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第96話 一方その頃、暁の旅団は (終)

「………………」


 気づくと地面に倒れていた。

 そして体は……上半身、というか胸部半分から下はそっくり消失して、魔族のコアも致命的に損傷しているのも分かる。

 普通の魔族ならすでにこと切れているだろうが、おそらく自分は出鱈目な魔力故にまだ息があるのだろう。

 だが、もう長くない……自身の命が風前の灯火である事は分かった。


 ランスは?…………辺りを見渡してもその姿は見えない。

 あの爆発に至近距離で巻き込まれたからその衝撃で吹っ飛ばされたのだろう。

 隣に目を向けると……エリーが白い顔で横たわっている。

 馬鹿な女だな、と思う。なぜこんな男に付いてきたのか。

 おそらく俺に惚れていたのだろうが…………自分で言うのもなんだがこんなクズな男に……。

 彼女の頬に優しく手を触れる。


(ああ、そうか…………)


 遂に功名の夢は叶わなかった。

 焼き付くような熱情。振り払おうとしても振り払えない魂の希求。

 自身の人生に常にまとわりついてきた功名心という名の自己承認欲求。

 それが最後の最後、嘘のように消えていた。

 それが叶わない時には、この世を呪って逝く事になると思っていたのだが……。


(そういう事だったのか…………)


 最後に涙を流したのはいつだろうか?

 他者の苦痛や悲痛に対して、何も感じなくなったのはいつからだろうか?

 一種の驚きをもって、自身の頬を流れる涙を認識する。

 エリーは安らかな顔で逝っている。

 すでにそこにエリーはいないのに。

 生前にそんな事を感じた事はないのに。

 彼女と心がようやく通じ合えた気がした。

 そして――


(愛故に………………)


 ようやく理解できた気がする。

 愛とやらを……。全く理解できず、幻想だとも思っていたその概念。

 エリーを通じてやっと……、彼女とようやく通じ合う事で……。


 すべては愛故に。


 俺についてくるなど理屈が立たない。

 まして人間を辞めて魔族になるなど。

 最後は彼女は自身の命までも俺に捧げてくれた……。


(ああ………………)


 ようやく分かった気がする。

 理屈としてではなく、エリーを通して、愛を通して、人間存在とその理由を。

 それは言葉にする事はできないが、確かなものではなく、不確かなもので大切なものがあったのだと分かる。

 不確かな故にそれは軽んじられ、また理解もされず、いつしか忘れ去られていく人生の罠。

 たぶん、これを理解する為に俺は今まで……この瞬間の為に……。


 小島に浮遊術で降り立つ一人の男。

 遥か彼方まで吹き飛ばされていたランスが戻ってきた。

 ダメージは……ほとんど負っていないようだ。

 ふっ、と自虐なのか笑いが起こる。

 結局の所、あれほど意気込み、神の力を手にしたはずがすべての俺の攻撃は防がれ、敵わなかった。


「…………何か言い残す事はあるか?」


 俺の様子を見て永くないことを悟ったのだろう。

 すでに視界も若干かすれてきている。

 体の苦痛を感じない事だけが救いだった。

 そう言えば……とダクネスの方へと目を向ける。


 ダクネスが保持していた絶大な魔力は失われ、今では一人の魔族の子供として横たわっている。

 おそらく命に問題はないだろうが……急激に失われた力の反動でしばらくは調子が悪いのだろうと予想される。

 エナジードレインで吸収されたのは魔力だけでなく、エストールとダクネス、二人の断片的な記憶と思想、思いなども共有された。

 ダクネスのそれは……彼自体がまだ言葉を介する事ができない為か、明確なロジカルなものはないが、彼はまだ赤ん坊と同じで、世界に与えた影響に全く悪気はなかった、という事だけは理解できた。


「…………あいつは……ダクネスは……助けてやってくれないか……?」

「………………」


 予想外の返答だったのかランスは即答しない。

 ダクネスの方へと軽く視線を送り、その後は俺の真意を探る為か、俺の顔をじっと見ている。


「呪詛の一つでも吐かれると思ってたんだけどな…………ダクネスを……なんでだ? お前、そんな奴じゃないだろう」


 苦笑いが出る。

 そろそろ視界もいよいよ悪く、頭にもモヤが掛かったようになってきた。


「エナジードレインがされた時、一部の記憶や感情も共有された。あいつは、ダクネスは悪い奴じゃないぜ。俺と違ってな……もう死ぬのは俺だけでいい……」

「………………」


 ランスは無言で腰にぶら下げている剣を抜く。

 俺はエリーを自分に引き寄せる。

 そして、そんな感情が自分に芽生えている事に驚く。

 最後の最後で……俺に芽生えたその感情は――


 感謝だった。

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