獣人族の子供達
カペラからの知らせで宿舎の外に出ると、遠目に馬車の一団がこちらに向かってくるのが見える。
クリスもその一団を凝視すると、安心した表情を浮かべた。
「間違いありません。あの馬車の一団は、ダイナス団長を筆頭にしているものです」
「……‼ そっか、無事に帰って来てくれて良かったよ」
横にいるクリスの言葉に返事をするように僕は呟くと、周りにいるメイドや騎士達に向かって叫んだ。
「皆、これから獣人の子達を受け入れるから忙しくなると思うけど、手筈通りお願いね‼」
「はい、承知しております」
「お任せください」
僕の言葉にすぐ反応してくれたのはディアナとカペラの二人だ。
その二人に続くように、屋敷内で話をしていたメイド達や騎士達も頷きながら力強い返事をしてくれる。
僕はそんな皆の様子に頷くと、改めてこちらに向かってくる馬車の一団を力強く見つめていた。
◇
馬車の一団が遠巻きに見えると同時に、単騎がこちらに向かって走って来るのが見える。
単騎が近づいてくると、その体格と雰囲気からすぐに彼がダイナス団長だとわかった。
彼も近づいてくるうちに僕に気付いた様子で、僕から少し離れた所で馬を止めて降りるとこちらに歩を進める。
そして、彼は一礼して顔を上げると僕を見ながら明るく豪快な笑みを浮かべた。
「リッド様、わざわざ御迎え頂きありがとうございます‼ 我ら騎士団、無事に獣人の子供達の移送任務を達成出来た事をご報告いたします‼」
「……‼ うん、ダイナス団長、本当にありがとう‼」
僕は返事をしながら彼に近づき、右手をサッと差し出す。
意図に気付いた彼はすぐに大きな手で僕の手を掴み、力強い握手をしてくれた。
「とんでもございません。すべてはクリス殿の段取りが素晴らしかったのです。それと、今こちらに向かっている一団で移送してきた人数は四十二名になります」
「四十二名か……クリスからは聞いているけど、少し体調が良くない子や体力の落ちている子が多いんだよね?」
ダイナスは明るい笑みから一転、真剣な面持ちになると静かに頷いた。
「はい、仰る通りです。国境の砦において彼等に流行り病などがないことは確認済みですが、数名は一度、医者に診てもらった方が良さそうです」
「わかった、サンドラ達にも連絡しているからもう来ると思う。体調の悪い子達は宿舎の医療室に運ぶようにするよ」
僕もダイナスの真剣な面持ちに応えるように気を引き締める。
クリスから事前に説明は受けていたが、バルストからバルディア領の砦に入るまで移送については護衛を優先して出来る限り固まって移動したそうだ。
そして、バルディア領の砦において獣人の子供達の流行り病などを確認した後は、子供達の体調を見て移送における優先順位を確認。
体力の落ちている子や病弱な子達を優先して最初に砦を出発する馬車に乗せたと聞いている。
さらに、砦から宿舎に向けて出発する際は、時間を馬車ごとにあえて少しずつずらしたそうだ。
これは僕達、受け入れ側の負担を減らすことも意識して行ってくれている。
一六二名を一気に受け入れることも出来なくはないが、それだと対応に必要な人員も多くなる。
でも、小分けすれば人員に多少の余裕が生まれるというわけだ。
先程、ダイナスはクリスの段取りと言っていたが、正確にはクリス達とダイナス達の段取りが素晴らしかったというべきだろう。
クリスとダイナスの二人はお互いに意見交換を積極的に行い、どうすれば安全かつ効率的に出来るかということをかなり打ち合わせしてくれたらしい。
ちなみに、元気過ぎる獣人の子達は最後の馬車に乗せてルーベンスを中心とした、精鋭で移送しているらしい。
元気過ぎると言う言葉には色々意味合いが含まれているのだろう。
だけど、それはそれでどんな子達が来るのか、僕が楽しみにしている部分でもある。
ダイナスの言葉に僕は頷くと、改めて皆に段取りを伝えていく。
そうこうしている間に、二台の馬車が僕達の前に止まった。
二台の馬車は、それぞれ二頭の馬でけん引するもので、長方形で縦長の荷台が布で覆われている大型の物だ。
