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第77話 SSランクの男

「ひゃ…………ああ……はっはっ…………」


 どこからか微かに耳障りな笑い声が耳に届いた気がした。

 バルザークは椅子の上でうたた寝をしていたがその目を見開く。

 肌で感じる空間に流れている空気がいつもと違う事に気づく。

 それは日常の空気ではなく戦場の空気。

 バルザークが常にその身を置き続けてきた世界の空気がそこにはあった。


「吸血鬼にライカンスロープだ! 奴ら化け物だった!」


 アジトの倉庫の扉が乱暴に開け放たれ、今、カモを襲撃しているはずの者が飛び込んでくる。

 青い顔をして額に汗をかき、急いで走ってきた為であろうゼエゼエと肩で息をしていた。

 バルザークは腕組み、深く腰掛けていた椅子からゆっくり立ち上がり、背伸びをする。


「敵の人数は?」

「4人で今、交戦しているのは吸血鬼とライカンスロープ。後の二人の詳細は不明です」


 バルザークに対して恐縮して男は話した。


【牙狼の砦】

 それがバルザークが今所属している組織の名前である。

 凡そ1年前に組織の中の一人の男が地下ツアー誘拐を思いつく。

 地上の金持ちの貴族連中が地下に物見遊山でボディーガードも連れずに無防備に回っている所を目撃したのがきっかけだった。

 だが地上の貴族連中に対しては、地下と地上で協定が結ばれ、地下の顔役のあるグループがその身辺の保証を行っていた。


 そのグループの名は【双頭の蛇】

 地下の中でも最大派閥であり、アサシン教団とも関わりがあると噂されている武闘派だ。

 地下ツアー誘拐という稼業をするなら彼らと敵対をする覚悟が必要だった。

 つまりは【双頭の蛇】と同等以上の武力がなければそもそもできない試みだったのだ。


 そんな中、ある日の事、地上へと情報収集に赴いていたメンバーが一人の男を突然、地下に連れてきた。

 その男の名はバルザーク。SSランクの冒険者という触れ込みだった。

 だが冒険者ギルドすらない地下世界で地上でのその肩書は全く意味をなさない。

 当初バルザークの横柄な態度に不快感を持った何人かのメンバーが因縁をつけていったが、すべて赤子の手を撚るように返り討ちにあう。

 遂には【牙狼の砦】で最強の男と激突するがまるで相手にならなかった。


 こうして、バルザークという絶対強者の味方を得て、【牙狼の砦】はその後、地下ツアーの誘拐稼業に勤しむようになる。

 地上の裏社会の人間たちとつながり、正規のルート以外から地上の貴族を地下ツアーへの網にかけて次々と嵌めていったのだった。


「急げ!」


 悠長に手ぶらで歩を進めるバルザークとは対照的に組織の人間たちは慌ただしく武器を用意し、防具を身体に身に着けていく。


「いつもの路地裏か?」

「はい」


 一方のバルザークはまるで散歩にでもいくかのような悠然とした歩調でアジトの倉庫を後にする。

 急いで用意した【牙狼の砦】のメンバーが一人、一人とそのバルザークの後へとついていく。

 そうして、彼はその後ろにズラリと【牙狼の砦】のメンバーを引き連れて、目的の場所へと向かっていった。




(なるほど、中々強いな)


 ぐちゃぐちゃと死肉を貪っている白銀の体毛に包まれたライカンスロープと、口と手を真紅の鮮血で染めて満足そうに舌なめずりをしている吸血鬼。

 ライカンスロープのその白銀の体毛を携えたその姿はおそらく種族の中でも長命で上位の力を持つ長老種と思われた。

 また吸血鬼の方もその内に秘めているであろう潜在魔力を測ると、吸血鬼の中でも上位の貴族階級に属する強者だと思われる。

 奥にいる少女と男については……そちらは正確には測れないが沸き立つような魔力は感じられない為、そこまで強力な魔族ではないだろう。

 もし、彼らも見かけ通りの人間であるならば俺の敵ではない。


「随分と派手にやったものだな」


 辺りに一面は血の海となっており、すでに死臭が立ち込め始めている。

 戦場でもここまでの惨状は中々お目にかかれない。


「ご馳走がわざわざ来てくれました。食べ切れますかねえ」

「今日で何年か分くらいの新鮮な血液が頂けそうですねえ」


 こちらに対して嘲りの表情を浮かべながら二人は述べた。

 増援が到着しても自らの勝利を微塵も疑っていないのだろう。


 ライカンスロープの上位種と上級吸血鬼。

 バルザークはいずれも過去に討伐経験があった。

 一抹の期待を胸に赴いてきたが、期待外れかも知れないとの失望が頭に過る。

 そもそも冒険者ランクSSの自分がわざわざ地下にまで来たのは強者を求めての事だった。


 地上では把握できる限りの強者と戦えるだけ戦ってきた。

 数限りない、猛者、達人などと謳われる強者たちと戦ってきて、そしてそのいずれも撃破し、戦う相手がいなくなった時に感じたのは、頂点に立ったものの栄光や昂揚ではなく言い知れぬ空虚感であった。

