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第90話 邪神

 時を少しだけ――開戦直後まで遡る


 バティストの開戦の宣言の直後、お互いの陣営がぶつかろうというその時、バティストはシドへと一直線に向っていき、一番槍として攻撃を加える。


 ガァキィイーーーーンッ!!


 レーザーソードとそれを防ぐシドの魔導アーマーが弾き合う音が周囲に鳴り響く。


「全く、お前にはこの舞台はまだ早いよ。ドラ猫はお家に帰りな!」

「黙れ! 今日この場でお前を打ち倒して、我々は子どもたちと自分自身の未来を救う!」


 周囲ではそれぞれの陣営の激突が起こり、戦闘が発生している。

 シドの傍らにはダインの奴も控えており、その後ろにはこの場には不釣り合いなドレスで着飾った少女とその従者と思われるものも佇んでいる。


 バティストは次々とレーザーソードによる攻撃を加えていくが、シドはそれをアーマーで防いでいく。

 心なしかアーマーの強度が以前より上がっているようで、前回のように破損する様子が全く見れない。


 シドが繰り出す高速の拳を掻い潜り、下段からレーザーソードを振り上げるがそれも防がれ、鍔迫り合いになったその時。


「頼むからこの場から逃げて、どこか遠くへ行っておくれ」


 シドはバティストの耳元で誰にも聞こえないような声でそう呟いた。


「……一体、何を……?」


 その真意を読み取れず混乱するバティスト。そこで――


「鑑賞しようにも野次馬みたいに外野がうるさくてかなわん。シド、ヒルデガルド、お楽しみは神域で行うぞ」

「「御意にて」」


 その指示にシドとそして、遠目で戦いを鑑賞していた着飾った少女のヒルデガルドが片膝をつき、従順の姿勢を見せる。

 神域とは一体何のことだ?

 それになぜシドは部下の……。

 シドとヒルデガルドが頭を垂れている相手は小人族のダインだった。


 パチンっとダインはその指を鳴らすと――

 辺りの風景がゴミ山から突然、見慣れない風景へと変わる。


 そこはどこかの神殿のようにも思われた。だが神殿にしても奇妙な場所だ。

 大理石でできたであろう石畳となっている床が果てしなく地平線上に360度方向で続いている。

 そしてその空間は建物だったら3階相当くらいの高さがありそうで、その大理石の地面から天井までを石で形作られた円柱が前後左右等間隔に立てられ、それが果てしなく一直線に続いている。

 そしてその円柱の間の通路の先には一つ大仰な豪奢な装飾が施された王座のような椅子がポツンと置かれていた。


 円柱はよく見ると一つ一つに無数の人間が彫り込まれている。

 その人間たちは例外なく苦悶の表情を浮かべており、死に間際、苦痛後に絶命した後を形どったような薄気味の悪い彫像となっていた。


 その王座の方へとシド、ヒルデガルド、ダインが向っていき――そしてダインが王座へとゆったりと腰掛ける。

 その両脇をシドとヒルデガルドが片膝をついた体勢で固める。


「な……なんだここは? それになぜダインにシドは付き従うようなまねをしている?」

「神の御前であります。控えなさいバティスト」


 片膝をついているシドから理解不能の言葉が発せられる。


「神の御前? 何を訳の分からない事を……」


 するとバティストの瞳に写っていたダインの姿が突然、魔族のそれへと変わる。


「なっ……魔族? …………お、お前は一体誰だ?」

「我は邪神エストールなり」


 ダインだったものは白髪で二本の角を頭部へ携え、その肌の色もグレーに近い白色の人族には見られない肌色となっている。

 体躯の大きさは人間の成人と同じくらいの大きさであるが、そこから感じる魔力、そして、圧倒時な存在感と肌にビリビリくるような神気とでもいうような心臓を鷲掴みにされているかのような圧を感じた。


