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第99話 エビローグ2(ソーニャのその後)

「ふー、こんなもんかな」


 場所は北の辺境の名も無き教会。

 木漏れ日の柔らかな日差しがステンドガラスから差し込んで来ている。

 管理がされていない為、所々ガタはきているが、元々がしっかりした作りの為、メンテナンスをすればまだまだ現役で活躍できるはずであった。


 カラカスでランスたちと別れた後、ソーニャは当てもなく旅に出た。

 魔族、そして同時に人間でもある自分を見つめ直す為に。

 ライカンスロープとしてまだまだ永き生を生きる自分。

 人間としての道理だけでなく、魔族としての道理も分かっている自分。

 一体何がしたいのか? 何を望んでいるのか?

 こんな風に自分を見つめ直すのは初めてかもしれなかった。


 それに対して結論が出た、というよりは北の辺境のこの村とそして、この教会に一目惚れしたのが、ここに定住を決めた理由だった。

 どこか懐かしい場所。

 高い山々に囲まれ、美しい自然の雄大さを存分に感じられるその場所は、長き生を生きたライカンスロープ、長老種の里にどこか似ていたのも理由かもしれない。

 ボロボロの教会の姿を一目見た時にこれは自分だと思った。

 なんでそんな事を思ったのか分からない。理屈ではない。

 自分だと思ったと同時にそのボロボロの教会の再生を誓った。

 幸いその教会に決まった管理者はおらず、聖女の資格を思っている自分は村から歓迎してもらえた。


 隙間風がはいってきたり、雨漏りがしたり、片足のない椅子に、穴が空いた足場。

 直さなければならない所は多く有るが、まずは最初は埃だらけ、汚れ放題の教会の掃除が先決だった。

 その掃除を2日前からやっていて、目が覚めてすぐの早朝。

 残っていた箇所を掃除して、やっと一通りの掃除が終わったその時の事だった。


「すいませーん」


 どこか間延びして呑気なその挨拶がドアをノックする音とともに聞こえる。

 村の人間ではないという事は分かった。

 この村は良くも悪くも開放的で教会に入る時に今までノックしてきた人間は誰もいない。


「はい、何の御用でしょう」


 声の方向、教会の入り口に目を向けるが、丁度、太陽の光が直撃する時間帯で後光が指すようになってよくその姿が見えない。

 声からは男性であろう事は分かってはいるが……。

 どうやら複数人だったようでぞろぞろと教会に入ってくる。

 1,2……3人のようだ。

 彼らが近づくにつれて、眩しくて細めていた目が徐々に通常に戻り、その姿がはっきりする。


「私は勇者アベル。近隣のアンデットを討伐しようと思っているのですが、聖女様がこの村にいると聞いてやってきました。できれば我々のパーティーに加護をもらえないでしょうか?」


 勇者アベル……聞いたことがある名前に見覚えのあるその姿……ああ、ラゼール帝国で魔物を討伐するときに一緒になったあの勇者か。

 彼らはあの時と服装と髪型が違うからか私の事に気づいていないようだった。

 にしても近隣のアンデットといえばアンデットドラゴン/不死竜しかいない。

 少なくともAランクを有に超える強敵で、アンタッチャブルな存在として長い間、討伐しようという人間自体が現れていないと聞く。

 最近暴れだしたせいで村に被害が及んでいるので私が近々討伐するつもりではあったが、どこからかその事を聞き及んできたのだろう。

 彼らは確かせいぜいBランク程度の実力だったはず……。

 私が少々の加護を与えた所で、彼らに討伐できるとは思わなかった。


「加護をお与えするのはいいのですが……アンデットドラゴンは最低でもAランクを超える強敵です。それは認識していらっしゃいますか?」

「はい、もちろん」


 自称勇者のアベルは自信満々に元気よく答える。

 前もこんな調子で全く役に立たずだったはずだ、信用ならない……。

 その思いが表情に出ていたのだろうか――


「聖女……ソーニャさんでよかったでしたっけ。あの時の我々の失敗から心配されるのは無理もないですが、こう見えてもみんな成長しています」


 ちゃんと私の事を覚えていたメンバーもいたようだった。

 勇者アベルの表情にははてなマークがついており、まだ私の事を思い出せないようだった。


「それに……ほら、アベルは薄っすらとですが勇者の紋章が浮き出始めてきたんですよ!」


 アベルの左手の甲を私に見せる。

 そこには確かに紋章がうっすらと浮き出ていた。

 自称勇者のアベルはかなりの天然だったが、他のメンバーはしっかりしていたはず。

 信用してもいいだろう。


「かしこまりました。それでは、加護をお与えします。ただ、アンデットドラゴンの討伐には私も同行するという事でよろしいでしょうか?」


 その言葉にアベルは仲間たちと顔を見合わせ、


「はい、問題ありません。聖女様は我々がお守りします」


 もし、彼らが討伐するのが厳しいようなら私が討伐してしまうつもりでの同行なのだが……。

 メンバーたちは私の真意を理解しているのか、アベルのその言葉に苦笑いをしている。

 まあ、いいだろう。私は聖加護魔法の詠唱にかかる。


 薄明かるい教会内の彼らがいる近辺が光の粒につつまれる。

 光の粒は徐々に集まっていき、彼らを囲む光の輪となり、それがどんどん縮んでいき――彼らにその光の輪が到達した時には目を開けていられない程の眩い光となり、その後――


 元の薄明かりの教会へと戻る。

 彼らはそれぞれ自らの手や腕、体を確認しているが、外見的な変化はもちろんない。

 内部的な変化もおそらく分からないはずだった。


「実感は湧かないでしょうが大体半日くらいは、呪いへの完全耐性、闇属性の一部攻撃耐性が付与されています。それでは早速、討伐に向かいましょう。アンデットドラゴンは近隣の森に潜んでいます」




