう思っていると、ラガードの後ろに、音と気配を殺してカペラが静かに忍び寄る。
そして、カペラに背後に立たれたことに気付いていないラガードに警告した。
「冗談でも、我が主にそのような敵意を向けるべきではありませんね。あなたは立場がわかっていないのですか?」
「な……か、体が……⁉」
ラガードはカペラの声に驚き、振り返ろうとするが体がうまく動かないようだ。
恐らく、カペラの魔法か何かだろう。
ノワールと僕の話に、彼はどうやら邪魔になる存在と思われてしまったらしい。
まぁ、この場において僕に敵意を剝き出しにするとそうなるよね。
ノワールは、ラガードの様子に驚きの表情を浮かべた。
「も、申し訳ありません‼ ラガードは決して、リッド様や皆様に敵対しようなんて思っていません。私も付いて来なくていいと言ったんですが、どうしてもと聞かなかったもので、お許し下さい‼」
ノワールはその場で頭を下げようとするので、僕は微笑みながら制止する。
「気にしないで大丈夫だよ。それよりも、ラガード……僕は君に何かしたかな? 特に覚えはないんだけど、何かあるなら聞かせてほしいな」
「お、お前達は、ノワールをどうするつもりなんだ⁉ 何かしたら、ゆ、許さない……‼」
彼女に答えた後、ラガードに視線を移す。
しかし、彼はこの状況においても、僕を力の限り睨みつけている。
中々に胆力があると思っても良いかもしれない。
それにしても、どうするも何もないんだけどな。
僕は『やれやれ』と首を横に振った。
「どうするも、こうするも……何もしないよ。君達に会議室で話したことがすべてだよ。だから、彼女の話を聞くために、君達をここに入れたんだろ?」
「ほ、本当に何もしないのか……?」
「はぁ……そもそも、こうして君が僕と話せていることが何もしない証拠でしょ。僕が本気なら、君の口は封じられているんだよ?」
僕は、呆れ顔を浮かべて諭すように言葉を紡ぐ。
その言葉の意味に彼は気付いた様子でハッとすると、悔しそうな表情を浮かべた。
そう、カペラが本気ならすでに彼はこの世にいない。
僕達のやりとりを見ていた、ノワールが沈痛な面持ちを浮かべて呟いた。
「本当に申し訳ありません。ラガードは、故郷に居た時から私を守っていてくれていたんです。本当に、悪気はないんです。どうか、お許しください」
彼女は言い終えると同時に、僕に頭を下げるが今度はあえて止めない。
ラガードは、彼女の言動に悔しそうな表情を浮かべているが、そんな彼にディアナが冷たく指摘する。
「ラガードでしたか……あなたの為に、ノワールは頭を下げているのですよ。なのに、貴方はまだ自身が行った非礼に気付かないのですか?」
「グッ……⁉ も、申し訳ありませんでした。非礼をお許しください」
彼女の言葉の意味をすぐに理解した彼は、悔しそうな面持ちのままに僕に頭を下げる。
ラガードなりに、ノワールを守ろうと必死なのだろう。
でも、やり方が良くない。
この場の力関係を考えれば、彼のしていることは悪手だ。
僕は、二人に顔を上げてもらうと、ラガードを諭すように言葉を紡ぐ。
「ラガード、君の言わんとしていること、心配はもっともだと思う。でも、相手の立場や場所、状況を考えないと大変なことになる。気を付けないと彼女を守るどころか、危うくすることだってあるんだよ? そのことを今後はもう少し考えた方がいいね」
「う……わかりました。気を付け……ます」
僕の言葉を、すんなり受け止めているわけではなさそうだけどいまはこれで良いだろう。
カペラに目で合図すると、彼は頷きスッとラガードの背後から一歩後ずさった。
ラガードは、よほどの殺意か何かを浴びていたのか、カペラが離れると同時に空気を貪るように息をし始めた。
そんなラガードの様子を一瞥した後、僕はノワールに視線を移す。
「さて、ノワール。さっき会議室で話していた狐人族の『総意』について聞かせてもらえるかい?」
「はい……承知しました。あの、その前に失礼ですが、リッド様は狐人族が治める領地の状況について何かきいておりますでしょうか?」