「邪神だって……そんな噂話、おとぎ話の話じゃなかったの……」

「ヒルデガルド、シド、楽にしろ。では余興の始まりだ。シドよ先程の続きをするがいい」

「御意にて」


 シドは立ち上がり、歩み進んでバティストと向き合う。


「だから言っただろう、逃げろ、とね」


 シドの後方では邪神のエストールと吸血鬼真祖のヒルデガルドがニヤニヤとむかつく笑みを浮かべている。


「全く……」


 そう言って戦闘体勢に移行したシドに合わせてバティストも両手に持った武器を構える。

 来る…………バティストがそう察知したシドの微かな兆し。

 しかし、シドは見当違いの方向、自らの仲間のエストールとヒルデガルドの方へと踵を返して向かっていった。


 なんだ? 高速の拳を繰り出し、シドは玉座に座るエストールに対して攻撃を仕掛けた。

 シドのその攻撃は完全に虚をついたもののはずだが、まさか予想していたのかヒルデガルドはエストールの盾となり、その拳をまるで赤子の攻撃を受け止めるかの如く指先で受け止める。


「おやおや、ダメじゃないか、シド! 約束を違う気か!?」

「約束を破ろうとしたのはそっちだろ! お前ら、バティストにも手を出すつもりだろう!」


 ……こいつらは一体、何を言ってるんだ?

 シドは一体、何をしているんだ?

 バティストは混乱し、棒立ちとなる。


 ブンブンブンッ――とシドが拳を繰り出す度にここまでその風圧の音が聞こえてくる。

 それを涼しい顔のヒルデガルドが人差し指の指先で防いでいた。

 エストールが片手を上げ、自身が引き受ける事を言外にヒルデガルドに伝えると、ヒルデガルドは遵従の礼を持って後方へと下がった。


 今度はエストールが、指先一本でシドの高速の拳撃を防いでいく。


「俺がどうやってバティストを殺すつもりか教えてやろうか?」


 まるでいたずらを思いついた子供のような無邪気な表情を浮かべながら、しかし、その内面は邪悪そのもののエストールがシドに問いかける。


「…………ッ!! 黙れぇッ!!」

「バティストはこの世で与えうるありとあらゆる種類の苦痛を与えてやる。その涙が枯れ、余りの苦痛に早く殺してくれという叫び声すらもでなくなるまで攻めぬいた後に殺してやる」

「黙れ、黙れ、黙れぇッ!!」

「お前が最も恐れた、見たくなかった、自らの手を汚し、愛する子どもたちを強制労働に墜してまでも回避したかった未来の様を見せてやる」

「な、何を言っているの……?」


 バティストのその問いにシドの攻撃が止まる。

 彼女は長く続けた全力での攻撃の為、肩で息をしていた。

 シドはバティストに背を向けている為、バティストからその表情を確認するはできない。


「お前の為だ」

「え?」

「シドが孤児たちを奴隷工場へ斡旋したのはお前の為だ」

「……意味が分からないわッ!!」


 悲痛な響きを伴ったバティストのその叫び声は無限の空間に飲み込まれていく。


「くっくっく…………ああー愉快だなあ、全く。従わなければお前を殺す。そう俺がシドに脅しをかけていたんだよ」

「………………っ!!」


 バティストの頭が一瞬の内に真っ白になる。

 なんで? どうして? そうであるなら……なんでそんな素振りを微塵も見せずに!?


「エストール様」

「ん、どうしたヒルデガルド? ああ、そういえば、ランスの野郎がもう少しで来てしまうな。なら遊んでる時間はあまり無い。じゃあ、とりあえず小娘。お前、死んどけ」


 エストールから明確な殺意がバティストに向けらる。

 バティストはその殺意が向けられた瞬間にキュっと心臓を握られたような感じを味わった。


 それはほんのお遊びのような攻撃――エストールからしたらゆっくりとした攻撃スピードであったが、本来であればシドは決して反応し、防げるスピードではなかった。

 しかし、ここでシドは自らの限界を超える力、スピードを発揮する。

 それは彼女のバティストを守りたい一心で発揮された力であったのか或いは……。

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