 成長した、といったその言葉に嘘はなく、彼らはアンデットドラゴンを難なく討伐した。

 驚きとともに、困っている人々を救おうとするその真摯な姿勢に強い共感を感じた。

 この時は討伐後にアベルたちとは別れ、彼らはまた冒険の旅で世界を巡っていく事になる。


 新たな魔王が現れたのはそれから10年後の事であった。

 アベルたちはその頃には世界でも名の知れた、自称勇者としてベテラン冒険者パーティーとなっていたが、ソーニャは彼らの事はすっかり忘れ、辺境の教会でひっそりと日々祈りと慎ましい生活を美しい自然の中で過ごしていた所――


「お久しぶりです! ソーニャさん」


 すっかり立派になったアベルがその姿を現した。

 他のパーティーメンバーたちも百戦錬磨といった感じで、その姿を見るだけでかなりの練度と強さを持ったパーティーだという事が分かるほどの成長を遂げていた。


 ソーニャ訪問の理由は魔王討伐の為の力を貸して欲しい。

 要するにパーティーメンバーに加わってほしいとの事だった。

 アベルは勇者として完全に今では覚醒している為、状態異常に対する完全耐性がある。

 だがしかし、他のメンバーはそうではなく、魔王やその側近、幹部たちが攻撃してくるであろう、状態異常系や呪い、または闇属性の魔法攻撃などでアベル以外が全滅する恐れがある為だった。


 即答はできず、少し考えさせて欲しいとソーニャは答える。

 もし、自分が人間なら二つ返事でためらわずに承諾していただろう。

 しかし、自分の真の姿は魔族。人間にここまで肩入れしてしまっていいのだろうか?

 自らのアイデンティティの問題も含めソーニャは悩む。


「魔神召喚!」


 エヴァを呼び出す呪文を唱えると、黒い煙が立ち込め始め――


「呼ばれて飛び出てじゃんじゃじゃーん!」


 昔と変わらないその姿でエヴァは現れた。


「久しぶりじゃな、ソーニャ。どうした?」

「久しぶりエヴァ。相談したい事があって」


 エヴァも同じ、魔の物。人間に肩入れする事について、彼女も何かの葛藤があるのではと予想しての相談だった。


「葛藤かあ……無いぞ。そんなものは!」

「無い……の? 今までエヴァって人間に肩入れした時あったんだよね。ランスもそうだし……」

「そうじゃが、わしはその人間が好きで肩入れしておるんじゃ。それについては誰にも文句を言わせん。まあ、わしに物言えるものなど限られておるが、好きだから肩入れするし、手助けする。それだけじゃ」

「………………」


 アベル、彼らの事は好きだ。好感をもっている。

 手助けもしてあげたいと思っている。


「お前はたぶん人間に肩入れする事が、魔族たちの裏切りになると思っているのじゃろう。それは別に否定せんが、だからどうしたというんじゃ? お前の仲間や身内に当たるようなものたちを裏切る訳ではなかろう。わしは自分が信じる道を征くがな」


 そうか、必要なのは……覚悟、それだけだったんだ。


「ありがとう、エヴァ。気持ちの整理がついた。私はアベルたちを助ける!」

「そうか……時にソーニャ、ランスの奴が最近冷たいのじゃ」


 ミミにソーニャもランスからは身を引いたが、エヴァだけはランスから身を引くという考えはなく、半ば一夫多妻のようなクリスティン公認の仲として、その関係は続いてた。

 ランスと喧嘩をする度にミミやソーニャにその愚痴を吐きにやってきていたのだった。



 ソーニャはアベルたちのパーティーに加わり、魔王に挑むが一度は敗れる。

 アベルは仲間を一人失い、民衆や王族など全方向から批判を受けるがへこたれる事なく、再戦を挑み――


 その後、ソーニャが表舞台に出てくる事はなく、辺境の寒村でひっそりと余生を過ごしていく。

 彼女の余生は幸せなものだった。余生と言っても人間からしたら何生分の人生の長さではあるが、幸せだったその理由に関しては彼女が後進を育てる活動、孤児などを引き受け、彼ら、彼女らに愛情を注ぐ幸せを見出した為であった。


 いつしかソーニャはマザーと近隣の人々に慣れ親しみ呼ばれるようになる。

 余りにも高齢であるにも関わらず若々しい彼女は途中で魔族としての自身の正体を親しい人々に明かす。

 正体を明かす事については、彼女は恐怖しかなかった――みんな自分の元から離れていくのではないか、騙されていたと怒りを覚えるのではないかと。

 しかし、実際には彼女の告白は、無条件に無償の愛を捧げてもらっていた側からすれば、大した問題ではなく、ソーニャは親愛を込めてマザーウルフ、と呼ばれるようになった。


 魔族としての彼女のその活動は魔族から忌み嫌われる事に最初はなったが、いつしか、魔族と人間の架け橋としても活躍するようになる。

 その内、彼女は人間だけでなく、魔族の孤児も引き受けるようになり、彼女の死後、数十年後に人間と魔族は電撃的な和解を遂げる事になるのだが、そのトリガー、主要な要因となるのがマザーウルフである事はソーニャ自身は知る由もなかった。


 彼女の最後、悠久の時を経た彼女の最後には、辺境の村には収まりきらないような人々、彼女に救われた孤児たちのその祖先対が集まり、盛大に彼女を弔い送り出された後。

 その辺境の寒村は――マザーウルフの村――そう呼ばれるようになったのであった。

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