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第81話 代表者会議

「皆さん、この度はお忙しい中、お集まり頂き、感謝申し上げます」


 長机の端の中央に陣取る派手な祭服に身を包んだ神聖教会の枢機卿の挨拶によって、臨時で開かれた地上代表と地下代表の緊急会議は始まった。


「パンプティ工場群、というかあの監獄から子供たちが奪われたって?」


 白煙を曇らせながら葉巻を片手に持ったシドが述べる。


「ああ、お前の所のドラ娘の仕業だろう!? 今度は泳がせるんじゃなくて落とし前をしっかりとつけさせねえとな」


 地に響かせるようなその声色を会議場に轟かせるその男の名はベルガ。

 人間離れしたような巨体と熊のように盛り上がった筋肉質なその身体。

 地下の顔役達の中では珍しく一代でその地位を築き、その圧倒的な戦闘能力によって成り上がってきた男であった。

 凶暴なその目つきをシドへと向ける。


 一方のシドも一代でしかも女性で地下都市の顔役となった稀有な実力者の一人。

 女性という事を考慮に入れると地下都市の長い歴史の中でも類を見ない存在だ。

 特に戦闘力という面においてシドが頭をはる双頭の蛇は、アサシン教団を味方に引き入れている事から地下都市の中では最強と認識されている。

 そんなシドに対してベルガは対抗意識を燃やしており、その最強の座からいつか引きずり下ろしてやろうと虎視眈々と最強のその座を狙っていた。


「お前に言われなくても落とし前はちゃんとつけるさ」

「子供可愛さに今まで見逃してきたんじゃねえのか? 地上への物資のみかじめ料が滞るのはどの組織も痛いぜ?」

「確かに今回の一件は我々の利益を大きく毀損する」


 代表者の一人、バーグマンは同意する。


「へへ、お利口さんのバーグマンもそう言ってるぜシドのおばあちゃんよお」


 そう言ってベルガはおどけてみせるが、それにはシド、それにバーグマン双方から、剣呑な鋭い眼差しを受ける事になる。


 バーグマンと呼ばれた男。

 その眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせながら、まるでお硬い実業家のようにも見える風貌のその男の名はバーグマン・シュタイベルトという。

 シュタイベルト家は長く続く地下の名家の一つで地下には貴族という階級は存在しないが、貴族といってもいいような教養と財力とそして実力とを兼ね備えていた。

 彼のその見た目と言葉遣い、表面に表れている表層だけを見て取れば彼は常識人で地下世界の中でも珍しく教養と礼儀を踏まえた家柄だと判断されるかもしれない。

 しかし、シュタイベルト家の歴史とその伝統を知っている人間について彼の見方は180度変わる。


 シュタイベルト家には一つの伝統がある。

 強く優れたものだけが生き残る事ができるいう伝統が。

 これは隠喩的な表現ではなく、直喩、文字通りの言葉どおりの意味で、シュタイベルト家で生を受けるとその瞬間から生き残りのサバイバルが始まる。

 兄、姉、妹、弟と競争し、蹴落とし、踏み台にして、最終的にはお互いに殺し合い、ただ一人家長として生き残る為には例外なく兄弟姉妹を抹殺しなければならないという異常な伝統。

 そうして生き残り、鍛えられ、家長として生き残ったものに優秀なものは多いが、人間として必要不可欠な何かについても決定的に失われる。


 そうしてシュタイベルト家の伝統を知りながらバーグマンと接するものは、彼が笑顔の時にその目は決して笑っていない事などに気づき、その狂気の片鱗に触れて戦慄する事となる。


「お前はどうだあ、アレナスよお」


 アレナスと呼ばれたその女性は一瞥だけベルガに向けると――後はふーっと大きなため息をついて、つんとした面持ちでベルガから尋ねられた一切について答える事がなかった。


「なんだあてめえその態度はムカつくなあ……」

「…………私はここにはただいるだけですよ? その立ち位置をお忘れになったのですか?」

「ちっ」


 その会議に集まった代表者たちの中ではシド以外では唯一の紅一点。

 だがしかし、メイド服という明らかに場違いな服装に身を包んで澄まし顔で代表者たちの席の一角についているその女性。

 アレナスというその女性については正確には代表者ではなく、あくまで代理であった。

 決して表に出る事はないが地下世界で絶大な権勢を誇っているがそれを一切行使しようとしない者の代理。

 魔導機械という概念、理論、そして実際の稼働する機械現物を一から創造し続けているもの。

 一切の理論とその内部構造について明らかにする事をせず、一体いつから生きて、どんな人間なのか?

