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第93話 裏切り

 ソーニャは考えるよりも先に体が動いた。

 そして勝手に動く体に心は拒否反応を示すが、それに抗おうとしても体は言う事を聞かない。

 自分の体であるはずなのに、それはまるで別の人間の体のように勝手にランスの元へとその足を進めていく。


 ヒルデガルドが叫んだソーニャという言葉にランスは、ちらりとこちらを振り向くがすぐにヒルデガルドの方へと向き直る。

 駄目! ランスこちらを見ていて! 私を見ていて!

 と心の中で叫ぶがその叫びはランスには届かない。


 生涯忘れる事はないであろう、その短剣を握った左手に残った不愉快な感触。

 ランスの背中の肉を貫き、心臓を突き刺したその感触。


「いいやああああああああーーっ!!!」


 やっと自由になった自分の声帯からは絶望の叫びが感情のまま吐き出される。


 ランスは不思議そうにこちらを少し確認して、胸に突き出た短剣を見た後にそれを引き抜くと、膝をついてその場に倒れる。

 それと同時にヒルデガルドを焼き尽くそうとしていた紺碧の炎は消え去った。


「ソ、ソーニャ、何を?」


 ミミだけでなく、ランドルフたちもソーニャのその行動に驚愕の眼差しを向けていた。

 ヒルデガルドはプスプスとその体から煙を出しながら、一部炭化したその体を高速で修復している。


「よくやったぞ、ソーニャ。それでこそ我が眷属よ。さて……」


 ランスに完全にとどめを刺そうとしている。

 ヒルデガルドのその表情と雰囲気からそれを読み取ったソーニャは――


「いやーーっ!!」


 とその両手に持った短剣で持ってヒルデガルドに躍りかかる。

 決して勝てないとは分かっていても。

 ヒルデガルドとの眷属の縛りはランスを刺した後の絶望のショックによって解き放たれていた。


「……何をしている? お前はあそこに残った女でも殺しに行っておれ」


 ヒルデガルドは片手の指先でソーニャのその攻撃を軽々と防御する。


「……それとも、お前も一緒に送ってほしいのか?」


 ソーニャの心臓を掴むかのような怒気が発せられる。

 支配者、圧倒的強者としての怒気が。


「ゔゔゔーーッ」


 ソーニャはそれに一瞬の怯みを見せるが、愛するものをこの手にかけたその末には……現世には未練はなく、ランスへの贖罪も含めて戦ってあの世へと向かうと心は決まっていた。


「いいだろう……ではお前も送ってやる!!」


 ヒルデガルドが片手でソーニャの両手に持って攻撃してきた短剣を弾き飛ばし、そして、ソーニャの中心線、コアに向かってその貫手を突き入れようとしたその時――


「勝手に人を殺さないで欲しいんだけど……」


 俺は頭を掻きながら、二人の間に分け入った。


 ソーニャとヒルデガルド、二人とも信じられないといった表情で俺の事を眺めている。


「ソーニャはお前の心臓を貫いていたはず……あの致命傷は治癒魔法で治るようなものではないはずじゃ! 貴様、どうやって回復した!!」

「俺の事、調べたって言ってたけど『エンペラータイム/皇帝時間』は知らないのか?」

「いや、あれは先代魔王も持っていたスキルじゃが、その魔力消費が酷すぎて実用に耐えるものでは……そうか、そういう事か……」


 俺の復活の原因に思い至ったヒルデガルドは、くっくっくっと何やら薄気味悪く一人で笑っている。

 一方、ソーニャはキョトンとしていて、まだ自体に追いついてこれていないようであった。


「勝てんな……敗北は長きわが生の中で二度目。一度目はエストール様。二度目は貴様じゃ。となれば……そうか……ようやく死ねるのか……」


 天を仰ぎならヒルデガルドは何やら感慨に耽っていた。


『インフェルノ/灼熱火炎地獄』


 窯に薪をくべるように俺はヒルデガルドを包んでいる炎に魔力をくんでいく。

 炎の色が赤から黄色へと変わっていく。


「……そうか……ようやく分かってきた……私がどうしてここまで……人を殺してきたのか……」


 今度は黄色から白色へとゆらゆらと変化する。


「……決して死ぬことができぬ、この体……死に触れたかったのか……人の死を通して……ああ……やっと死ねるのか……」


 白色から紺碧の青へと炎の色が変わるとヒルデガルドはその姿を保てなくなってくる。


「……死ぬことができないという絶望……お前ら人間だれも……分からんじゃろう…………最早、現世に希望も欲望もなく、求めるものが何もなくなった状態で……ただ無為に時間だけが過ぎていくあの感覚…………一種の無限地獄ともいうようなものじゃった……私の永き永きの永遠にも感じた生は……」


 ゆらゆらとヒルデガルドは揺らめきながら、途中、溶解された声帯から不思議な音を奏でながら……

 ヒルデガルドを包む炎は遂に紺碧の青から深淵の闇を思わせるような、すべてを消し去る漆黒へとその色を変える。

 その体の輪郭、ヒルデガルドだったものの輪郭もその漆黒となるとすぐになくなり、目に映るのは黒一色となる。

 恐ろしい黒。深淵を思わせるような、それでいて何かしらの意思を持っているかのような、漆黒の黒がしばらく空間を支配した後――


 俺は魔力の供給を止める。

 すると炎はまた逆に色を黒から紺碧の青、白へと変化させながら、徐々にその大きさを小さくしていき、最後には消し炭すらも残らずにすべては消し去られた。


 目に涙を浮かべ、表情をくしゃくしゃにしているソーニャ。

 いつもはどちらかといえばクールな彼女が見せる懺悔と後悔が混じったようなその表情。

 おそらく自分の意思に反して強制的にやらされた凶行であろうことは彼女が俺を刺した後の行動が物語っている。


「大丈夫だ……」


 俺はソーニャをそっと抱きしめ、その頭を軽く撫でる。

 俺に抱かれた彼女は言葉にならない嗚咽を俺の胸で漏らしていた。


 その嗚咽も収まった暫く経った時、俺はそう言えばと、すっかり失念していたミミたちの方角へと眼を向ける。

 そこにはランドルフたちの姿はなく、地面に倒れたミミの姿だけがあった。


「ミミっ!!」


 急いでミミに駆け寄る。


「う……ん……」


 よかった、虫の息ではあるがまだ息はあるようだ。


『エンペラータイム/皇帝時間』


 俺はミミの傷ついた状態を少し過去へと遡らせる。

 ミミの傷だらけのその体はみるみるうちに元の傷のない、きれいな元の身体へと戻っていった。

 傷と朦朧とした意識から回復したミミは飛び起きると開口一番――


「……あれ!? ランドルフ、奴らは!?」

「分からない……気づいたらミミが倒れていたんだ」

「……そう……私を倒した後……なんとなく、あの大きな扉の向こうに行ったような……」


 ミミは邪神が消えていったその扉に目を向けて言う。


「じゃあ、あの奥へ行ってみよう。ミミ、ソーニャ、大丈夫? たぶん、この先は人が立ち入るべきでない領域かもしれないけど……」

「ここまで来たらミミはトコトン行く!」

「私も最後まで見届けます」

「バティストは?」


 バティストはその膝にシドの亡骸を載せ、優しい眼差しでその亡骸に目を向けている。


「わたしは……正直、もうついていけそうにない……。それにこんな所にシドを一人にしておけないし……」

「分かった、じゃあ、バティストはここで待ってて。終わったら助けにくるから」

「うん」


 俺達はその巨大な扉に手をかける。

 その扉が開くとその先には――

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