クリスからの手紙
「リッド様、バルストにいるクリス様より手紙が届いております。入ってもよろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
その日、部屋を訪れたカペラは一礼した後、丁寧に一通の手紙を僕に差し出だした。
「ありがとう、カペラ」
手紙を受け取ると、僕は緊張した面持ちで深呼吸をした。
このタイミングでクリスから来る手紙の内容は容易に想像がつく、バルストでの奴隷購入における成否の件しかない。
僕はおもむろに手紙の封を開けて、中身に目を通す。
その様子を横でカペラが無表情ながらに少し心配そうに見ている。
僕は手紙を読み終えると体と声を震わせた。
「そ……そんな……⁉」
「……⁉ どうされたのですか、リッド様」
僕の震える声を聞いたカペラは、眉を顰めて無表情ながら少しだけ驚いた雰囲気を醸し出す。
そんな彼に僕は、パッと振り向き、興奮を露わに満面の笑みを浮かべた。
「やったよ、カペラ‼ クリスがやってくれた‼ 獣人族の子供達を全員まとめて予算内に購入出来たって書いてあるよ‼」
「……⁉ おめでとうございます、リッド様」
「うん、これで計画を次の段階に進めることができるよ……クリス、本当にありがとう」
クリスからの連絡が来るまで不安が無かったといえば嘘になる。
獣人の子達を全員バルディア領に迎え入れたいと言っても、他にも買いたいという人がいる以上は難しいと思っていた。
でも、クリスはそれを何かしら交渉して可能にしてくれたのだろう。
僕はその事実に思わず、目頭が熱くなり、自然と涙が頬を伝った。
そして、その涙の雫がクリスからの手紙に落ちてしまう。
「あ……これ、大切にしないと、父上にも見せないといけないのに……」
慌てて、手紙に落ちた涙をふき取っているとカペラが確認するように尋ねてきた。
「リッド様、ライナー様へのご報告はいかがされますか?」
「当然、今すぐに行くよ」
その後、僕はクリスからの手紙を持って、カペラと共に父上がいる執務室に向かった。
◇
「父上、僕です。入ってもよろしいでしょうか?」
「……⁉ リッドか‼ ちょ、ちょっと待て‼」
珍しく父上から慌てた様子の声が聞こえた。
どうしたのだろうか? それから少し間を置いてから、部屋の中から父上の声が聞こえて来た。
「ゴホン……いいぞ」
「……では、失礼致します」
執務室に入ると、父上がいつも通りに机に座っている。
だが、そこには予想外の人物も居て僕は目を丸くして、きょとんとした表情を浮かべた。
「……いらっしゃい、リッド」
「母上が、どうしてこちらに……?」
そこに居たのは、先日プレゼントした車椅子に座っている母上だった。
僕は驚きの表情を浮かべつつ、父上にゆっくりと訝しい視線を向ける。
父上にしては珍しく、かなりバツの悪そうな顔をしているのが印象的だ。
父上はそんな僕の視線を誤魔化すようにわざとらしく咳込む。
「……ンン‼ 先日、サンドラからもリハビリと気分転換であれば、屋敷内で車椅子の散策は良いと言われただろう? たまには、執務室で一緒に過ごすのも良いと思ってな」
父上と母上は二人共、何やら少し顔を赤らめている。
その時、何となく察した僕は「あ……」と呟いた後にペコリと頭を下げて、顔を上げると生温かい眼差しでニコリと二人に微笑んだ。
「……気が利かずにすみませんでした。夫婦水入らずの時間を邪魔してしまったようですね。では、僕は一旦お暇しますね」
父上と母上は、僕の言った言葉に耳を疑うような表情を浮かべ、特に母上は顔が真っ赤に染まってしまう。
二人で何をしていたんだか……。
僕が執務室から出ようと、ドアに振り返ると母上の慌てた様子の声が背中から聞こえてきた。
「り、リッド待ちなさい‼ 私はそろそろ、自室に戻ろうと思っていたところです。そうです、カペラ、私を部屋まで送りなさい。これは……命令です」
『命令です』と、珍しく母上が慌てながら強い口調で言い放った姿に、僕とカペラは顔を見合せた。
その後、僕は怪訝な表情で母上に視線を移す。
「……良いのですか、母上? 父上と夫婦水入らずの時間を過ごして頂いて構いませんよ?」
「そ、そんなことは、子供のリッドが考えなくても良いことです‼ さぁ、カペラお願いします‼」
カペラは、真っ赤に染まった母上の顔を見ても無表情のまま一礼する。
「……承知しました」
母上の側にスッと移動するとカペラは「失礼します」と言って母上の車椅子の後ろに回り込んだ。
「では、お部屋まで移動致します」
「はい、お願いします。あなた、今日はこれでお暇致しますね」
母上は、車椅子を押してくれるカペラに軽く会釈すると、視線を父上に移してニコリと微笑んだ。
「そうだな、また時間が出来れば部屋に行こう」
「はい、お待ちしております」
二人の間には何やら甘い香りが漂っている気がするのは気のせいだろうか? だが、一番その香りを感じているのは、二人の間に立っているカペラだろう。
だが、彼はそんな空気の中でも無表情を貫いている。
見つめ合い、甘い雰囲気を出す二人の間にいる無表情の美青年……この光景はちょっと、面白いかもしれない。
その後、カペラに車椅子を押されながら母上は執務室を後にした。
執務室に僕と父上の二人だけが残されると、父上は何やら少し暑そうにしている。
そんな、父上に僕は生温かい眼差しを向ける。
「父上……本題の前に一つよろしいでしょうか?」
「……なんだ」
父上は僕に返事をすると、気持ちを落ち着けるように机の上にあるティーカップを手に持ち、そのまま口に運んだ。
その動作に続くように僕は父上に苦言を呈した。
「……母上はまだ闘病中ですから、体に負担をかけるような事をしては駄目ですよ? まぁ、キスぐらいなら大丈夫と思いますけど……」
「……⁉ ングッ‼ ゴホゴホッ‼ 馬鹿者、親をからかうな‼ そ、それよりも、本題はなんだ‼」
珍しく狼狽している父上を見た僕は、少し呆れた表情を浮かべながら机にゆっくり近寄る。
そして、懐からクリスの手紙を取り出して、父上に差し出した。
「バルストに行ったクリスからです。奴隷購入の件は問題なく完了したと報告がありました。また、人数は一六二名になるそうです」
「……‼ そうか、クリスが上手くやってくれたのだな。だが、これからが大変だぞ。リッド、気を緩めるなよ」
僕は首を縦に振り、力強く父上を見据えた。
「当然です。やり遂げてみせます」
その後、僕と父上は獣人の子達の受け入れに関して必要な最終調整と人の手配をするのであった。
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