屋敷建造のすすめ
「……三枚目は屋敷建造についての資料か」
「はい。レナルーテに訪問した際にファラ王女やアスナの意見を聞いております。それから、屋敷で実際に働いてもらっている皆の意見で、良い案があれば取り入れました」
僕が作成した屋敷の設計案は温泉、和室、道場、桜の木など他にも盛り沢山だ。
まず、このままでの受け入れは難しいと思う。
父上は、書類にゆっくり目を通すと視線を僕に向けた。
「この、『託児所』という部屋はなんだ? やたら大きい上に、常駐員も設置するとあるが?」
「……それは新しい屋敷には絶対に用意したい施設です。ご説明致します」
僕は怪訝な雰囲気を出している父上に、屋敷で働くメイド達の状況を伝えた。
彼女達が結婚後、育児をしながらでも屋敷で働けるようにする仕組み作りであり、仕事の出来る人材を確保する事にも繋がる。
労働環境の充実は短期的には成果は見えにくいが、長期的な目で見れば必ず効果が出ると力説した。
僕の説明を黙って聞いていた父上は、僕が言い終えるとおもむろに言った。
「ふむ……その点については、以前から気になっていたことではある。よかろう、この『託児所』については試験的に取り組もう。結果が良ければ、こちらの屋敷でも取り入れを検討するべきだな」
「……⁉ ありがとうございます‼ ですが、父上は反対されないのですか?」
僕は父上の言葉に驚いて、賛成してくれた理由を聞いてしまった。
父上は眉をピクリとさせてから言った。
「言っただろう。以前から気になっていた問題だと……それに、性別によって仕事の向き不向きはあるだろうが、『優秀な人材』に性別は関係ない。クリスやディアナ達を見ていればわかることだ。問題解決に繋がるのであれば、賛成こそすれ、反対をする理由はない」
父上の言葉に僕は内心で驚嘆していた。
メイド達と話した内容だと結婚後は、男性が働き、女性は家事と育児をするというのが世間一般の認識という感じが強い。
恐らく貴族もそうだろう。
だけど、父上の発言は以前から問題として認識していたということだ。
僕は思わず父上に畏敬の眼差しを送った。
「……父上の御慧眼恐れ入ります」
「茶化すな……それよりも、屋敷建造の案はこれで全部か? 他に付け加えるようなことはないのか?」
「へ……⁉ ほ、他に付け加える事ですか⁉ ちょ、ちょっとお待ちください‼」
僕は慌てて腕を組んで考え込んだ。
すんなり進むようなことになるとは思わず、何か忘れていないかを考えた。
だが、皆の意見を盛りまくった屋敷だ。
付け加える事が逆に難しいことに気付いた僕は言った。
「……ありません。部屋数などもかなり多いですので問題はないかと思います」
「ふむ、そうか。では、この案で屋敷建造を進めるとしよう」
「え⁉ 父上、よろしいのですか? 今更ですが予算を無視して、かなり無理難題を入れたつもりなのですが……」
父上は僕の疑問を聞くと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふふ……リッド、お前は予算の心配はしなくても大丈夫だ、好きにしなさい。それだけの事をお前は既にしているからな。その報酬とでも思えばよい」
「は、はぁ……? よくわかりませんが、好きにして良いということであれば、そちらの資料通りに進めて頂ければ幸いです」
「わかった。これで屋敷建造は進めよう」
父上が言った言葉の意味はよくわからなかったが、資料の内容がすべて通ったことは素直に嬉しい。
僕は内心では満面の笑みを浮かべてガッツポーズをしていた。
父上は、僕が渡した資料をまとめると机の上に置いた。
そして、僕を見据えると別の議題を切り出した。
「さて、リッド。お前からの話は以上だな?」
「はい。養鶏、木炭、屋敷建造、以上の三点がお話したかったことです」
僕の返事に父上は小さく頷くと言葉を続けた。
「わかった、私からも話がある。ファラ王女との婚姻についてだ」
「……‼ はい、帝都でどのような話があったのでしょうか?」
それから父上は帝都でのやりとりについて話を聞かせてくれた。
内容としては僕とファラの婚姻については、問題なく手続きが進められるらしい。
屋敷建造が終わり、ファラを迎え入れた時に婚姻となるということだった。
「屋敷建造は出来る限り急がせる予定だ。とはいえ、あれだけの規模となると少し時間がかかるかもしれんな……」
「う……そ、そうですね……」
父上の言葉に僕は表情が少し引きつった。
僕が用意した屋敷建造の資料で落とし穴があるとすればそこだ。
話が通るはずがないと思い、予算と作業日程を無視して全部盛り合わせた結果があの資料になっている。
僕は心の中でファラに向かって呟いた。
「ごめん、ファラ。思ったより屋敷が凄いことになりそうだから、もう少し待っていてね……」
◇
後日、レナルーテに帝国から使者がやってきて親書が届けられた。
その内容は、ライナー・バルディア辺境伯の子息、リッド・バルディアとレナルーテ王国の第一王女、ファラ・レナルーテとの婚姻を認めるものであった。
正式な婚姻はバルディア領に新しく建造される屋敷が完成後、ファラが移り住んでからということだ。
ただし、書類上では先に手続きを進めるということも記載されていた。
エリアスに呼ばれて、この事を聞かされたファラは「謹んで、お受け致します」とエリアスに返事をした。
その後、ファラは部屋に戻ると安堵した表情を浮かべてアスナに話しかけた。
「良かった。リッド様との婚姻が無事に決まって……」
「姫様、何か心配ごとでもありましたか?」
「……ずっと、リッド様と一緒になれればと思っていたけど、最後はどうなるかわからないってどこか不安だったの……」
ファラは表情を少し曇らせながら呟いた。
婚約者候補として来た時点で決定的だとは思っていたけれど、何がどうなるかなんてわからない。
ファラは『決定』するまでずっと、どこかに不安を抱えていたのだ。
アスナはファラの言わんとしている事を察して、優しく話しかけた。
「さようでございましたか。ですが、『決定』となった以上は姫様がリッド様とご婚姻されることは間違いありません。後はバルディア領の屋敷建造を待つだけです。ご安心下さい、姫様」
アスナの言葉を聞いたファラは、ハッとした後、顔を赤らめて耳を上下させた。
先程までは安堵した気持ちが強かったが、改めて婚姻が『決定』したと言われて何とも言えない嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてきたのだ。
ファラの様子を見ていたアスナは微笑みながら言葉を続けた。
「ふふ……姫様は屋敷完成の連絡があり次第、すぐに動けるように色々と必要な荷物をまとめておくのがよろしいかと存じます」
「そ、そうね……でも、他にも何か出来ることはないでしょうか……?」
アスナの言う通り、準備しないといけないものは意外と多いだろう。
今からしておくことに越した事は無い。
だが、それ以上に何かしておくべきではないか?
そして、ハッとしたファラは思いついた事をアスナに伝えた。
「アスナ‼ 私、良いことを考えました‼」
「……あまり、『良いこと』の予感は致しませんが、何を思いついたのでしょうか? 姫様」
ファラが思いついた『良いこと』を聞いたアスナは頭を抱える羽目になるのだった。
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