ノワールの思いがけない問いかけに僕は思案顔を浮かべ、今まで聞いた情報を思い出してみる。
しかし、わかっているのは狐人族の子供達が一番多く奴隷として売りに出されていたこと。
そして、販売の元締め的な事をしていたということぐらいだ。
「いや、正直、あんまり知らないね。でも、その『領地の状況』が君達の総意に関わっているんだね?」
彼女は僕の答えに頷き、暗い表情で話しを続けた。
「はい……仰る通りです。いま、狐人族の領地は貧困が凄くて首都の『フォルネウ』に暮らす者以外は、生きるだけで精一杯の状況なんです。だから、私達は口減らしで売られました。それに、もし……国に戻っても恐らく帰れる場所はなく、悲惨な未来しかありません」
「……そうか。それで、皆は此処に置いてほしいという意見が総意となったんだね?」
ノワールが僕の答えに黙って頷く姿を見て、ラガードも悔しそうに頷いている。
総意と言っても、内心では彼らも色々な思いはありそうだ。
ノワールは、顔を上げると言葉を続ける。
「それで……『鉢巻戦』について私達は如何すれば良いでしょうか? もし、今後のことやリッド様の非礼に繋がるのであれば、狐人族は辞退しようとも考えております」
「え、そうなの? でも、それは逆に困るかな。『鉢巻戦』は君達の力を僕が見たいという思いもあるからさ。良ければ、今後のことや非礼とかを考えずに参加してほしいな。それに、ラガード。君は僕に思うことがあるんだろ? なら、その時に挑戦してくれればいいよ」
僕は彼女の答えに少し困惑した表情を見せた後、挑戦的な視線をラガードに向ける。
彼はおずおずと僕を見ると呟いた。
「……あとで、非礼だとか言わないよな」
「勿論、そんなことは言わないさ。それに、僕の鉢巻を獲ることが出来れば要望を出来る限り叶えるというのも本当だからね」
「わかった。俺は、『鉢巻戦』であんたに挑戦させてもらう」
ラガードの言葉が執務室に響くと、ディアナは呆れ顔を浮かべてため息を吐き。
カペラは相変わらずの無表情だ。
ノワールは、少し心配そうな目でラガードを見ているが、彼女も意を決したように僕に視線を向ける。
「畏まりました。狐人族のお力を示すことがリッド様のご希望であれば、出来る限り皆で参加できるように致します」
「うん、お願い。あ、でも、体調が悪い子は無理しないでいいからね」
「はい、皆にもそう伝えます」
僕はノワールの答えに頷いた後、話題を変える。
「よろしくね。それと、君達には今後バルディア領において『製作』や『製炭』作業をお願いしたいんだ。その関係で、君達には改めて紹介したい人がいるからその事も伝えておいて欲しい」
「わ、わかりました。皆にも説明しておきます」
その後、ノワールとラガードは僕と少し雑談をしてから執務室を後にする。
二人が部屋を出ていく時、ディアナがラガードの背中をジッと見ていたことに気付いた僕は、彼女に視線を向けて尋ねた。
「……ディアナ、どうしたの?」
「あの、ラガードという少年には少しやり過ぎたかもしれません。彼がリッド様に抱いていた敵意は、少し意味が違っていたようです」
彼女の呟きにカペラも頷いた。
「確かに、あれは恋する男の子でございました。何にせよ、リッド様に敵意を向けたのは事実ですから、やり過ぎたということはないでしょう。彼にとっては良い経験です。それに、私の殺意を浴びながらも、必死に彼女を守ろうとした意思は見込みがありますよ」
「あ……そういうことね」
二人の話を聞いて身に覚えのない敵意を向けられた理由がわかり、僕は思わず呆気に取られる。
しかし、それだと彼は『鉢巻戦』において僕の事を『恋敵』として狙ってくるということだろうか?
まぁ、それならそれで面白そうだし、わざわざ訂正しなくても良いか……と思う僕であった。
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