獣人族の子供達②
獣人族の子達を受け入れ開始早々、僕は目の前で起きた出来事に困惑していた。
何故なら、ある獣人族の子が馬車から飛び出して、いきなり僕の前までやってきたのだ。
それはまだ良かったけど、その子は悲痛な面持ちで「弟を救ってほしい」と声を上げるなり、なんとその場で土下座してしまうではないか。
目の前で起きた一連の出来事に、僕を含めて皆呆気に取られてしまう。
そして、僕は今その子に、話を聞かせて欲しいと言いながら寄り添っていた。
「と、ともかく、土下座をやめよう。ほら顔を上げて、ね? ちゃんと話を聞くからさ」
「……‼ は、はい、ありがとうございます‼」
寄り添い、声を掛けることでようやく獣人の子は顔を上げてくれた。
その子は先程の狐人族のノワールとは、また違う獣人族のようで、耳や目の形、そして尻尾の形が少し違う。
僕は出来る限り優しく微笑んだ。
「えーと、まず名前と種族を聞いても良いかな?」
「は、はい、私は狼人族のシェリルと申します。その、弟はラストと言うのですが……故郷に居た時から病弱で、今も馬車の中で苦しんでおります」
シェリルと名乗った狼人族の子は多分、女の子と思われる。
彼女の瞳は赤く、少し汚れているけど、色白の肌と長く白い髪、そして白い耳とフサっとした尻尾のある可憐な少女だ。
そんな、シェリルは自己紹介をしながらも悲痛な面持ちをうかべている。
それにしても、弟が病弱か。
それが原因で、奴隷として売られたのだろうか? 僕が、ふとそんなことを思った時、シェリルは必死の形相を浮かべて言葉を続けた。
「リッド様、どうかお願い致します。弟をお助け下さい。私に出来ることであれば何でも……何でも致します。なので、どうかお願いでございます‼」
彼女は言い終えると、またその場で土下座をしようとする。
僕は慌ててシェリルを制止しながら、声を発した。
「わかった‼ 状況はわかったから、土下座は止めよう‼ それよりも、弟のラストが馬車にまだ乗っているんでしょ? 体調が良くないならすぐに医務室に移動させるから、君も手伝って‼」
「……⁉ ありがとうございます……本当にありがとうございます……‼」
僕の言葉を聞いた彼女は安堵したのか目に涙を浮かべて、今度はその場に膝から崩れ落ちてしまう。
その様子を見た僕は、獣人族の子達の生い立ちは思った以上に辛い状況なのかもしれない、と気を引き締めた。
そして、僕は馬車に向かって大声で叫んだ。
「ダイナス団長‼ 狼人族のラストっていう子は、馬車の中にいるかな⁉ 居たら優先して、医務室に運んであげて‼」
「……‼ 承知した‼」
ダイナスの声が辺りに響くと、辺りに居た皆はハッとした様子を見せた。
そして、獣人族の子供達を受け取る為に、馬車近くに駆け寄っている。
僕は、泣き崩れているシェリルに寄り添いながら言葉を掛けた。
「シェリル、色々と思う事はあるだろうけど、まずはラストを医務室に運ぶのを手伝ってくれるかな?」
「あ……は、はい‼ 取り乱して申し訳ありません」
彼女は僕の問いかけで泣き止むと同時に、服の袖で自身の頬を伝う涙を拭った。
そして、立ち上がると先ほどまで乗っていた馬車に駆け寄っていく。
僕は、彼女が走る後を追うように馬車に近づいていく。
ディアナやカペラも一緒だが、シェリルの件があったせいか先程より、どことなく警戒している感じがする。
馬車に近づくと、ダイナスがシェリルと同じ狼人族と思われる男の子を馬車の荷台から丁寧に受け取っていた。
「ダイナス団長、その子がラスト?」
「はい、仰る通りです。この子は、特に体力が落ちていたので優先して一台目の馬車に乗せたんですよ」
ダイナスは心配そうな面持ちを浮かべながら、彼を別の騎士にゆっくりと渡した。
彼は騎士に抱きかかえられているせいか怯えた様子で、何かを探すように視線を泳がしている。
すると、すかさずシェリルが彼に駆け寄った。
「ラスト‼ もう大丈夫だ、ここなら、お前の病気も良くなるかもしれない。姉さんが頑張るから、お前は安心してくれ」
彼女はラストの手を力強く握っているようで、その頬にはまた涙が伝っている。
ラストは姉が傍に来てくれたおかげか、安堵した様子で少し怯えが薄くなったようだ。
「姉さん……俺、いつもお荷物で……姉さんの足を引っ張ってばかりだ……」
「いいんだ、お前が無事ならいいんだ‼ 私の事は気にするな、お前の分まで私が頑張るから」
