エルティアとリッド
「エルティア様‼ もう少しです、頑張ってください‼」
「うぅうう……‼ あぁああ‼」
どれぐらいの時間が経過したのだろうか?
出産が始まってから、エルティアにあまり時間の感覚は無かった。
持続的に来る痛みに何も考える余裕はない。
もう無理、ダメだ‼
そう思った時、部屋に産声が響いた。
エルティアの出産を助ける為に周りにいた者達が歓喜の声を上げた。
彼女は小さく呟いた。
「良かった……無事に産めた……のね」
呟くと同時にどうか、男の子であって欲しいとも思った。
助産師の一人が生まれた子供をエルティアの傍にそっと、置くと言った。
「エルティア様、おめでとうございます‼ とても元気な女の子でございます‼」
「……‼ ええ、ありがとう……」
滅多に人前で涙を流さないエルティアが、その一言で涙を流した。
彼女はその涙が無事生まれた我が子に対してなのか。
いずれ、我が子が帝国に行ってしまう為なのか、分からなかった。
ただ、エルティアが生まれた子供に対して抱いた感情に、ただ一つだけ間違いない物があった。
無事に生まれてくれた我が子への愛おしさと慈愛だった。
エルティアは必ずこの子を守って見せる。
他国でも生きていけるように強く育ててみせる……‼ 人知れず彼女は決心するのだった。
◇
「……夢を見るなんて、少し気が緩んだのかしら」
エリアスが部屋に尋ねてきた後、少し会話をするとエリアスには退室してもらった。
体調が優れないわけではないが、疲れていたのは本当だった。
彼が退室してから、エルティア自身も気付かぬうちに転寝をしていたらしい。
その時、部屋の外に居る兵士の声が聞こえた。
「エルティア様、ファラ王女とリッド・バルディア様がお会いになりたいとのことです。よろしいでしょうか?」
ファラとリッドが来た?
エルティアは首を静かにため息を吐くと、思い出すように考えに耽った。
◇
ファラが生まれて、エルティアはすぐに決意していた。
ファラが将来どのような道に進んでも、生きていけるだけの下地を彼女に作るのがエルティア自身の役目であると。
だからこそ、心を鬼にしてファラを厳しく育てた。
エリアスにファラを育てるにあたっての方針を伝え、協力してもらった。
エリアスは当初、エルティアの方針に反対した。
だが、当時のエルティアは頑なに譲らなかった。
「帝国に嫁いだ時にファラを守れる者は誰もおりません。故に今、心を出来る限り鍛えねばなりません。私自身、リバートン家にて学んだものがございます。これを少しでもファラに伝える事が必ず、将来の為になります。陛下もどうか心を鬼として、ファラに接するようお願い致します……‼」
エリアスはエルティアの熱意と彼女なりの愛情であると理解した。
そして、ファラの教育方針は彼女に任せた。
エルティアはファラが皇族に嫁ぐということを前提にファラを指導した。
通常学ぶレナルーテの歴史や礼儀作法に加えて、帝国の歴史や礼儀作法も教えた。
歴代の王子ですらここまでの詰め込みを小さいうちからは行わない。
事情を知らぬ者達から訝しげに陰口を叩かれたが、エルティアは気にしなかった。
エルティアは教えていくうちにファラの資質に舌を巻いた。
ファラは優秀だった。
エルティア自身、ファラが潰れてしまうのではないかと、不安が無かったわけではない。
ファラはエルティアの不安を打ち消すように要領よく、教えた事をすぐに吸収して行った。
我が子の成長を見てエルティアは内心ではとても嬉しく、感激していた。
だが、それを表に出すことは許されなかった。
ダークエルフの一生は人族よりも長い。
ファラが帝国に行けば、レナルーテの地を二度と踏むことは出来ないだろう。
幼少期の短期間であってもファラの為に、レナルーテで良い思い出を作るべきでないとエルティアは考えていた。
良い思い出が生きる糧になることは知っている。
だが、逆にその思い出に縛られてしまうこともある。
ファラの場合、縛られてしまう可能性が高いと考えたエルティアは、ファラに冷たく接する事を決めた。
エルティアは厳しく接しながら帝国で彼女にとっての良い出来事が少しでもあるようにと、淡い期待を抱くことしかできなかった。
そんな、エルティアの薄い希望に光を灯した存在がリッド・バルディアだった。
最初は皇族の皇子から、辺境伯の子息と聞いてどうなることかと思った。
ファラを不幸にするような相手であれば、何としても破談にしようと思った。
しかし、リッドは「型破りな神童」というべき存在だった。
ファラも彼に対して理由はわからないが好意を抱いているようだった。
リッドであれば、ファラを幸せにしてくれるかもしれない。
託す思いでエルティアはファラとリッドの縁が結ばれるように画策した。
ノリスはザックからの依頼もあったので、渡りに船と潰すのに協力した。
ザックから依頼をされた時に、リッドがエルティアをモデルにした絵に見惚れていた話も聞いていた。
そこから、リッドも少なからずファラには好感を抱くと予想もしていた。
決め手となったのは御前試合後にエリアスにリッドが伝えた言葉。
その言葉を聞いてエルティアはファラをリッドと婚姻させると決心した。
彼なら、ファラを自分の代わりに幸せにしてくれるはずだと思った。
その時再度、兵士から声が掛けられた。
「エルティア様、申し訳ありません。ファラ王女とリッド様をいかが致しましょう?」
エルティアはハッとして気を取りなおし、毅然とした態度になるといつも通りの声を出した。
「わかりました。お通しなさい」
「承知致しました」
兵士の返事から間もなくして、部屋の外から声が聞こえた。
◇
僕とファラは今、エルティアの部屋の前まで来ていた。
ファラから聞いた話と僕の知っている話から、彼女は絶対にファラを嫌っているわけではないと思ったからだ。
僕の母上とのこともあるが、やはりファラとエルティアの関係も何とかしたいと僕は思った。
これこそ、余計なお世話かも知れない。
でも、人はいつどうなるかわからない。
婚姻の話が順調に進んだとしても、ファラとエルティアはまだ一緒に過ごす時間があるはずだ。
何かのきっかけになればと思った僕は、エルティアに会いに行こうとファラに伝えた。
ファラは戸惑っていたが、僕がこの機会にどうしても挨拶をしたいと言って押し切った。
襖の前まで来たファラは少し不安を感じさせる震える声を出した。
「……母上、ファラです。今一度、お話をさせて頂きたく存じますがよろしいでしょうか?」
僕はファラが言い終えると、ファラを安心させる意味も込めて力強く言った。
「エルティア様、リッド・バルディアです。先程は私とファラ王女の背中を押して頂きありがとうございました。私も是非一度、エルティア様とお話させて頂きたく存じます」
エルティアは自室で二人の言葉を聞いて笑みを浮かべたあと、表情をスッと引き締めてから言った。
「どうぞ、お二人ともお入り下さい」
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