 名前以外の一切の情報、性別すらも不明なその人物。

 アレナスは地下が生んだ天才魔道技師セーラムその人の代理人であった。


 口うるさく要望されるため、しかたなく代理という形でアレナスを代表者会議にセーラムは寄越してはいるが、地下都市のいかなる運営と決まりごと、その他、どんな事であっても一切の口出しをするつもりはなく、アレナスはこういった代表者会議にはあくまで参加するだけっといったスタンスであった。


「いつ見ても美しいわねえアレナスちゃん。いつも言ってるけど気が向いたら私のお店で働いてねん」

「おお、そうなったら俺が客として抱きに言ってやるよ」

「うるせえッ! てめえには話しかけていねえんだよ、糞熊野郎は黙っとけ!!」


 ベルガに突然激高したその者の名はアンチエータという。

 アンチエータは地下都市の女衒を一手に取り仕切る組織の代表を務めている変態である。

 アンチエータは元は男だが、女としての快楽も得られるようにその身体を改造しており、気が向いた日には女になり、また別の日には男になる。

 酷いサディストでもあり、彼、または、彼女のその手に掛かってその命を落とすまでの責苦を味合わされたものは一人や二人では聞かないという噂だ。

 アンチエータは一度、女としてベルガの相手をした時に酷い目にあわされたらしく、それ以降、彼の事をひどく忌み嫌っているようだった。


 ベルガはそんな激高するアンチエータの様を確認して楽しそうにニヤニヤと笑っていた。


「地下都市でも利益は毀損されたでしょう。そしてそれは地上世界でも同様の事です。私は教皇からの勅命を受けて本日この場に赴いております」


 わざわざ教皇が乗り出して来ているのかと出席者一同、心のなかで思うが、それを口に出して言うものはいない。


「一刻も早くの解決を望みます。武力での解決が必要でありましたら、神聖教会の最高戦力の二人を本日は連れて参っております」


 いつもであれば地上側の出席者にはやじが飛んだり、嫌味の一つが言われたりする。

 そんな声が本日の会議の場で一つも上がらないのは枢機卿が連れてきている、教会の最高戦力と謳われた二人の男がいる事が理由であった。


 最高戦力の一人。

 神聖騎士団長グラトリウス。

 黄金色に輝く鎧に全身を包まれ、その手には長い円柱形式で先が尖った独特の槍が携えられている。

 世界でも最強クラスの騎士団の一つ、神聖騎士団の中でも最強で、更にその神聖騎士団の長い歴史の中でも突出した実力を有しており、歴代最強だとの声も名高い男であった。


 そしてもう一人の最高戦力。

 最高神官長ベルテギウス。

 世界で唯一人、彼だけが使用できると言われる神級の聖属性魔法を操り、その莫大な魔力と、彼だけが持つ神力という力をもってして、例え一国が相手であっても小国ならば間違いなく滅ぼすであろうとまで評価されているその実力。


 国家としての体を成さない神聖教徒都市が、各国、例え帝国などの大国を相手にとったとしても、同等以上の発言ができるのは彼らという最高戦力を有している事が大きく影響していた。


「それじゃあ、お言葉に甘えてお借りしようかねえ、そこのお二人。二人以外は後は私ら、双頭の蛇でやるつもりだけど、兵隊送り込んでおきたいっていう者はいるかい?」


 シドは辺りを見渡すが声を上げるものはいない。


「あら、あれだけ偉そうにギャンギャン吠えてたのに関わらず、ベルガ、あんた兵隊の一人の寄越さないのかい?」

「行くとしたら俺自身だ。だが、それはお前は願い下げだろう?」

「いや、別に私の犬として尻尾を振って、従順に言うことを聞けるのなら歓迎するよ?」

「ふん、それがあり得ないという事は聞かずしても分かることだろう?」

「あら、そうかい? 今はという意味ではそうかもしれないけど、この先どうなるかは分かったなんじゃないだろう?」


 会議室の空気が張り詰める。

 シドとベルガを隔てるその空間は歪んでいるのではないかという錯覚を周囲に与える程に、彼らの覇気、闘気、オーラといった目に見えないものは激しくせめぎ合っていた。


「それでは双頭の蛇を中心に子供たちの奪還部隊が編成されて、それに我が教会の最高戦力も参加。近日中に奪還作戦が決行されるという決定事項でよろしかったですかな」

「異議なしだね」

「異議なし」

「異議なし」


 代表者から同意の声が次々と上がる中で、勢いよい椅子が引かれる音が――ベルガが立ち上がり腰掛けていた椅子がその後方へと転げていく音が会議室に響き渡る。

 ベルガはのそりのそりとその巨体を動かし、シドに近づき、顔面をシドのその横顔の先、数センチの所まで近づけ、その血走った瞳を向ける。


「おれあ、今決めたぜ。この騒動が終わるまでは教会、ならびに地下の他の代表者の顔をたてて大人しくしておいてやる。だがなあ、この騒動が終わった瞬間にお前の首を取りに行ってやるから楽しみに待ってろよお」

「あらそう、じゃあ楽しみに待ってるから、その臭い口を今すぐ閉じな」

「ああ、待ってろ! 必ずぶち殺してやるぜ」


 ドカドカとその巨体をいからせて、バタンッ!! とドアが壊れる程の勢いで開かれ、ベルガは会議室を退出していった。


 こうしてバティストたちレジスタントと、地下と地上の混合部隊の戦いの火蓋の幕が切って落とされようとしていた。

 後にこの戦いによって地下都市というその有様自体を変えていく――地上と地下との関係が変わっていく契機になるのだが、それはまだまだ先の話しであった。

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