ダイナスは馬車が止まったのを確認すると、すぐに一台目の後ろに回り荷台に乗っていた騎士と一緒に布を外して降ろせる状態にする。
そして、彼はニヤリと笑みを浮かべて明るく、陽気な声を出した。
「お前達、待たせたな‼ 一人ずつ降ろすから、こっちに来い」
僕達のいる場所からは馬車の中は良く見えないが、中にいる騎士からダイナスが獣人族の子を受け取ったのが見えた。
その様子に僕はハッとして、皆に向けて声を発する。
「皆、ダイナス団長を手伝うよ‼」
僕は、言い終えると同時にダイナスがいる場所に駆け寄った。
その様子に周りにいた皆もすぐに反応して、辺りは慌ただしく動き始める。
「人数の確認できたら、宿舎に移動をお願い。それから、体調が良くない子達は宿舎の医務室に運んでね‼ もうすぐサンドラ達も来るから、体調の悪い子達はすぐに診てもらうからね‼ メイドの皆は体調のいい子達をまとめて温泉に入れてあげて、騎士はメイドの皆を手伝ってあげて‼」
僕の指示があたりに響くと、あちこちから皆からの返事が聞こえてくる。
その間に、ダイナス団長が一人目の子を荷台から地面にゆっくり降ろす。
彼に降ろされた子は裸足で薄い服を着ており、とても綺麗とは言えない恰好をしている。
頭についている耳は元気なく項垂れて、尻尾もしょぼんとしているようだ。
そして、周りを恐る恐る見回すその子の目には、怯えや緊張が見て取れる。
僕はその子にそっと近寄ると、出来る限り優しく微笑んだ。
「初めまして、僕はリッド・バルディアって言うんだ。良ければ名前を聞いても良いかな?」
その子は僕に怯えた表情をして、隣にいたダイナスを見上げる。
ダイナスはその子に優しくニコリと微笑んだ。
「大丈夫だ。この方は、バルディア領を収めるライナー・バルディア様のご子息様だ。お前達の敵じゃない」
彼の言葉に頷くと、その子は僕を見ながら恐る恐る言葉を発した。
「えと……その……狐人族のノワール……です」
「名前を教えてくれてありがとう。ノワール……良い名前だね。バルディア領にようこそ」
僕は名前を教えてくれたノワールに、ニコリと微笑んで優しく返事をする。
すると少し安心してくれたのか、ノワールの目に少しだけ光が灯った気がした。
その時、僕の後ろから優しい声が響く。
「リッド様、ノワールをこちらで引き継ぎます。どうぞ、次の子を荷台から降ろしてあげて下さい」
「あ、そうだね。マリエッタ、ありがとう。ノワール、また後でね」
「は、はい」
僕はメイド長のマリエッタに返事をすると、ノワールに優しく微笑んでから彼女に引き継いだ。
一連のやり取りがおわったその時、ダイナスの大きな声が辺りに響く。
「あ‼ 勝手に出るんじゃない‼」
彼の言葉が聞こえると同時に何事かと荷台に視線を移すと、僕に向かって一人の子が凄い勢いで駆け寄って来ていた。
その子の顔つきや雰囲気からただ事ではない様子を察した僕は、思わず身構える。
状況を察したカペラやディアナも僕の前にサッと出てきて、どこからともなく暗器を取り出して身構えた。
僕達の目の前にやってきた子は、勢いのままにその場にしゃがみ込むと必死の形相を浮かべて僕を見据えた。
「突然のご無礼を致しまして申し訳ありません‼ 先程のノワールとのやり取りを失礼ながら馬車の中でお聞きしておりました‼ リッド・バルディア様‼ どうか……どうか弟をお助け下さい‼ お願いでございます‼」
「へ……⁉」
言い終えると、その子は地面にこすりつけるように頭を下げる。
その姿はまさに『土下座』だ。
僕を含めた周りにいる皆は呆気に取られて、土下座しているその子を見つめている。
そんな中、僕はハッとして出来るだけ優しくその子に声を掛けた。
「えーと、君には弟がいるんだね。どういうことか教えてもらってもいいかな?」
こうして、様々な問題を抱える獣人族の子の受け入れが始まったのだった。
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