バルストに出向くのは誰?
「すみません、お待たせ致しました」
「こちらこそ急に呼んでごめんね。良ければ、二人共こっちに座って」
僕は、執務室に入室してきたエマとクリスに向かって言いながら、席を父上の横に移動する。
そして、同時に僕達と机を挟んで対面上に座るように彼女達を促した。
二人が少し緊張した面持ちでソファーに腰を降ろして座ると、父上がおもむろに話かけた。
「二人共すまんな。早速だが、リッドから話は聞いた。今回はクリスの提案通りに奴隷を購入する方向で考えている」
「……‼ ライナー様、リッド様、ありがとうございます‼」
父上の言葉にクリスとエマは、最初驚いた表情を見せたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべながら一礼した。
二人の様子を見ていた僕は思わず微笑んでいた。
何はどうあれ、クリス達の提案を通すことが出来て良かった。
父上はクリス達の緊張がほぐれた表情を見ると、優しい雰囲気を出しながら話を続けた。
「うむ……しかし、一五〇名程度となれば移送するだけでも、馬車がかなり必要になるだろう? あまり目立つのは得策ではないからな。その点については、すでに何か考えがあるのか?」
父上の言葉を予想していたように、クリスは目を光らせた。
「はい。今回の移送にはクリスティ商会の馬車に加えて、サフロン商会の馬車にも動いてもらう予定です。それでも、少し足りない可能性はありますが、冒険者ギルドに信頼できる人達を用意してもらうつもりですから、問題はありません」
クリスの言葉を聞いた僕は、少し考え込むと父上に視線を送った。
「冒険者ギルドか……父上、それならバルディア騎士団にある馬車に細工をして、所属をわからないようにしてはどうでしょうか? 冒険者ギルドよりも確実だとは思います」
僕の話を聞いた父上は、首を軽く横に振ると言った。
「馬車は少し細工したぐらいでは、見る者が見ればすぐにわかる。それより、馬車を冒険者ギルドに手配してもらい、人員はバルディア騎士団から用意するのが良いだろうな。勿論、騎士団とわからないよう、服装も工夫してな」
「そうして頂けると、私達としてはとても助かります。今回の動きは信頼できる人を集めるのが一番大変なので……」
その後も、僕と父上、クリスとエマの四人で意見を出し合い、バルストで購入した奴隷の子供達をバルディアに移送する方法の打ち合わせを続けた。
◇
「うん……大体まとまったかな?」
「そうですね。移送に必要な打ち合わせはある程度まとまったと思います」
僕達が打ち合わせを始めてから思ったよりも時間が経過した。
ディアナにも紅茶を何度かお願いして、少し休憩も挟んだ。
移送に関しての打ち合わせを進めて行く中で僕が驚いたのは、バルストからバルディア領に入る国境地点に、一時的な診療所を用意して欲しいということだった。
今回の場合、奴隷となって日が浅い子供達が多いので、可能性は低いが疫病や健康状態が著しく悪い場合がある。
その場合に備えて、国境地点で一度検査をすべきという意見をクリスとエマの二人が進言して、僕と父上はこれに同意した。
その後も様々な意見を出し合った結果、急な打ち合わせだったが、馬車、人員、段取りなど様々な部分が大体まとまった。
後は、奴隷を購入する手配を進めれば良い。
その時、僕はあることが気になり、怪訝な表情を浮かべてクリスに質問した。
「ところで、クリス。今回の奴隷購入って、最終的に誰が交渉に行くの? バルストの情報をもらっていた伝手の人にお願いするの?」
「あ、そのことですけど……今回の件は私が直接行こうと思っております」
「……え⁉ ええぇぇぇ‼」
僕は彼女の言葉に驚愕して、思わず声を上げてしまった。
バルストは『人族以外を奴隷売買』出来る国だ。
そして、エルフという存在が一番値打ち高いらしい。エルフであるクリスが、奴隷購入の為に直接出向くと言うは、ミイラ盗りがミイラになりかねない。
鴨が葱を背負っていくようなものだろう。
「だ、ダメだよ‼ いくら何でもエルフであるクリスが直接行くのは危険すぎる。バルストでもしもの事があったらどうするの⁉」
「……リッド様、心配して頂くことは大変ありがたいです。ですが、購入する奴隷の人数、金額面から考えても、今回は伝手だけで交渉することは難しいでしょう。必ず、現地で裁量権をもった人員が必要になります。大丈夫です、エルフであることは隠しますし、こうみえて護身術として魔法もある程度使えますから」
クリスは僕の心配をよそに、危険を感じていないような様子でニコリと微笑んでいる。
彼女から出る雰囲気には自信も溢れており、ひょっとしたら過去にも似たような取引をしたことがあるかもしれない。
彼女の様子に余裕があるのは見て取れるけど、それでも心配を拭えない。
「それなら、裁量権を持っている人員として僕がクリス達の護衛を兼ねて同行するのはどうかな?」
二人に対して言った言葉を隣で聞いていた父上は、僕を怒りの形相で睨むと怒号を発した。
「馬鹿者‼ お前には奴隷達の受け入れの準備があるだろう‼ それに、お前がバルストに行くことを私が許可するわけがない‼ クリスを心配するのはわかるが、もう少し発言を考えろ‼」
父上の怒号は騎士としての迫力(殺意)のような物も混じるので、とても怖い。
思わずクリスとエマが驚きの表情をしながら、体を少し震わせた。
慣れていない二人は余計に怖いだろう。
怒号と父上の形相に少し怯みながらも、僕はすぐに次案を考えて提示した。
「も、申し訳ありません、軽率な発言でした。えーと、それならクリス達に『バルディアの関係者』であることを示す書類を僕に用意させて下さい。バルストもさすがに僕達の関係者とわかる人物に手出しをしようとはしないと思います。後、クリスに専属護衛を用意したいです」
「……それなら問題なさそうだな。それで、専属護衛は誰にするのだ?」
父上はまるで僕を試すように聞いてきた。
その表情は厳格で、とても鋭い目で僕を射貫いている。
父上の鋭い形相を見たクリスとエマは、心配の色を宿した目で僕を見ていた。
クリスの専属護衛に加えて、多少の裁量権を持たせても現地で臨機応変な判断が出来る。
尚且つ、実践や交渉経験が豊富な人物が良いだろう。
だが、そんな都合の良い人物が僕の周りにいただろうか?
カペラやルーベンスは実戦経験はあるが、交渉の経験が足りなさそう。
レナルーテの『ザック』みたいな人が適任なのだろうけど。
そう思った時、僕はある人物を閃いた。そして、父上に力強く見据えた。
「……総合的に考えて、ダイナス団長が適任だと思います」
ダイナス、彼の名前を出すと父上はニヤリと笑みを浮かべた。
クリスとエマはダイナスと面識がないのだろう、出て来た名前に『誰?』ときょとんとした顔をしている。
父上が僕を見る目は、相変わらず鋭いが少し柔らかさがある。
恐らくこれは、父上に試されていると僕は感じていた。
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