第83話 激突
辺りに漂っているのは腐敗臭やすえたような鼻腔に突き刺さる刺激臭だった。
普段だったら少なくとも一人二人はチャイルドスラム子供が散見される場所。
毎日同じ時間帯に地上からのゲートが開き、多数のゴミが降り落ちてくる。
積み上げられたゴミはその重さで熱が生じているらしく一種独特の熱気が辺りに漂っていた。
ズラリと並び対峙し合う二つの集団。
レジスタンスと双頭の蛇の面々。
この激突が不可避となった時、戦争の舞台としてお互いに最も痛みと被害が少ない場所として、このゴミ山のエリアが選ばれた。
チャイルドスラムの子供たちには今日はゴミ山には行かないようにと勧告がだされ、この二つの集団以外、辺りは閑散としている。
「あいつは…………」
その集団の中では明らかに場違いに思える、黄金色に輝く鎧に包まれた男。
その手には特徴的な槍が握られている。
「見知った顔が?」
「ああ、おそらく神聖騎士団の騎士団長だ。ほんの少しの間だけど対峙した事がある。といってもあの時はすぐに逃げたんだけどな」
「神聖騎士団…………くそっ、地上のクソどももかんできやがったんだな」
「あいつは俺がやる」
おそらく敵陣で現状測れるなかでは最強の一角であろう一人。
ランスのその言葉にバティストは「分かった」と一言だけ同意する。
もっとも見知った懐かしい顔というのは他にもいるのだが……。
「ランドルフに……エリーでしたっけ? こんな所でまた会うなんて」
「丁度いい。二人とも併せてぶちのめしてやる」
ソーニャとミミの瞳に映る二人の人物。
暁の旅団の生き残り。犯罪者に堕ち、そして盗賊団にまでなっていた奴ら。
巡り巡って地下世界にまで堕ちている事については不思議ではない。
しかし、お互いが偶然にこの戦争に参加する事になるとは……。
「ランス、あの白装束の男。奴はわしがもらうぞ」
エヴァが指定したのは神聖騎士団長と同様にその場に不釣り合いな男。
純白の祭服に身を包み、白髪に白眼をした若い男性だ。
おそらく神聖教徒教会の関係のものだろうが……。
「……あいつも強いのか?」
「ああ、相当なものじゃぞ。ビンビンに感じるわ、わしが嫌いなあの力を……」
場違いなという意味では他にもドレスを着て日傘をさした少女とその両隣に付き従うようメイド服に身を包んだ美しい女性二人もだ。
何のために日傘をさしているのかという事も気になるが、その格好と佇まいだけで判断するとまるで舞踏会でも観覧にきた貴族の一行といった感じがする。
もっともレジスタンス側でも今回は初見のメンバーも多く見受けられた。
チャイルドスラム出身の実力者や、既存の地下世界のパワーバランスに不満をもった勢力などに片っ端から声をかけて強者をかき集めたらしい。
レジスタンスにとっては今回の戦争は正に総力戦で、この戦いに敗れると後がなく、そうなればその先の未来には絶望しかない。
「それじゃあ、そろそろ始めようかね! ドラ娘への折檻の始まりだよ!」
腰に手を当て胸を張って、堂々とシドはそう宣言する。
一方、バティストはシドのその宣言を受けて、瞑目しながら天を仰ぎ、そして思い詰めたようにその視線を下へと落としたその後に――
「虐げられ未来に希望を見いだせない日々。ゴミを漁り、地面を這いつくばりながら生きる日々。挙句の果てに待っていたのは相互監視という地獄の監獄だ…………。理不尽という理不尽。不条理という不条理をただ生まれた境遇、運が悪かったというだけで背負わされた私たちの同胞たち」
いつの間にかその広大なゴミ山の周りをチャイルドスラムの身体を真っ黒にさせてやせ衰えた子供たちが囲んでいた。
「我々は認めない! 悪意ある不条理を! 大人たちの度を超えた理不尽を! 力あるものたちだけが利益を享受するようなその仕組みを! 辛苦にまみれ、絶望の中でさえ光を求めて差し出されるその手……。我々はその手を取り、共に歩み、そして光あるその場所に必ず到達する!!」
そうしてバティストの右手に握られたライトセーバーが天高く掲げられると――
うぉおおおおおおおおおおおーーーッ!!!
と地鳴りのような歓声が沸き起こった。
そして、その瞬間に――互いの集団はその一歩を踏み出し、地を駆け、敵対する互いの集団に向かって踊りかかっていくこととなった。
どこかで見たことがあるような気がした。
レジスタンスのリーダーの女性の隣にいるその少年。
その人相に見覚えがあるという訳ではない。その佇まいと雰囲気。
外見が、というよりかは、闘技者としての匂い、感覚と知覚から得られる情報とでも言うべきだろうか。
ロータス。
それが15代目神聖騎士団長、歴代でも最強と名高い男の名であった。
戦闘狂。彼の性質を一言で言い表すとしたらそうなる。
その端正な顔立ちと黄金色に光輝く鎧に包まれるその姿からは想像だにできないが、彼の本性は獣、であり、今は自身が置かれているその立場により、言動や行動が抑制されているに過ぎない。
彼は学んだのだった、諸国を強者を求めて廻り、そして敗者には死を与える、という事を重ねているといつの間にかお尋ね者になるという事を。
彼は学んだのだった、より強者と戦う為にはある程度の権力を有する地位にいた方がその機会を探知しやすいという事を。
彼は神聖騎士団長という肩書にはなんの興味も関心も執着もない。
より強者と戦いやすく、そして、その結果が咎められる事がないからその地位についているだけに過ぎなかった。
そんな彼の獣の嗅覚にランスが引っかかった。
既視感だけではない、ランスから感じるのは絶対強者が放つオーラ。是が非でも戦いたい。
このような相手に邂逅した時には彼は自らの権力を濫用してその罪をでっち上げてでも戦闘の機会を創造する。
お互いのリーダーがそれぞれの口上を述べ、そして、戦いの火蓋が切って落とされたその時。
自分と同じ用にランスも自分をターゲットに向かってきている事を察知し、ロータスは頭が痺れるような歓喜を感じた。
相思相愛の仲だったのだ。自分が見初めたようにランスも自分を見初めたのだ。
その思いを、その歓喜の爆発を自身の愛槍へとのせる。
そして一気に踏み込み――一番槍としてランスに思いの丈を攻撃に乗せて、思いっきりぶつけた。
その一方。エヴァが一途にその熱い視線を送る一人の男。
白髪と白眼に真っ白な肌を持つその男の名はアトラスという。
実は敵方の中で最強の一角を担う存在でエヴァとの邂逅は運命の悪戯というべきものであったのだが、アトラス自身はまだそれには気づいていなかった。