何やら色々と事情のありそうな様子の二人だが、この後の受け入れもあるので僕は優しく声を掛けた。
「シェリル、それにラスト。二人は、騎士と一緒にあっちにある宿舎の医務室に行って欲しい。後は、医務室にいるメイド達の指示に従ってね。大丈夫、必ず助けるから」
二人は僕の言葉に静かに頷くと、騎士と一緒に宿舎に向かって歩き始める。
その時、シェリルが僕に「何でもします」と言った言葉を思い出して、彼女に向かって声を掛けた。
「シェリル、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
「……は、はい‼ なんでしょうか……?」
彼女はいきなり声を掛けられたことで、緊張と少しの怯えが混じった面持ちをしている。
僕は、そんなシェリルを安心させるようにニコリと微笑んだ。
「そんな大したお願いじゃなんだけどね。獣人族の皆は君達も含めてとても不安だと思うんだ。だから、少しでも僕が皆の味方であることを伝えて欲しい。それだけお願いしても良いかな?」
「……‼ はい、わかりました。私で出来ることはやってみます」
彼女は僕の言葉に返事をするとペコリと頭を深く下げる。
僕は、慌ててシェリルの頭を上げさせると、優しく呟いた。
「うん、無理はしないでいいからね。ありがとう、シェリル」
「は……はい……‼」
シェリルは僕の言葉に頷くが、その時の顔が何やら少し赤くなっていた気がする。
彼女の体調も大丈夫だろうか? 僕はラストを抱えている騎士に、念のためシェリルの体調も医務室で確認するようにこっそり指示を与えた。
騎士は僕の指示に頷くと、ラストを抱えて宿舎に歩を進めて行く。
シェリルも追随する形で宿舎に向かって行った。
なお、僕がシェリル達と話している間にも、馬車の荷台からはどんどん獣人の子供達が下ろされており、騎士やメイド達に付き添われながら宿舎に向かっている。
僕はおもむろに周りを見渡すと、獣人の子供達が狐人族ばかりな事に気付いた。
「クリスの言っていた通り、体調の良くない子は狐人族が多い感じか……」
「そのようです。ですが、彼等はリッド様に救われる事になると思います。どうぞ胸を張って下さいませ」
ディアナは僕の呟きに対して凛とした優しい声で言葉を紡ぎ、背中を押してくれた。
僕は思いがけない言葉に驚きの表情を浮かべるが、間もなく彼女にニコリと微笑んだ。
「うん……ありがとう、ディアナ」
彼女の言う通りどんな目的があるにせよ、僕は彼等を救える立場にいる。
ならば、出来る事をしっかりすべきだ。
それに、ラストのように狐人族以外でも病弱の子はいるから油断はできない。
そう思った時、二台目の馬車の荷台から女の子の金切り声が響いた。
「あっちに行っちゃえぇえ‼」
女の子の声が聞こえると同時に、二台目の馬車の荷台から落雷でも落ちたかのような閃光と轟音が鳴り響き、辺りは騒然とする。
僕は急いで、騒ぎの原因となった馬車の荷台に駆け寄った。
「皆、大丈夫‼」
「はい、大丈夫です。魔障壁を使って防いだので怪我人はおりません」
その場にいた騎士がニコリと笑みを浮かべて返事をしてくれたことに、僕は思わず胸を撫でおろした。
そして、問題の荷台に視線を移すと、そこには荷台に乗っている獣人の子供達を守るように仁王立ちしている少女がいた。
彼女はオレンジ色の髪と青い目をしているが、それ以上に目を引くのは背中にある「大きな翼」だ。
大きな彼女の翼は獣人の子供達を守るように、大きく展開されている。
しかし、本人はかなり混乱しているようで、よく見ると彼女の顔は真っ赤で汗も滲んでいる。
恐らく体調が良くないのだろう。
彼女は僕に気付くと、殺意が籠った視線を向けた。
「お前が……お前が私達をいじめる存在なの⁉ 優しい人がいいのに……優しい瞳をした人に会いたいだけなのに……いじめる存在はあっちに行ってぇええ‼」
「え……⁉ ち、違うよ‼ いじめるなんて、そんな酷いことしないよ‼」
錯乱した様子の彼女に僕の言葉は届かない。
彼女は悲痛な叫び声を上げると、僕に向かって両手を差し出して魔法を放つ。
さっきの轟音の原因はこれか⁉ 僕はすぐに辺りを守るように魔障壁を展開する。
そして、荷台の周辺において再度、落雷のような閃光と轟音が鳴り響くのだった。
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