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第63話 進撃開始

「そうやってその少女は命からがら、奴らの手から逃れて長い距離を一人で歩き通して、調査に赴いていた帝国兵に発見されたという訳だ」


 馬上の王子フィルドの傍らに俺。

 そしてその後方にはミミとソーニャ、エヴァがいた。


「幼い身で大人でも厳しいような距離を……しかも満身創痍も状態で……。どれだけ苦しかっただろう……正に執念だ」


 前方と後方に帝国兵の隊列が連なっている。

 少女を発見した調査部隊からの報告を受け、即時で軍が編成されて討伐に向かう事となった。

 アムール地方の光の教団の虐殺について、未曾有の被害になりそうだとの報告もすでに上がっている。


「なぜ奴らはそんな周辺地域から子供を攫って集めて大人を虐殺するような事をしたのですかね?」

「うーん、子供は御しやすいから? だが、それだけの理由でそこまでするのかというのはあるな。事態が発覚すれば激烈な逆襲にあうのは正常な思考を持ったものなら分かるはずだしな」


 王子フィルドは調査部隊の報告を聞いて激怒し、今回の討伐について志願して参加している。

 王族での参加は彼だけで他の兄弟たちは帝都でぬくぬくと過ごしていた。


 途中で襲撃にあった村を通り過ぎる。

 集落は放火にあい、さらに殺害された人々の屍が墓地の作成と埋葬が間に合わず、村の一角に積み上げられていた。


「この光景が戦時というならまだ分かるぞ。罪のない人々を……これが同じ人間のやる事か!?」


 憤懣やる方ないといった様子の王子フィルド。

 保護された少女も酷い状態だったと聞いている。

 奴隷以下のような生活を強いられている子供たち。

 一刻を争う救助が望まれるが。


「討伐の戦略としてはどのようなものになるんでしょうか?」

「そうだな……それは今回の軍を統括する総司令の将軍が考える事だが……戦力的には真正面からぶつかっていっても全く問題ない」


 帝国は兵士10万を今回の討伐で派兵している。

 光の教団は信徒がいくら多いといっても数千と思われた。

 それがすべて敵に回ったとしても明らかに過剰な戦力だが、この派兵の数は光の教団を絶対に許さないという皇帝の決意の表れでもあるようだ。


「戦力差としては蟻と象くらい違いますから、すぐに捻り潰せるでしょうね。ただ……」

「そう、ただ子供たちを人質に取られているようなものだからそれが厄介だ。勝敗で言えば戦う前から決まっているが、戦略観点としてはどこまで子供たちと自兵の被害を押さえられるか、だな」

「うーん、後、憂慮すべきはどこまで、個体戦力として強力なものを敵方が保持しているかですかね。極端な例ですが、エヴァに近いような戦力が相手方にいた場合はそれだけでも脅威にはなります」

「確かに……今回の所業を考えると、魔族が関わっている可能性も十分に考えられるしな……」

「子供が人質のように取られている以上、そこの被害を最小限に抑える事を主眼とした場合、敵方の頭を俺たちが先行して討伐する事で被害を抑えられませんかね」


 王子はその提案をした俺を一瞥すると腕を組んで口に手を置き、熟考する体勢となる。


「うん、その提案は面白いな。総司令に繋げてみるか。まあ、採用されるかは総司令の判断次第だがな」


 西の空へ日が沈んで、空を幻想的な青からオレンジへのグラディエーションに染めあげていた。

 軍の整列された隊列はその影をしっかりと地面に落としている。

 その光景を目撃した俺の胸にはなぜか哀愁と滅びの前の錯覚とでもいうような感情が去来した。




 帝国軍が光の教団本部へと進撃を開始している。

 数万単位の軍が整列して進軍をしているその様は壮観であった。

 騎馬兵によって一気に突撃するような事はせず、重装兵を最前線に配置して、少しずつ進軍を行っていくという戦法だ。

 そして敵の注意が帝国本軍に集中しているこの時に、俺達は敵の後方から一気に敵陣深部の敵将まで到達するのが目標だった。


「よし、そろそろ行くか」


 崖の上を滑り落ちるように走り降りていく。

 気配探知により、光の教団で最も強いものがいる建物はすでに把握済みだった。

 テントのような簡易住居が多い中、唯一まともと言っていい石造りの3階建て建物があり、そこに敵将、というか光の教団で一番強いものがいる。


「あ!? なんだ、お前ら……ごふぅッ!」


 道中で走り抜ける俺たちに気付いた奴は俺の瞬神(しゅんしん)で片付けていく。

 俺たちはあっという間に目的の建物に到達した。


 ドゴーーーーンッ!!


