優遇処置とリッドのおせっかい
「えぇえええ⁉ そんな話は聞いていませんよ‼」
「……そりゃあ、今伝えたからね」
「ひ、酷い……」
迎賓館で合流したクリスは僕の説明を聞いて真っ青になり、頭を抱えていた。
彼女の中で今後の取引において、エリアスとの面談はあると思っていた。
しかし、レナルーテ国内において王族が後ろ盾になるという話は想像を超えていたらしい。
考えてみれば、マグノリアの皇后、レナルーテの国王、バルディア家の後ろ盾を持っている商会なんて、クリスのところだけではないだろうか?
帝国を中心とした時にクリスの実家のサフロン商会が西側、クリスティ商会が東側を担当するような構図になっていそうな気がする。
何がそんなに不安なのだろうか?
僕は励ますようにクリスに言葉をかけた。
「特に何か商談するわけじゃないよ? 今後の為の顔合わせだから、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。それに帝国、バルディア家、レナルーテの三ヵ所で商流を結べば帝国を中心とした東側がクリスの商圏になるよ?」
「うぅ……それはそうなのですけどね。誰とは言いませんが以前、高貴な方々との商談を経験させてくれた人がいるのですよ」
クリスはがっくりと項垂れて、肩を落としながら本丸御殿に向けて僕達と歩いている。
僕に怨めしそうな視線を送りながら、過去にあった出来事を僕に説明を始めた。
「その人は、発明した商品を私経由で販売するから、自分の代わりに高貴な人々に営業してきて欲しいと言ってきたのです」
「うん? どこかで聞いたことのある話だね」
僕はクリスの話を意に介さず足を進めている。
その様子にクリスは、まだ怨めしそうな目線を僕に送りながら説明を続けた。
「すぐに返事をした私も悪いのですよ? 高貴な方々との商談なんて中々経験できませんから、是非とも挑戦したいと意気込んでいたのです」
「なら、良かったじゃないか」
「ええ、良い経験はさせて頂いたと感謝しております。ただ、その人の関係者の方々に掌の上で躍らされてしまったので、事前準備が出来ていない状態で高貴な方々との取引は怖いなと……」
なるほど。
クリスは前回、帝国で起きたことが少しトラウマになっているのかな?
あの時クリスからもらった手紙に「だまし討ちされました」と恨み言が書いてあるほどだった。
僕は足を止めると、クリスに振り返ると笑みを浮かべながら力強く言った。
「今回はそんなことないから安心してほしい。それに、今日は僕がいるよ。クリスに何かあれば僕が守るから安心して、ね?」
「……‼ はぁ……わかりました。私も覚悟を決めます。でも、いざとなったら守ってくださいね。頼りにしています」
僕の言葉を聞いたクリスは気持ちを切り替えた様子で、いつも通りの凛とした表情に戻った。
その姿に安心した僕は微笑みながら言った。
「よかった。じゃあ、急ごう。エリアス陛下が待っているよ」
◇
「お主がクリスティ商会の代表か」
「はい。初めてお目にかかります。クリスティ商会の代表、クリスティ・サフロンと申します。以後、お見知りおきを頂ければ光栄です」
本丸御殿に戻ってくると、エリアスが待っている表書院にすぐ移動した。
クリスは本丸御殿の様々な装飾に目を輝かせていた。
いま、表書院に居るのは父上と僕、クリスとディアナ。
エリアス、ファラ、アスナだ。
僕達がクリスを迎えに行っている間、部屋に残っていた面々でも話をして盛り上がっていたらしい。
表書院に戻って来た時、ファラが僕を見るなり赤くなりながら俯いて耳を上下させた。
その様子に父上とエリアスが失笑して、アスナが微笑んでいた。
何を話していたのだろうか?
僕は気にしながらもエリアスに、クリスを紹介した。
エリアスはすぐに厳格な顔に戻ると、クリスを見定めるべく鋭い目つきになっていた。
「うむ。リッド殿、ライナー殿から中々の手腕だと聞いておる。二人からの希望もある故、クリスティ商会には今後、レナルーテ国内の取引では優遇措置を与える。バルディア家とレナルーテの発展の為に尽力するように」
「有難きお言葉、しかと励みます。しかし、優遇措置とはどのような物でしょうか?」
優遇措置とは僕も初耳だ。
そんなことを話した覚えがない。
クリスは恐る恐ると言った感じでその内容を尋ねた。
その時、父上が咳払いをしてから答えた。
「ゴホン、レナルーテとバルディア家の流通経路全般にて、交通税を基本とした様々な税制上の優遇処置を受けられることになっている」
「……⁉ それは本当ですか‼」
税制上の優遇措置という父上の言葉にクリスは驚愕していた。
他国間においての取引で一番頭を悩ますのが税金関係だ。
一つの国内だけで取引をすれば、税金はその国でしかかからない。
二国間となればその分支払う税金は自然と多くなる。
この世界ではまだ、関所においては交通税や手数料などで済んでいる。
だが、前世の記憶にある「関税」では、取引先の国と品物によっては販売価格の10~50%、場合によってはそれ以上の金額を税金で取られることもあったはずだ。
これは僕にとっても追い風だ。
今回の「ルーテ草」で母上の病に回復の兆しがあれば、色々と考えていた内政関係にも手を出せる。
レナルーテとバルディア家の商流と流通を発展させれば出来る事はかなり多いはずだ。
