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第61話 一方その頃、暁の旅団は (9)

「どうだ、収穫は?」

「まずまずで20体くらいだ。こちらに被害もなく、平和ボケした緩い村だったわ」


 教祖からのその問いかけに応えるとランドルフはドサッと円卓のテーブルの椅子に座る。

 今日は光の教団の幹部会議であった。

 教祖以外はまだ席についているものはいない。


 光の教団の教祖、ヘヴィン。

 真っ白の祭服に両肩から膝くらいまである、金色のたれがけをかけている。

 ランドルフに初めて会った時、自分が闇の眷属である事をすぐに看過した得体の知れない男。


 この教団自体は、信徒たちに辛苦を追わせて負のエネルギーを集めるのと同時に、後は魔光液とかいう得体の知れないものを製造させているようだった。

 ランドルフが入った後も教団には暗黒世界になった事により世界中から子羊たちが舞い込んできた。

 子羊たちには洗脳を施す為のソーマという液体を騙して飲ませて教団の言いなりにさせている。

 信徒たちは死ぬまで働く奴隷機械と化していた。


 そもそも教団を訪れた理由は力を求めてだった。

 ヘヴィンに教団への訪問理由を聞かれて理由を正直に答えると、強くなるその方法がある。

 但し、知りたければ力を貸せと言われて自身と暁の旅団の力を貸している。

 そろそろ、通称マンハント、人狩りの与えられたノルマもこなしたはず。

 近隣ではもう狩れる村や町はなかった。


「おつかれー」

「お疲れ様ー」


 遅れて会議室に入ってくる二人の人物。


 一人は筋骨隆々で同じ人間かと思うほど巨大な大男のグアリム。

 上半身は革製のベストだけ羽織り、下半身は膝下ほどの茶色のズボンといつも軽装だ。

 背中に巨大な曲刀を二本担いでおり、二刀使いだ。

 眉と頭皮は剃り上げているが、その体の体毛は濃い。


 もう一人は上下黒革の半袖と短パンという格好。

 肌の色も浅黒だ。席について早々、手鏡を取り出し化粧の確認をしている。

 幹部の中での唯一の紅一点のファビオラ。

 男好きそうな挑発的な視線を時折俺に投げかけ、自らの唇を舐める様をみせつけてくる。

 いつか犯してやろうと思っている女だった。


 ヘヴィンが頭で幹部に俺を加えての3名の構成となっている。

 俺は盗賊団を率いていたという事もあり最初から幹部待遇で迎えられていた。


「揃ったな、ではそろそろ始めるか。まずはランドルフからマンハントの状況説明を頼む」

「近隣の村々と町は狩り尽くしたという印象だ。まだ必要なら今度はアムール地方外の地域に遠征という事になるがどうだ?」

「うーん……まあ、遠征まではまだいいだろう。それにしてもお前が来てから1ヶ月と少しくらいか? 中々やるな」

「はんッ! 子羊を狩るだけの仕事で、良くやったもクソもねぇだろ!」


 教祖ヘヴィンからのランドルフへの賞賛にグアリムが吐き捨てた。

 このグアリム。出会った時からいけ好かない野郎だった。


 マンハントは元々はグアリムの仕事だったが、その仕事が雑で人死が多すぎる為、俺が任命されたという経緯があった。

 担当を変えられたのが気に入らなかったのか、どちらかと言えば俺がグアリムのケツを拭いてやっているのにこの言い草。

 イラッとするが、おそらく今ではやり合っても勝てないだろう。グっと堪える。


「まあまあ、いいじゃないの、真面目に仕事をこなしてくれてるのだから。力を求めて健気にかわいいわぁ」


 ファビオラは手にマニュキュアを塗りながらそう述べる。

 どことなく上から目線のその言動にも若干イラッときた。


「という事でそろそろいいだろう。約束の強くなる方法を教えろ」

「うーん」


 教祖のヘヴィンはグアリムとファビオラへと視線を向け、それぞれその視線を交差させる。


