第71話 チャイルドスラム
「その襲撃者たちはレジスタンスのメンバーで間違いないね。お面が外れて確認できたというその顔の特徴。首謀者はレジスタンスの頭のドラゴンタトゥーの女、バティストだね」
シドは口から白煙を燻らせながら遠い目をしている。
「すいません、お頭……」
直角以上の角度で頭を下げ、神妙な顔つきでダインがシドに侘びを入れる。
「まあ、やられたもんはしょうがない。といってもやられっぱなしでいいという事ではなく落とし前はつけないとね」
シドは額に皺を刻みながらギラリとその瞳を光らせ、俺たちに向き直る。
「奴らのアジト、拠点があるであろう縄張りは把握してる。ランス、レジスタンスメンバーを捕らえてもらえるかね? 一部でもいいんだ」
「……レジスタンスの拠点と縄張りってどこだ?」
「それはね……」
シドのアイコンタクトによってダインは小走りで店のカウンター奥に向かいそこから地図を取り出してきた。
「これが地下都市の地図だ。今いるこの場所は、ここ、大体地下都市の中央部辺りだね。レジスタンスたちは地下都市の中でもチャイルドスラムが形成されている北西エリアに潜伏している」
「チャイルドスラム?」
「ああ、孤児を中心に形成されたスラムだ。地下都市には子供にも働き口はあるんだがそれを拒否してその日暮らしをしている子供たちの集まりだね」
「じゃあ、レジスタンスは若者中心で構成されてるって事か?」
「そうだね。リーダー並びに最年長でも20代のはずだよ」
シドは葉巻から最後の一息を吸い込むとそれを灰皿に火口を押し付けて、その赤く灯っていたものを暗く、その火が絶えるまで擦り合わせた。
俺はミミたちと目線を交わし意義のない事を確認すると――
「じゃあ、そこに向って、そのメンバーをできるだけ捕らえてくるよ」
その言葉の後に俺たちは一斉に席を立ち、そして店を後にした。
「これでよろしかったでしょうか」
ランスたちが去った、店内にて。
残ったダインとシドがテーブル席で会話を交わしている。
「ああ、面白そうに事が運んだ。このままの流れでレジスタンスたちと潰し合ってくれたらベストだね」
新たな葉巻に火が灯され、その白煙がテーブル上空に漂っている。
「件の件とは別のスカルヘッズに対して教団に殲滅依頼が来ております」
「スカルヘッズ……ああ、地下ツアーで営利誘拐してる奴らか。大した事はないな。メンバーは適当に見繕って対処しろ」
「御意にて。それではお楽しみ案件という事でフラストレーションが溜まっていそうなメンバーを選定致しましょう。ああ、後、例のなんだったか……そう暁の旅団とかいう」
「ランドルフだったか?」
「はい、あいつも初仕事という事でお手並み拝見といきましょうか」
「くっくっく、最近この退廃の都市も退屈だったが、面白くなってきたな」
「それでは早速、手配致します」
「よろしく頼む」
二人もまたそのテーブル席を去り、そのテーブルにはいくつかのグラスと、葉巻の吸い殻が数本入った灰皿が残されていた。
ドブの匂い。
レジスタンスの縄張り、チャイルドスラムに足を踏み入れると鼻腔にその嫌な匂いが漂ってきた。
露店のような店もあるにはあるが、他の地域と比べて明らかに品揃えと店構えも違う。
地面に直接品物が置かれ、その品物も何かのガラクタに見えるようなものばかりを置いている。
簡素な台があればいい方で、いずれも年端のいかない子供が大半、商いをしているようであった。
露店という言葉を使うのは大仰で浮浪者たちの見世物市と言った感じがする。
道端にはボロ切れを身を包んで横になり、生きているのかピクリとも動かないような子供も散見される。
住人の子供たちには子供特有の笑顔は少なく、人生に絶望した中年のような目に深淵を覗かせているものも少なくない。
通りを普通に歩いているだけで物売りの子供が商品を手に持ってやってくる。