 強者を求めて戦う事が生きると同義であったバルザークにとって、それは生きる意味を失いないかねない人生の危機であった。


 そんな中、地下都市の存在を知る。

 地上の法や理りが及ばない世界で、独自の生態系というような地上とはまるで違う世界になっていると聞いた。

 世界中の犯罪者が検挙の手を恐れて集まる場所でもあると。

 地上では自身の敵と呼べるような存在をもう見つけられなくなってきていた、バルザークにとっての強者を地下では見つける事ができるかも知れない。

 そんな一抹の希望を抱いて地下にまでやって来たのだった。


 バルザークは右手を上げて、後続の【牙狼の砦】のメンバーたちにはここで留まるように合図をいれて、自身はそのまま敵に近づいていく。


「ん? あなた手ぶらじゃないですか。魔術師のようにも見えませんが……」

「気にするな。武器はある」


 バルザークは、手には何も持たず、腰にも背中にも武器らしいものは身につけていない。

 防具についても上半身、上着の下にくさりかたびらは装備しているが、防具らしいものそれだけで戦闘員というよりはただの一般人のようにも見えた。


 ある程度の距離を詰めた所、敵との距離が10メートル程度になった所でバルザークは歩みを止める。

 アリーゼはその顔を横に少し傾ける。


「飛び道具を何か持ってるんですかねえ。早くお出しになってご覧なさい」


 バルザークの両手にそれぞれに光り輝く弓と弓矢が現れた。

 それは物理的な実体を持たない、魔力で構成された一種のエネルギーの塊で構成された武具であった。


「あら、マジックアローの使い手でしたか。じゃあ、打ってご覧なさい」


 母親が子供に促すように、慈愛の表情を持ってアリーゼはすべてを受け止めるように両手を拡げてバルザークに促す。

 全く、舐められたものだな――とバルザークはその様子を鼻で笑う。

 だがその余裕の表情を苦痛と恐怖で歪ましてやるのも悪くない。


 さて、バルザークがなぜここまでの強者になれたか?

 それは彼のスキル、『アブソリュート・ゼロショット』と『聖光闘気』に起因する。


『アブソリュート・ゼロショット』は必中の高速の弓矢などの射撃スキルである。

 瞬きをするほどの合間に弓矢を放ち、それが必ず目標に被弾するという一種のチートスキル。


 そして『聖光闘気』は闘気系の最上位のスキルの一つ。

 神話として語り継がれる物語に出てくるようなスキルで、『聖光闘気』を纏ったものはどんな攻撃も受け付けずに、目にも止まらぬ速さで動き、剣を振れば山が割れ、拳を繰り出せば大岩であっても粉々に粉砕されると言い伝えられているような神級スキルであった。


『アブソリュート・ゼロショット』


 とスキルを発動した瞬間、バルザークのみが認識できるバルザークが放つ弓矢とアリーゼとのチャンネル、経路が繋がれる。


「じゃあ、お言葉に甘えるとしよう」


 その言葉を言い終えるのと同時にバルザークはマジックアローを放つ。

 あっというまでの間、弓矢は極めて限られた時間内でアリーゼの胸に命中し、ボンっという小気味よい音をたててその胸に大きな穴を穿った。


 アリーゼは胸に空いた大穴を不思議そうに確認したのち、その場に膝をつく。


「そんな……全く……見えなかった……」


 ごぼっと口からも吐血しながら、目を大きく見開いて、先程とは打って変わってバルザークに対して畏怖の眼差しを向けている。


「お前はライカンスロープだろ。全く胸部に大穴を開けられて死なないとはゴキブリ並みのしぶとさだな。次は頭部を消滅させてやる」


 今のに反応できないようであれば、やはり期待できないな。

 失望を覚えながら、バルザークは次なる攻撃へと移ろうとするが――


 そうはさせないとヘルガが必死の形相で高速で移動してきて、その鋭く伸びた爪を武器に手刀で突きかかってきた。

 しかし、それと同時にバルザークは――


『聖光闘気』


 ゴキっと骨が砕ける音がし、ヘルガの手刀の指の何本かはあり得ない方向に曲がった。

 彼女は呆けたような表情で自身のその手を不思議そうに見つめた後に――


「ぐぅううーーーッ! 馬鹿な!? 鉄の鎧でも貫く私の手刀を生身の人間が?」


 ヘルガは骨折した手を抑えていた――――が流石はヴァンパイア、すぐにその手は元通りとなる。

 バルザークのその体は全身を白く輝くオーラで包まれている。


「ほう、それは聖光闘気じゃな」


 奥で戦闘を観戦している、ヒルデガルドが感嘆の表情で述べる。


「聖光闘気!? くっ……しかし、我は吸血貴族! 家畜の人間などに遅れを取ってたまるかぁッ!!」


 ヘルガは眉間に皺を寄せ、全身に力を漲らせる。


「はぁああッ!!」


 気合一閃。ヘルガは横蹴りをバルザークに放つ。

 先程対峙していた男たちであれば、その身体を両断してかつ、原型を留めなくなる程のダメージを与える蹴りであった。

 しかし、バルザークはその蹴りをパシっとなんでもないように片手で軽々と受け止める。


「ふっ、なんだこの攻撃は? 子供でももうちょっとマシな蹴り技を放つぞ」

「な!? ちぃいくしょうおおッ!!」


 ヘルガは裏拳、回し蹴り、上段に下段、正拳突きと矢継ぎ早に攻撃を加えていくが――

「ふぁあーーー」っとバルザークは欠伸を堪えながらそれを片手で軽々と防いでいく。

 最後にはバルザークはヘルガの攻撃をかいくぐり一歩踏み込んで強烈な肘打ちをヘルガの腹部に直撃させる。


「ぐぅおお゛お゛お゛ううーーッ!」


 その強烈な一撃によってヘルガは目を真っ赤に充血させながら吐血して、自らの新鮮な血液を地面にぶち撒ける。


 いつしかバルザークはアリーゼとヘルガの瞳に恐怖の色が浮かんでいる事に気づく。

 つまらんな。自身と対峙し、戦闘したものが陥る、お約束のような反応であった。

 さっさと終わらせてしまおう。そう決心したその時――

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