サンドラと打ち合わせ2
「それで、『魔法の教育課程』の件はどう? 研究員の皆は奴隷の子達に魔法を教えることが出来そうかな」
そう、サンドラの元部下だった研究員の人達にバルディア領へ来てもらった理由は奴隷の子達に魔法を教える『教師』としての側面もあった。
この世界において、『魔法の教師』という職業は突き詰めるとまだないと言える。
貴族に教える家庭教師はあるがサンドラに聞いた所によると、魔法の家庭教師における必要な知識量についての明確な規定がないらしい。
その為、魔法の知識と実力にはかなりの個人差があるそうだ。
奴隷の子達に魔法を教えて、領地発展の足掛かりにする計画を思いついた時に問題となったのがこの点だったが、幸いなことそれについては僕の中ではすぐに白羽の矢がたった。
そう、サンドラの元部下の皆だ。
彼等にはバルディア領の発展に繋がる研究と合わせて、奴隷の子達に魔法を教えてもらう教師の役割を担ってもらう。
そうすれば、発展と教育を同時進行出来ると言うわけだ。
「はい、その件は問題ないと思います。皆、魔法を教える立場に成れた事を喜んでいます。ただ……」
サンドラは頷いた後、返事をするが最後の言葉はどこか歯切れが悪い。
どうしたのかな? 僕は彼女の言葉を聞き怪訝な表情を浮かべた。
「ただ……どうしたの? 何か問題があった?」
「いえ、大した問題でもないのですが……私も含め皆『人見知り』ですからちゃんと人前で魔法を教えることが出来るか心配しているみたいです」
「へ……?」
僕は思わぬ言葉で変な声が出てしまった。
というか、少なからずサンドラは『人見知り』ではないと思う。
他の人はわからないけど。
僕は少し呆れた表情を浮かべた。
「それに関しては、慣れてもらうしかないね。獣人と言っても僕と同じぐらいの子供ばかりらしいから、大丈夫だとは思うけどね」
「そうなのですか? でも、それなら皆も少し緊張が取れるかもしれませんね」
奴隷として来る子達の年齢を聞いたサンドラは少し安堵したような表情を浮かべている。
彼女なりに、部下の皆を気遣っているのだろう。
僕は彼女の言葉を聞き終えると同時に紅茶を一口飲んでから、話題を変えた。
「それで……『魔法の教育課程』は予定通りに『僕が習った手順』を基本にする方法で問題なさそうかな」
「はい、その方法が一番良いかと存じます。リッド様という成功事例がありますから」
問いかけに対して、サンドラはニコリと笑みを浮かべて僕を見据えた。
その目は満足げに輝いている。
まるで彼女が綺麗に磨き上げた宝石を見るような温かく、うっとり眼差しだ。
他意はないのだろうが、僕はその様子に呆れてため息を吐いた。
「はぁ……人を実験結果みたいに言わないでよね」
「いえいえ、決してそんなつもりはありませんよ?」
彼女は僕の言葉に対しておどけた様子で返事をしている。
実はサンドラが僕に魔法を教えるという立場になった時、彼女なりにまとめた『魔法の教育課程』が既に存在していた。
父上から僕の家庭教師をサンドラが依頼された時、彼女は経験や知識などを活かしてどうすれば魔法を効率良く、わかりやすく教えることが出来るか? という点を結構考えていたらしい。
彼女が作った『教育課程』を実践した結果がまさに僕というわけだ。
その為、奴隷の子達に教える『魔法の教育課程』については彼女が僕に施す目的で作った資料が土台になっている。
細かい違いはあるが、一番大きな違いは魔法を僕が習い始めた当時にされたビリビリする特殊魔法の『魔力変換強制自覚』を行うことが前提になっている点だろう。
本来であれば、各々で感覚を掴んでもらいたいがそうなると個人差が生まれ過ぎると判断したためだ。
その為、サンドラは研究員達に毎日、魔力回復薬を飲みながら特殊魔法を伝授する作業を行う事になった。
その作業をしている時に「私を殺すおつもりですか……」と、彼女から珍しく苦言を言われる。
でも、おかげで研究員の皆は無事に特殊魔法の『魔力変換強制自覚』が使えるようになった。
一応、僕も何かで使うかも知れないので、使えるように伝授をしてもらっている。
「……まぁ、ともかく『魔法の教師』と『魔法の教育課程』について問題はなさそうだね」
「そうですね。後は、実際にやってみてどうかという所だと思います。実施すれば色々と問題点が出てくると思うので都度修正ですね」
僕はサンドラの言葉に頷くとエレン達とサンドラにお願いしているもう一つの物についても訊ねた。
「あと、『属性素質鑑定機』はどう? エレンとアレックスだけだと難しい部分があるって言っていたからサンドラにも協力をお願いしていたと思うのだけど」
