プロローグ
ご覧いただきありがとうございます!
皆様に少しでも楽しんで頂ければ幸いです!
「神田先輩、仕事終わりました~?」
デスクのパソコンでずっと事務処理をしていた俺は、聞きなれた声で呼ばれて「うー……ん」と体を伸ばすと振り返って白い歯を見せた。
「ちょうど終わったところだよ」
明るい笑顔で声を掛けてきた彼女は職場の後輩で、俺と同じくゲームやアニメが好きでよく雑談をしている仲だ。
ちなみに、俺の名前は『神田【かんだ】一【はじめ】』。
ゲームやアニメが好きな普通の会社員である。
「お疲れ様です。ところで、神田先輩。ずっと聞きたかったんですけど、お勧めしたゲームはクリアできましたか?」
「あぁ、この間のやつだな。乙女ゲーだけどシステムが面白くて、やり込んですぐに全クリしたよ」
少し自慢するように話すと、彼女は目を見開いておどけた。
「おお~、さすが神田先輩。あのゲーム、乙女ゲーなのに戦闘や領地開発の評価がやたら高いんですよねぇ。ストーリーがおまけって感じですから、神田先輩が好きだと思ったんですよ」
「あはは……。まぁ、乙女ゲーなのにストーリーがおまけっていうのはどうかと思ったけどな」
彼女から紹介されたゲームは『ときめくシンデレラ!』、略して『ときレラ』と呼ばれるゲームだ。
最初は『俺が好きなゲームは地道にコツコツとレベルを上げるやつだし、乙女ゲームには興味がないよ』と一旦断ったんだけど、彼女はめげずに『ときレラ!』を推してきた。
『このゲーム、ストーリーがおまけで他の要素が本編って言われているゲームなんです。神田先輩に絶対お勧めですから、騙されたと思って一回やってみてください!』
なんて言われたので、一度くらい乙女ゲームもしてみるかと思ってやってみることにしたのだ。
ところがやってみると、彼女の言う通りで想像以上にゲームシステムが面白かった。
結果、俺は悔しくもはまってしまったのだ。
ストーリーはタイトル通り、こてこての『シンデレラストーリー』だったんだけど、途中に挟まるキャラ育成や領地開発の要素が楽しい。
頑張って全クリ(フルコンプ)すると育成、領地開発、領土拡張、領土戦、ダンジョンなど様々な要素が楽しめるフリーモードが解放される。
おまけにそのフリーモードをやり込まないと倒せない隠しボスまで出てくるのだ。
「確かに、君の言う通りシステムは俺好みだったよ。男キャラを攻略するのはなかなか大変だったけど……」
「ふふ、それも楽しみの一つですよ。そういえば隠し要素のフリーモードをやり込まないと倒せない隠しボスいましたよね。私は諦めたんですけど、あれも倒したんですか?」
「もちろん倒したけど、かなり大変だったよ。乙女ゲーであの難易度は拘るところが違うよね」
俺は苦笑しながら後輩とゲームの話を続けた。『ときレラ』でフリーモードが本編と言われる所以はこの隠しボスにある。
乙女ゲーらしく全体的な難易度は低いのでサクサク進められるのだが、なぜか隠しボスだけは異常に強くて普通にプレイするだけではまず倒せない。
何せボスと対峙した際、一定以上の強さが味方にないと戦闘開始直後に問答無用で戦闘不能にさせられるのだ。
その際、敵が使用する技名に『貴様達は私の前に立つ資格はない』と表示され、プレイヤーを挑発してくる仕様となっているからインパクトが絶大だ。
今でも思い出すだけで、初見殺しされた時の驚きで笑いがこみ上げてくる。
「そうですよね。私としてはもう少し本編の主人公たちに光を当てて欲しかったかなぁ。悪役のルートがあっても良かったと思いますしね」
彼女は腕を組みながら「うんうん」と何度も頷いている。
「俺はおまけ要素ばっかりやったから本編は流す程度だし、その辺はあんまり気にならないかなぁ」
それから色々なゲームの話で盛り上がっていたけど、退社時間をとっくに過ぎていることに気が付いた。
「あ、そろそろ退社しないと怒られるな」
「本当ですね。じゃあ、続きはまた明日にでも話しましょうか」
「そうだな。じゃあ、明日は俺のお勧めを紹介するよ」
「え、本当ですか。ふふ、楽しみにしていますね」
俺と彼女は帰り支度をすると、楽しい雰囲気を惜しみつつ話を切り上げて帰ることにした。
「じゃあ、先輩お疲れ様でした」
「あぁ、お疲れ様。また明日な」
彼女と会社の前で別れ、横断歩道の信号が青になるのを待っていると『ドクン』といきなり胸に凄まじい違和感が走った。
「なんだ……?」
何事かと首を捻ったその時、また『ドクン』と強い鼓動が胸の中から響いた。
急激に息が苦しくなっていき、胸に締め付けられるような激痛が走る。
痛みに耐えかね、服の上から胸を掴むがどうにもならない。
俺は気づくとその場で膝から崩れ落ちてしまった。
周囲から誰かの悲鳴や俺を呼びかける声が聞こえる気がするけど、何がどうなっているのか全くわからない。
程なく胸からの衝撃は収まっていくが、どんどん目の前が暗闇に染まっていく。
もしかしなくても、これって死ぬってこと?
そう思った瞬間、俺の意識は途切れた。