 建物の入り口が鍵がかかっていたので蹴破る。


 建物に押し入るとそこは広々とした空間になっていた。

 そこには3体の魔族がゆったりと椅子に腰掛けていた。

 オーガ種と思われる、2本の巨大な曲剣を背負った男の巨体の魔族。

 サキュバスと思われる露出の多い服装で淫靡で妖艶な雰囲気を漂わせた女の魔族。

 そしてその中央に人間の祭司が着るような祭服を着ている魔族が椅子に座っていた。

 それぞれの魔族から立ち昇るような強力な魔力を感じる。


「ん、人間? ……いくらなんでもここまで到達するのは早すぎるな。お前ら別働隊か?」


 中央の祭服の魔族がさほど驚く事もなく、のんびりとした調子で俺に問いかける。


「ああ、そうだ」

「ん!? ……お前らが地方都市ブルックスの制圧を行った者たちだな?」

「……なんでそれを知ってる?」

「そうか……」


 3人の魔族はそれぞれ腰掛けていた椅子から立ち上がる。


『反転結界!』


 魔族の男は突然俺たちの周囲を結界で取り囲む。


「くそ、結界かッ!…………て、あれ? 抜けられるけど……失敗か?」


 俺とミミ、そしてソーニャはその結界から難なく抜けられた。

 しかし、エヴァは、


「ほう、これは……」


 ドガァーーーーーーーンッ!!


 エヴァは結界内部から衝撃波を放つが、結界には傷一つついていない。

 エヴァだけが通り抜けができない?


「これは強力な力を持つ者だけが通り抜けができない結界じゃな。全く、ランス、今回はお前たちに任せる事になりそうじゃ」

「そうだ、これは反転結界。魔力が強ければ強いほど反転し結界の強度は増す。まあ、通常であればほぼ使いものにならないような結界魔法だがな」


 エヴァは結界内で仁王立ちで佇んでいる。


「この結界はエヴァ用の対策か?」

「ああ、一人どんでもないのがいるという情報は入っていた。見た所、魔族……というか神に近いものか?」

「わしは魔神じゃ」

「くっくっくっ」

「何が面白い。貴様、わしを愚弄する気か?」

「いえ、魔神様を愚弄するなどとんでもない。我々は邪神様に仕えておりますので悪しからず。魔神様の虎の威を借りて意気揚々と乗り込んで来た結果が、これ、というのが滑稽でしてね」


 言葉の通り魔族の3人たちは嘲りの嘲笑を顔に浮かべている。

 俺たちはエヴァの腰ぎんちゃくだと舐めているのか?


「お前らがどれほどの人間か知れんが……我らを倒せるのは人間の中では勇者ぐらいのものよ。くっくっく、冥土の土産に教えておいてやるが我は元魔王軍最高幹部。グアリムもファビオラも一軍を率いる事ができる程の上位種族の実力者だ」


 ガチャンッ!


 そこで突然、俺達と向かい合う位置、この部屋に入ってきた時とは反対方向に有るもう一つの出入り口のドアが開いたと思ったら、見覚えのある男が部屋に入っていた。


「おい! 帝国軍は進軍を始めたぞ! いつ逃げるんだ! ん……?」


 その男は元帝国宰相スコッドだった。


「お前ら……こんな所まで先行して来やがったかぁ。おい、ヘヴィン! こいつらぶち殺せ! こいつらがあのクソ王子に味方したせいで俺は失脚する事になった。なるべくに苦痛を加えて、惨たらしくなぁ!」

「久しぶりに活きのいい獲物。お前に言われなくとも、逃亡前の余興として存分に楽しい催し物にするつもりだ」

「魔王軍の幹部という事は父さんの元部下か、お前?」

「……何を言っている……まさか父さんとは魔王様の事か?」

「ああ、もちろん、そうだ」


 ヘヴィンの表情が先程までの嘲りから、険しいものへと変わり、俺の顔をマジマジと確認する。


「……まさか、お前、ルーファス様と勇者エレインの息子か……?」

「ああ、そうだ」

「……くそ、確かにあのクソ勇者の面影はありやがるな!」

「お前、母さんも知ってるのか?」

「なんだ、知ってて乗り込んで来たんじゃないのか、お前」


 ヘヴィンはスコッドの方へと顔を向ける。


「ちっ、始めて見た時にあのクソ女の面影があるとは思ったが、まさか息子とはな」

「という事はスコッド、まだこいつらにはあの事は伝えていないのか?」

「言う訳ねえだろ。皇帝にも真実は伝えてないのに」

「……どういう事だ?」


 俺のその問いかけに対してスコッドは侮蔑と嘲りの笑みを浮かべながら過去について話し始めた。

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