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第86話 最高神官

 まずは、


『ホーリーアロー/聖なる弓矢』


 アトラスの手に白く輝く弓と弓矢が現出する。

 それを幾つか用意されている内の的の一つ。

 アグマンタイトという鉄でも傷つける事が可能な鉱石で作成された神学校自慢の硬度を誇る非常に強固な的。

 その的に向かってアトラスはその矢を放った。


 ふぁーと欠伸をしている生徒もいるような緊張感がない中。

 突然、それぞれの臓腑をひっくり返すかのような凄まじい衝撃音が響き渡る。

 まるで目の前に雷が落ちた時と同じくらいの音量と衝撃、鼓膜が敗れるのではないかというような凄まじい衝撃音が発生して、集まっている生徒、ならびに先生の度肝を抜いた。

 そして彼らのその目の前には、先程までその圧倒的な存在感を誇示するかのように鎮座されていたアグマンタイトで構成されていたその的は、粉々に破壊されていた。

 ちなみにその的は神学校が創立されてから一度も大きな傷を負ったことがないという代物であった。


「………………」


 あまりの衝撃と驚愕にいつもは冗談や皮肉、軽い悪口などで茶々を入れる生徒たちも口をあんぐりと開けて黙り込んでいる。


「じゃあ次は中級のホーリークロスいきます」


 アトラスはそれが何でもない事のように3つ鎮座されている内のもう一つのアグマンタイトの的に向かって向き直る。


『ホーリークロス/聖なる十字聖光射』


 彼が自身の目の前で十字を切ると、巨大な十字が現出された。

 本来のホーリークロスは1メートルに満たないような大きさ。

 しかしアトラスが現出させたそれは巨人を思わせるかのような巨大さとなっており、しかもその十字からは目を開けていられないような強烈な光が発せられていた。

 十字を切った後にアトラスはその手を前に突き出すとホーリークロスも同じ用に前進し、そしてアグマンタイトの的へとそれが命中すると――


 先程の大音量があった為、ほとんどの生徒、教師でさえもその耳を塞ぎ、つんざくような轟音への備えをしていたが、衝撃音は全くせず、その十字が最後には一点に収束したと思うと――