属性素質鑑定機はその名の通り、鑑定機に手をかざした当人が持っている属性素質によって、鑑定機の色が順番に変わるという代物だ。
「鑑定機に関しては恐らく問題はないと思いますよ。先日、エレン達と色々と打ち合わせしてあと少しで完成という所まで行っていましたからね。しかし、鑑定機が完成すると、いよいよ魔法が一般的に使われる時代が近づいて来ている気がしますね」
サンドラは言葉を言い終えると、感慨深げに呟いた。
僕はサンドラの言葉に頷くと、不敵な笑みを浮かべている。
「ふふ、楽しみだよね。今回、奴隷の子達に魔法を教えて、扱えるようになったら領民達の仕事を手伝ってもらう。そうする事で、領民の子供達に魔法を学べる時間を提供するんだ。そうすれば、数年後のバルディア領は魔法の普及がかなり進むはずだよ」
実は以前、この世界において魔法が広まっていない理由をサンドラと話したことがある。
その時、サンドラは僕の話に概ね間違いないと頷いていた。
魔法が広まっていない理由の一つ目は、修練を行い魔法が扱えるようになるまでに必要な期間が長いこと。
二つ目は仮に修練を行い、魔力を扱えるようになったとしても『魔法を扱えるとは限らない』ということだ。
魔力を感じられるようになったとしても、自身がどの属性素質を持っているかがわからなければ意味がない。
勿論、『基本魔法』と呼ばれる魔法を全部試すという方法もあるけど、そもそも『基本魔法』を教えてくれる『教師』が必要となる。
貴族ならいざ知らず、一般的な平民では教えてくれる人はまずいない。
魔法はイメージが重要だが、その重要となる部分を知らずに独学だけで魔法を発動させるというのは、魔力が扱えるようになるだけでは難しいだろう。
そして、平民に求められている『納税』の問題もある。
魔法を覚える為の修練に時間をかけると、それだけ農作業などに掛ける時間が減ってしまう。
一~二人ぐらいが魔法の修練を試すぐらいなら影響は少ないかもしれない。
しかし、大勢となると納税や生活にまで影響が出かねない問題となる。
現状、この世界における平民の一般常識としては『魔法を学ぶ暇があるなら、働け』だ。
その為、魔法を一般的にする為には、効率良く魔法を教える『教育機関』の発足が必要不可欠なのだが、『教育機関』の発足には莫大な資金が必要になる。
僕のように、魔法の発達が領地繁栄に必ず結びつくと理解が出来ていない限り、わざわざ平民や奴隷に魔法を教えるようなことはしないだろう。
今回の件だって、クリスと一緒に稼いだ資金の他にも、バルディア領としての予算を父上からもらっている。
それでも、資金が足りない部分は『クリスティ商会』から融資として借入している程だ。
だから、今回の計画が失敗すると僕は大変なことになるだろうから文字通り失敗は許されない状況でもあったりする。
「バルディア領においては、数年後に魔法が平民にも普及する、ですか……考えるだけで、色々と末恐ろしいですね」
「領地を大きく発展させるためには、魔法は必要不可欠な要素だからね。今は大変だけど、頑張る分だけ将来の見返りが大きくなるからやりがいもあるさ」
僕は言い終えると同時に、紅茶が入ったカップに手を伸ばしてそのまま口元に運んだ。
同様にサンドラも紅茶を一口飲むが、カップを机に置くと何やら改まった様子で僕を見据えてからおもむろに呟いた。
「リッド様、あと本日は相談……というかご報告があります」
「……あんまり、良い話ではなさそうだね。何か問題が起きた感じ?」
サンドラは僕の言葉対して、珍しく神妙な面持ちで頷いた。
「レナルーテのニキークさんから連絡がありまして、月光草の栽培に成功したそうです」
「え……⁉ やったじゃないか‼ これで『魔力回復薬』の生産に目途が付くね」
月光草は『魔力回復薬』の原料となる薬草だが、バルディア領での栽培は残念ながらうまくいかなかった。
そこで、隣国レナルーテに行った時に知り合った『ニキーク』に栽培を依頼していたのだが、それが成功したということだろう。
僕は月光草の栽培に成功というサンドラの報告に喜ぶが、彼女の顔は晴れなかった。
他にもまだ何かあるのだろうか? そう思った時、サンドラは苦々し気に呟いた。
「月光草については吉報なのですが……ナナリー様の治療に必要な『ルーテ草』の件で問題が起きておりまして……」
「……わかった。詳しく聞かせて」
僕は先程までの明るい雰囲気から一転、険しく厳しい雰囲気を纏いサンドラの話に耳を傾けるのだった。
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