僕が考えに耽っていると、父上はクリスに説明を続けた。
「これは、今までレナルーテと帝国の取引量が少なかったことが起因となっている。その中でも、クリスティ商会が受けられる優遇措置は特に多い。何かあれば相談をしろ。その時は私からエリアス陛下に打診をさせて頂く。そういう話でしたな、エリアス陛下?」
「……その通りだ。さすがにすべてを優遇するわけにはいかないが、出来る限りのことをクリスティ商会にはさせてもらうつもりだ。故に両国の発展に貢献できるように頼むぞ」
父上はクリスに説明しながら、最後はエリアスに鋭い目線を送り付けた。
その目線に気付いたエリアスはバツの悪そうな顔をしながら頷いて返事をしていた。
「承知致しました‼ 両国の発展に繋がるよう尽力させて頂きます‼」
クリスは二人の様子を気にしながらも、税制上の優遇措置をクリスティ商会が受けられることに歓喜している様子だった。
エリアスは少し険しい顔をしながら言った。
「ふぅ……では、クリスティ商会の件はこれで良いな。何かあれば私宛に書状を出すように。では、今日の会談はこれで終わりになるが良いかな?」
父上と僕は顔を見合わせてから頷いた。
エリアスは僕達が頷いたのを確認してから、言葉を発した。
「うむ。では、これにて今日の会談は終了とする。皆の者、ご苦労であった」
僕達は彼の言葉に合わせてその場で一礼をした。
会談が終わると、表書院から僕達は客室に案内された。
僕は税制上の優遇措置について父上に質問した。
「……エリアス陛下と話していた先程の件は、父上がまとめたのですか?」
「そうだ、ノリスの件を不問にする代わりに色々と……な。ふふふ」
父上が悪い笑みを浮かべながら笑っていた。
その様子にクリスはキョトンとしていた。
「ライナー様、リッド様、ノリスの件と言うのは、その……聞いても大丈夫でしょうか?」
「あー……此処だと、流石に良くないからバルディアに戻るときに説明するよ」
「それが、良いだろうな……」
彼女の質問に僕と父上は顔を見合わせてから、苦笑いをしながら返事をしていた。
「……? 承知致しました。では、私はこれから城下町に行きますので、これで失礼しようと思いますがよろしいでしょうか?」
「うん。急な連絡なのに対応してくれてありがとう」
クリスは僕の言葉に首を横に振ると、嬉しそうな表情しながら答えた。
「いえいえ、とんでもございません。国から優遇措置を頂けるのは商会を運営する身として、これほど嬉しいことはありません。今後のことも踏まえて、レナルーテの商品を再度確認して参ります」
彼女は言い終えると、僕達に一礼をしてから上機嫌で退室して行った。
その姿を見送ってから、僕は父上に視線を送りながら言った。
「父上、僕はファラ王女に今からお会い出来ないか、聞いてみようと思います。面会が出来た時は、ディアナには城下町の様子を見て来てもらおうと思いますが良いでしょうか?」
僕の言葉にディアナは意図が分からず「え?」と呆気にとられている。
父上は眉間に皺を寄せると、低い声で言った。
「……リッド、昨日の今日だぞ? 何を考えているのだ?」
「何も考えておりません。折角、レナルーテに来たのです。母上やメルに町の様子を伝えたいではないですか。私は城下町に行けません。父上も忙しいので行けません。それであれば、ディアナに町の様子を見てきてもらい、お土産なども探してもらえば良いと思うのですが、どうでしょうか?」
父上は「母上とメル」という言葉に眉がピクリと反応した。
もう一押しかな? 僕は畳みかけるように言った。
「もし、ファラ王女に許してもらえれば今日は親睦を深める意味でも出来る限り、王女の傍に居させてもらおうと思います。あとは、騎士団から代わりの護衛をディアナに頼んでこちらに送ってもらえれば良いかと存じます」
僕の言葉に父上は思案するように目を瞑った。
ダメ押しするよう僕は小さくに呟いた。
「……メルと母上は『父上からのお土産を楽しみ』にしていると思いますよ?」
「ふぅ……わかった。ただし王女の許可が取れたらだ。よいな?」
「はい。ありがとうございます」
父上は落ちた。
こうして、ディアナは業務として城下町に出かけられる口実が出来たわけだ。
僕は早速、ファラに連絡を取った。
同じ屋敷内にいるのですぐに「承知しました」と返事が返ってきた。
「父上、では今日はファラ王女の所で過ごしますね」
「わかった。だが……二度はないぞ?」
「う……わ、わかっております」
父上は僕に釘を刺すように鋭い目線で冷たく言い放った。
凄い威圧感でさすがに僕はたじろいだ。
そんな僕にディアナは怪訝な表情で質問をしてきた。
「……リッド様、どういうおつもりですか? 私に何かご不満があるのでしょうか……?」
「違うよ。余計なおせっかいだと思ったけどね。折角、他国に来たのだからルーベンスと町の様子を見てきて僕に報告すること。母上とメルが好きそうなお土産も何個か選んできてね。その中から、僕と父上が渡すお土産を選ぶから責任重大だからね? これは命令です」
「ええっ‼」
僕の言葉を聞いたディアナは顔を真っ赤にして、珍しく動揺していた。
意図がわかった父上も苦笑しながらディアナを優しい目で見ていた。
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