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第79話 奴隷工場

 そこは工場であり、そして牢獄でもあった。

 工場の建物は円環状に構成され、その円環に製造品がベルトコンベアを伝って流れてくる。

 それをそれぞれの階層の作業員たる子どもたちが組み立ての工程を担うという仕組みであった。


 円形上に配置された子供たちは正面左右とお互いの作業を確認でき、相互の監視と密告制度が推奨されており、密告をした者には報奨として3日の休暇が与えられるシステムとなっていた。

 逆に密告を受けた者は3日間食事を抜きにされる。ただでさえ粗末な食事しか与えられていない中、飢餓状態で作業しないといけないとう拷問を強いられるのであった。

 工場の作業に休日はない。休息は1時間毎に5分だけ与えられるが毎日の実働は14時間を超え、仕事以外では食事と僅かな休憩以外の時間はすべて睡眠に当てられるようになっている。


「今日も滞りなく作業は進んでいるようだな」

「はい、特に問題などは発生しておりません」


 通称、パンプティ工場の工場長のロドルフォ。

 二重どころか三重のその顎をたわませながら脂肪が存分に蓄えられたその巨体をゆっくりと移動させながら頭上を仰ぎ見ている。


 1階辺りの円環に配置された作業員の子どもたちは20名程で総12階建ての一つの奴隷工場に配属されている子供は100名を超える。

 そういった奴隷工場が総数として5個有り、総勢で1000名を超える子どもたちが奴隷労働を強いられていた。


「やはり私の構築したシステムは完璧だ。今まで一切の問題が発生していないし、製造コストも前に比べればタダ同然だ! こんな優れた私を地上の奴らは……」

「仰るとおりでございます。ロドルフォの優秀さを看破できなかったとは地上の人間たちは実に無能でございますね」


 部下は指紋がなくなるかの程の揉み手でロドルフォを持ち上げる。

 それはこのパンプティ工場の監視業務の給与が良い事。

 それに今までロドルフォが些細な事で癇癪を爆発させて部下たちを理不尽にクビにしてきた為であった。


 このロドルフォという男は元々は地上世界で学者をしていた男であった。

 学問領域は経済や思想関連。頭脳は明晰であったが倫理観が欠如しており、その思想性の過激さを危険視され鳴かず飛ばずだった所、奴隷理論について興味を示した裏社会の人間を通して地下へと流れる事になる。

 小規模な実験的な奴隷工場の建造と運用を経て、確かな実績を残した後、地下都市の顔役たちに認められ地下最大のパンプティ工場の建造と運営を総責任者として任される事となった。


 作業を行っている子供たちは私語を躱す事も、その手を止める事もしない。

 黙々とまるで死んだ魚のような目をしながら淡々と作業を進める。

 その余りの過酷さから発狂するもの、過労死するものも発生するが、それを補い余るように次々と子供たちはどこから連れてきているのか補充されていっている。


「これが私が構築した最適化奴隷理論の成果だ。

 お互いが監視をする事は自己監視をすることにも繋がるし、それを誘発させる。

 そしてそれが自らの行動を制限する法となる。本来カオスな人間個々を制御する管理スキームが確かなものでかつ、そこに報酬と評価システムが加われば、人々の欲動の方向性を一方方向へと導く事ができる。

 そうする事によって人々が進む方向、そのエナジーを発露する先も制御する事ができる。

 このような仕組みを構築する事によって本来はまだ理性が完全に構築されずに猿に近い存在である年少の者であってもその行動を制限、誘導してこちらが意図するように支配する事ができるという訳だ」

「素晴らしい! 流石でございます!」


 パチパチパチっとその工場内に虚しく響く拍手をしながあ部下のヴィックは――

(また小難しい事を悦に入ってべらべらとうるせえなあ、唾を飛ばしながら喋るんじゃねえよ)

 と心の中では思いながら、その顔には取ってつけたような笑顔を浮かべて称賛の言葉を並べる。


「じゃあ、本日は私は勤務を終了する。後は頼んだぞ」

「はい、お疲れ様でした。後はお任せください」


 ヴィックは敬礼の姿勢のまま、ロドルフォがその巨体を揺らして最後工場の入り口の扉を出ていくまで――を確認した後、地面に唾は吐き捨てる。


「くそ豚野郎がめんどくせぇ、視察になんて来るんじゃねえよ」


 監視員用の部屋へと入り、椅子に深く腰掛ける。

 監視と言ってもほぼやる事はない。自身の他には警備員すら存在しないし、一つの建物辺りで一名の監視員しか存在しない。

 ロドルフォが折に触れて披露してくるなんたら奴隷理論とかいうのはよく分からないが、ここの奴隷工場がコスト面で非常に優れているというのはヴィックにも分かった。

 子供を強制で働かせるのに強弁も鞭も暴力も基本必要としないのだ。

 彼らは勝手に自らの手足を縛り、そして自らに鞭を打つ。

 勤務時間中は椅子に腰掛け居眠りでもするか本でも読んで時間を潰すだけでいい。

 こんなに楽な仕事はない。それでいて給料はいいのだ。

 ロドルフォの野郎には嫌悪感を覚えるし、根底にもっている選民思想や、階級意識などについてはヘドが出そうになるが勤務条件と内容はいい為に我慢をしている。

 他の工場棟で監視業務についてる同僚たちも同じような感じであった。


 時刻は午後の7時を回ろうとしている。

 監視員の勤務は二交代制となっており、ヴィックの本日の勤務は16時から24時までの間であった。

 ロドルフォもう帰った事だし、隠している簡易ベットを取り出し、そこに横になる。

 昨日は徹夜で飲み明かして痛飲した為、二日酔いと寝不足だ。それに今日も飲みの約束がある。

 光避けの為に顔に読みかけの本を被せ、そして子供たちの作業音、ベルトコンベアなどを回すモーター音のみが規則的に聞こえるその工場内で、疲れているのかすぐにヴィックの意識はまどろみの中へと落ちていった。

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