 その収束点のアグマンタイトの的の中心部に、直径で一メートルくらいの穴がありえないほど綺麗に穿っていた。


「………………」

「何々、あれ成功したの?」

「あんな穴なかったよな? アトラスがやったのか?」

「凄い綺麗だった…………」


 教師は放心状態のようにその結果を眺めているだけだが、生徒の幾人かからは感嘆の声が上がっている。

 一方、ヤギンはその眉間に皺を寄せ、その結果を認めたくないのか嫌悪の視線を向けていた。


「じゃあ、次は上級魔法にいきます」


 アトラスは3つ目のアグマンタイトの的に向き直って宣言する。

 えっ上級使えるの……というザワザワ声が生徒たちから起こる。

 上級聖魔法は上級生であっても使えるのは一握り。

 神官候補であれば使えて当然なのだが、アトラスへの落ちこぼれのイメージが染み付いている同級生たちにはそれが信じられない。


『ディバインストライク/神聖光線』


 アトラスの指先から眩い光を放った光線が一直線となって照射される。

 そしてそれは的のアグマンタイトを突き抜けて、訓練場の壁も突き抜けていっている。

 アトラスはその指先を水平に動かす。

 すると的のアグマンタイトはアトラスがなぞった通りの水平に切断されて、上部部分が地面へと滑り落ちて、美しい切断面が顕となった。


「………………」


 訪れたのはまたも感嘆の沈黙。

 アトラスは上級の聖魔法ですら完璧にやってのけてしまった。

 生徒たちのアトラスへの落ちこぼれという認識が急速に書き換えられていく。

 生徒によってはアトラスに対して憧憬の眼差しを向けているものさえいた。


 認めなくない現実を突きつけられた時の反応。

 それから逃避したり、または、感情的な否定。

 初めから淡々と受け入れられる人間の方が稀で、ほとんどの人間は認めたくない現実を突きつけられると最初は拒否的な反応を示すだろう。

 ヤギンたちの反応は正に拒否的なもので、彼は激しく歯切りをしながら、

「絶対なんかやってやがるんだ、不正を……入学してきた時にみたいに……」

 とその指の爪を無意識に噛みながら、これはヤギンが激しく葛藤をした時にする癖なのだが、突きつけられた現実に対して拒否反応を示していた。


「じゃあ、最後に神級魔法をやってみます」


 そうアトラスはこともなげに言い放った。


「えっ今、神級って言った」

「聞き間違いだよね……」

「そんなの習ってないし、そもそも神話の中の話でしょ……」


 もちろん授業で神級の魔法など習っていないし、今後卒業するまでも習う事はない。

 そもそも神聖教徒教会においても神級の聖魔法を扱えるものなど一人もいなかった。


 アトラスは聖魔法の座学の授業が始まった事に感じた事があった。

 それは、これらの聖魔法はもう既に知っている、という強烈な既視感であった。

 他の属性と違って、聖魔法の術式については頭へ染み込むように自然と理解され、イメージとしても完璧に想起できた。

 下級だからそう、という訳ではなく、次の授業の時の中級、そして上級になってもその既視感と自然と頭へと染み込む、染み付いているという感覚は変わらなかった。


 そしてそれだけでなく、上級魔法を学び終わった後、アトラスの頭の中には学んだ事が無いはずの術式、そして、その聖魔法名が思い浮かぶ。

 それも一つではなくて次々とだ。

 そしてそれらは発動までのイメージが完璧に想起できたのだった。


 そのうちの一つに今回披露する神級魔法がある。

 なぜその魔法が神級と分かったのか?

 それは神話に紡がれている魔法名だからだ。

 その神話の中ではいくつかの人間の国を滅ぼし、世界を滅亡の淵へと落とそうとしていた邪竜に対して使われた魔法。

 人間からのどんな攻撃であってもその強固な身体に決定的なダメージを与える事ができなかったが、一撃で最強の邪竜を絶命せしめた魔法。


『ゴッドインディグネーション/神の憤慨』


 訓練場の天井部を破壊して、巨大な光の柱が3体のアグマンタイトの重厚なその的に向かって降り落ちる。

 眩いばかりの光、目も開けていられないような光によって辺りが照らされ、ジジジっと何が蒸発されるような音の後、カッという衝撃音と共にその光の柱から猛烈な爆風が発生して、すべての生徒、教師が大きく吹き飛ばされた。


 元の場所に立っているのアトラスのみで、試験場はその天井だけでなく、先程の爆風によって周りを覆っていたはずの壁も破壊されて、最早建物というより、ただの空き地といった体までその外観を破壊し尽くされていた。

 的となったアグマンタイトの3体の的の方はというと、まるで最初からそこになかったかのように一切の痕跡とが綺麗さっぱりと消え去っていた。


 震えながら放心状態で身動きが取れないもの。

 ハイテンションとなり自身でもよく分かっていないことをまくし立てているもの。

 まるで神の御業を見たかのような恍惚感によってその頬を上気させ、その瞳には涙を浮かべているような生徒も中には存在した。


 今のこれをアトラスが行ったのは間違いないという事。

 そして最早これは不正だとかそういう次元の現象、話しではないという事はヤギンにもよく分かった。

 それと同時に自身が今までにアトラスに行った数々の嫌がらせやいじめに当たる行為についても思い当たる。

 ふと――アトラスが視線がこちらを捉えている事に気づく。

 アトラスはフッとその視線を外したが――その瞳から放たれていた凍りつくような視線の光はヤギンの恐怖と不安とを想起させるに十分なものであった。

 その足についてはがくがくと震え、ガチガチと彼の口の歯は上下お互いにその歯をぶつけ合っている。

 なんて事を自分はしてしまったのだ――彼はアトラスは間違いなく神官へと成るだろう。

 そうなった後に自分は――いや、そもそも俺はそこまで生き永らえる事はできるのか?

 酷い後悔の念がヤギンを襲う。しかし後悔先に立たず、という格言があるように今更後悔した所でもう後の祭りだった。



 その後、アトラスは神学校で聖魔法について前代未聞の成績を叩き出し続けて、彼が卒業時には神官のそのまた上の最高神官の役職が作られ、彼は神聖教徒教会の歴史上初めての最高神官のその役職へと就くこととなる。


 ヤギンやその取り巻きついてはどうなったのか?

 ヤギンについては不幸な死を遂げる事となった。

 その死について詳細が報じられる事はなく、それが尋ねられてもそれがまるでやましい事のように、質問も面会も受け付けられる事はなく唐突に幕引きがされた。

 また取り巻きについてもそのすべてが退学し、まともに卒業できたものは一人もいなかった。


 アトラスはその後、最高神官としてその職務を全うしていく事になるが実は彼には彼自身もまだ気づけていない秘密があった。

 それは彼の出生に関連するもの。

 なぜ彼がそこまでの力を有するに至ったのかという答え。

 その答えに至った時に彼は、或いは――

完結まで書き上げました!

イエーイ!


後は推敲が終わった順に随時更新していきます!

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