道端で拾ったのではないかというような花から、何かの雑誌、それにパンなどの食べ物など。
そのかわいい身なりと一生懸命生きていこうとしているその健気さに答えて上げたい気持ちも湧いてくるが、如何せんその数が多すぎた。
誰か一人にという事になれば逆に差別になるかと思って、良心の呵責を覚えながら、そのかわいい営業攻勢を断っていく。
もちろん場所はスラムなのでそんなかわいい子供たちばかりではない。
スラムを路地裏の方に入っていくと、こちらをジロジロと警戒するように見る子供たちが増えていき、こちらの姿を確認するだけで何かやましい事があるのか走り出すような子供もいた。
タバコや酒を平気で嗜んでいる子供や、目の焦点が合っていない何かしらの薬物を摂取しているのではないかと予想されるような虚ろな表情をしている子供さえいた。
「ちょっと、ぼくたち……」
スラムの深部に差し掛かった辺りで俺は子供たちに声をかけていくが、警戒していた子猫が近づいてきたら逃げ出すように、声をかけられた瞬間に子供たちは一目散に逃げ出していく。
「何がダメなんだろ……」
「うーん、スラムの外部の人間に対してそもそも相当な警戒心をもっていそうですね」
そうして、声を掛けては逃げられ、という事を繰り返していると、何かしらの武器、鉄パイプだったり、ナイフだったり、チェーンだったりを携帯した子供たちが俺たちの前に剣呑な目つきをさせながら現れた。
「お前ら何者だ? 何しにこのスラムに来た?」
「ちょっと前にここのスラム出身のレジスタンスのメンバーに輸送中の荷物を奪われた。その奪ったレジスタンスのメンバーを探している」
「何? じゃあ、お前らバティストの姉御の敵か?」
「姉御? という事はお前らもレジスタンスのメンバーか?」
「俺たちじゃあ、まだ幼すぎてメンバーにはなれねえ。だけど胸に抱いている思いだったらこのスラムの者たちだったらみんな同じだ。姉御の敵ならただではおかねえ!」
子供たちはそれぞれの武器を構え、襲い掛かってきそうな態勢となる。
「ちょ、ちょっと待て! 君らみたいな子供と戦いに来たんじゃない。それにスラムの者たち全員がレジスタンスに共鳴してるって?」
「ああ、レジスタンスは俺たちみたいな孤児の希望そのものだ。くそったれの地上の教会と、孤児や弱者から搾取を行う、地下のクソ野郎の勢力に唯一歯向かってる革命戦士たちだ。この戦いに勝てなかったら俺たちは弱者としてずっと搾取されっぱなしになるからな!」
「孤児や弱者から搾取を行う?」
「……お前ら誰から依頼受けてここに来たんだ?」
「いや、シドっていうなんか酒場にいた人だけど」
「!? とぼけやがってクソ野郎がぁ! 双頭の蛇のクソ犬野郎のクセしやがって!」
双頭の蛇? そう言えば酒場の入り口に双頭の蛇の紋章みたいなはあった気がするが……。
「やっちまえ野郎ども!」
リーダーと思しき少年のその掛け声で問答無用に少年たちは俺たちに襲い掛かってくる。
少年たちの数は4人。
俺たちはそれぞれ、彼らのその攻撃を難なく躱す。
武器を持って攻撃してきた細腕を掴み、それぞれ彼らを取り押さえた。
「ちょっとまあ、落ち着け。その双頭の蛇だっけ? のメンバーではないから俺たちは。最近地上からこの地下都市に降りてきて、色々調べ事をしてるんだよ」
「嘘だ! そんな事言って騙して、俺たちを強制労働所に連行するつもりだろうが!」
「なんだ強制労働所って?」
「すっとぼけるな! 双頭の蛇が運営してる孤児たちを奴隷労働させてる所の事だ! 俺たちは知ってる、お前たちの手口もその悪どさも! 騙されないぞ!」
俺はミミ、ソーニャ、エヴァと顔を見合わせる。
もしかしたらあのシドには担がれたのかもしれない。
そんな事が頭によぎったその時――
「あたしらの縄張りで何してやがる!」
「姉御!」
ドラゴンタトゥーの女と、幾人かの男たちが武器を片手に勇み足で駆けつけてきた。