第73話 過去の思い出
「くっ、追いつけない!」
前方を走るバティストたち。
シドたちも足が早く追いつけないようだ。
『瞬神』
俺は一瞬のうちにバティストたち、そしてシドたちも追い越し――
ガキィイイイイイーーン!
剣で攻撃を加える事によってシドたちの足を止める。
「……へー随分と素早いようだねえこの坊や。この坊やは、私とダインが相手するからお前ら先においき」
「先になんて行かせるか……よ…………」
そう俺が言い終える前の刹那の間。
ダインが背中に背負っていた二刀を抜くと同時に十字に俺に切りつけてくる。
俺の妖精王の剣とその二刀とがお互いの剣身を激しく火花を散らしながら打ち付け合う。
それは瞬きをする間も無いほどの時の中での攻撃スピードだった。
カウンターで瞬神が自動発動していなかったら防げていなかっただろう。
俺の目は驚きで見開かれる。
「ははっ、驚いたか! よく防いだな。スピード特化はお前だけじゃないぞ。この俺もスピードスターというユニークスキル持ちだ!」
そうしている内に俺たちの横をシドの残りの仲間たちがわらわらとすり抜けていく。
「ミミ、ソーニャ、エヴァ! 子供たちを頼む!」
「「「了解!」」」
その後をミミたちと、そしてバティストの仲間が追っていく。
バティストは持っていた警棒のスイッチを押してカチッと音をさせると警棒自体が棒にあわせて細長い電光の実体を持ち、その全長が片手剣程の長さとなった。
それをブォンッと空気を切り裂く音を響かせながら、シドへと振り下ろす。
シドはそれを両手で受け止める――がアーマー部分からは激しい火花がまるで何かの溶接がされているかのように吹き出している。
シドはその攻撃を嫌がり、バティストに前蹴りを放つがバティストはそれをバックステップによって躱す。
「ちっ、単なる警棒かと思ってたら、それはレーザーソードじゃないか。魔導技師セーラムの奴、子供には過ぎた武器だよそれは!」
「戦闘で魔導技術の恩恵を受けてるのはあんただけじゃないんだよ! ここで決着をつけてやる!」
バティストのその瞳には復讐の炎が燃え上がっていた。
それに対してはシドは冷笑を浮かべている。まるでその感情の向け先が検討違いとでも言うように。
一方、俺はダインと超スピードでやり合っていた。
おそらく第三者からはこの攻防を目で追う事もできないだろう。
俺は瞬神のスピードについてこれるダインに驚愕と同時に喜悦の感情を抱いていた。
瞬神というスキルを得て以来、始めてスピード勝負の本格的な攻防ができる相手。
楽しい……。
ダインもその瞳に喜悦の色を浮かばせながら――
「はっはーー、楽しいぞ! 俺のスピードにここまでついてくれる奴は今までいなかった! まだまだスピードは上がるぞ!」
ダインは言葉通りさらにギアを上げてそのスピードを上げていく。
俺もそれに併せて更にスピードを上げる。
これより先は自身も未知の領域。
すでに俺たちの移動スピードだけで辺りに軽い旋風が発生するレベルにまでなっていた。
一方、バティストはレーザーソードによってシドを壁際へと追い詰めていた。
「これで終わりだよ!」
バディストはそう言ってレーザーソードを大きく振りかぶる。
シドの右手はすでにバディストの攻撃で動作しなくなっており、煙を上げて故障しかけている左手で防御しようとしているが、いつもの超スピードでの動作ができない。
バディストは殺れる! と確信する。
――――とその瞬間――――それと同時にシドと過ごした過去が走馬灯のようにバティストの脳内に一瞬の内に展開されていった。
「終わらせるのは別にいいが、そこからの景色は中々のもんだろ」
死への一歩を踏み出そうとしていたその瞬間、突然の意識の外からのその言葉にビクッと体を震わせ、その声の方向へと振り向く。
そこには携帯用の小型の酒入れをあおり、その液体を喉へと流し込んでいる一人の白髪の老女が佇んでいた。
彼女の視線は私ではなく、地下都市の景観へと注がれている。
「景色……」
自殺する事で頭が一杯だった私は地下都市の高台、景色が良いことでも有名だが、自殺スポットでもあるその場所から地下都市のその景色を眺めてみる。
建物群と光源の数々。それらからは何一つ規則性というものは感じる事はできなかったが、圧倒的な生命力とでも言うべきだろうか、一つの巨大な生命体のような、言葉にはよらないが確かにそこにある圧倒感を全身で感じた。
そこからの風景は汚らしく、乱雑で、カオスだった。しかし、逆説的ではあるがそれを美しい、とも思う。
自分の眼前にこのような景色が広がっている事に、そしてそれに意識が向かずに全くその美しさに気づく事がなかった事に驚く。
「これからの人生でこれと同じくらいのもんがまた拝めるんなら、まだ生きてやってもいいと思えないか?」
「…………」
私は自問してみる。
亡くなってしまった、お父さんとお母さん。
二人がいない世界で生きる意味があるのだろうか?
私がつらい思いをするなら二人の後を追う事を先立つ二人も望むのではないだろうか?
何不自由なく生きていた自分がこれから先、弱肉強食の地下世界に堕ちて生き抜く事なんてできるのだろうか?
未来への絶望と不安。
両親の死後、孤児として問答無用で地下世界に放り込まれて自死を決意したのはこの理由からだ。
だが、地下都市の絶景をこの瞳で確認し、それを肌感覚として受け止めた事で――
【みんな一生懸命に生きている】
なぜだか分からないがこの確信を得たのだった。
そして一生懸命に生きるという事が尊い事だと思えてしまった。
「確かに……いいかもしれない……」
「そうかい。じゃあ、腹がへったから何かうまいもんでも食いにいこうか。付き合いな」
シドのあの時のなんとも言えないような笑顔。
今でも忘れる事はできないし、もしあの時、シドがこの現世に引き止めてくれなかったら私は間違いなく、あの世へのダイブを決行していただろう。
特別に優しい、とは違う。
時に厳しく。すぐ近くで見守ってくれ、導いてくれる存在だった。
自分の食い扶持を見つけられるまでは、その庇護の下、その優しさに甘えてきた。
受けた庇護と成人するまで育ててくれた恩は何をやっても返しきれないだろう。
「なんで助けてくれたの?」
シドにそんな純粋な問いをぶつけてみた事がある。
「んーー? なんでだろうね……楽しいから? いや、楽しいのは楽しいけどそれはちょっと違うな。…………まあ、そんな細かいことはいいんだよ。バティスト、あんたお腹減ってないだろうね?」
照れくさそうにして私の髪をクシャクシャにするシド。
しかし、そんなシドがなぜ……子供たちを売るような事を……。
その時、生じた心の痛みの為か――バティストの意識は急激に現在へと引き戻される。
バディストが振り下ろした一撃はシドの手前の地面に斬り込みを入れていた。
刹那の時の中でバティストに邂逅したシドとの思い出。
それが無意識下で影響を与えたのだろうか。
「だめだねえ、今のは殺れただろう」
シドが見せたしょうがないな、というその表情。
子供だった、バディストがした喧嘩やいたずらに対して見せた、かつてのシドの表情と重なる。
その表情はズキン――とまたバティストに心の痛みを生じさせる。
その表情のまま、シドは両手を前に突き出したと思うと――
その両手の先から魔力弾のようにエネルギーが円球状に溜められていく。
バディストは咄嗟に身体を横滑りさせると、その両手から放たれたエネルギー弾が地下通路の壁にぶち当たり、激しい爆発が生じた。