「…………そうだな……まあ、そろそろいいだろう」


 ヘヴィンがそう言うと、ボンッ! と音がしたと思ったら、人の姿であった3人があっという間に魔族の姿へと変った。


「んなッ!? …………魔族……?」

「ああ、そうだ。我々は魔族だ」


 教祖ヘヴィンとファビオラはその体の大きさに変わりはないが、ヘヴィンは体色を緑に、ファビオラは漆黒へと変化させている。

 グアリムの方は薄いねずみ色のような体色に変わり、体の大きさは更に巨大になっている。

 魔族の種類はグアリムはオーガ種。ファビオラはデーモン種。

 ヘヴィンは特定の汎用種ではないように見受けられた。


 3人共にほとばしる魔力が立ち上がっているように感じる。

 彼らには逆立ちしても勝てないだろうという事が肌感覚で分かった。


「…………なぜ、正体を明かした?」

「ある程度、信用したというか……お前、マンハントで一体何人の人間を殺した?」

「暁の旅団全体で言えば、数十、いや、数百は殺しただろうな」

「それだけの数の人間を、しかも嬉々として殺せる者は、最早こちら側だからな」


 不敵な笑みを浮かべながらヘヴィンは目を細める。


「力を望むなら、我らが神、邪神エストール様にお願いしてみろ。御方の進化の秘法によって強くなれるはずだ。まあ、ここにはいらっしゃらないがな」

「その……邪神、エストール……様、はどこにいるんだ?」

「前に教えたアサシン教団の本部にいらっしゃるはずだ」


 アサシン教団の本部はここからかなり遠い。

 馬で数日はかかるだろう。

 そうと分かればこんな所にはもう用はない。


「なら、俺たちはそこへ向かう」

「まあ、待て待て、気が早いな。お前の部下は何人か置いていけ。お前の部下は使える。それで人管理に問題なさそうなら行っていいぞ。エストール様にはこちらからお願いしておく」

「ちっ、めんどくせえ。じゃあ適当に残す人間を見繕うわ」


 その時、ドカッと大きな音を立たせて、会議室のドアが乱暴に開かれる。

 部屋に入ってきたのは……ランドルフには見覚えがない人間だった。


「なんで、お前ら変化を解いている。それにそこの人間は誰だ?」

「お前こそ、どうしたスコッド、帝国宰相の仕事は?」


 スコッドと呼ばれたその男は、その問いかけに不愉快そうに顔を歪ませながら、空いていた椅子へと腰掛ける。


「宰相は罷免された。牢屋にぶち込まれていた所を逃げてきたんだよ」

「は!? どういう事だ! お前が宰相で帝国を抑えておくという話だろうが!」

「第7王子のフィリドのクソ野郎が元凶だ! くそったれめ、こんな事ならリバーシの助言通りさっさと暗殺しておくべきだった……」

「バカがフィリドにまんまとしてやられたのか。にしてもフィリドには奥の手のリバーシを付けていただろう。最後の手段は取らなかったのか?」

「取ったが防がれたよ。ランスとかいう冒険者に。それに元々フィリドは怪しんでいたらしい」

「ランスだと!?」


 元宰相スコッドと教祖ヘヴィンの会話にランドルフは割り込む。


「……こいつは誰だ?」

「闇の眷属のランドルフ、マンハント担当だったが、大方仕事を終えたので少し引き継ぎしたらエストール様の元に行く」

「……ふん、ランスは冒険者の奴で最近フィリドに取り入ったらしい。帝国民ではないよそ者だ」


 スコッドは面倒くさそうに少しランスの説明をすると、その後はランドルフにさほど興味もなさそうに一瞥だけして見向きもしなかった。


「恐らく、帝国の奴ら、ここを嗅ぎつけてくるぞ」

「……時間の問題だろうな。全く…………早めるか、ファビオラ進めてくれ」

「了解ん」

「グアリム、お前は戦争の準備だ」

「やっと暴れられるって訳だな!」


 グアリムは満面の笑みで嬉々としてそう答えた。


「それでは会議は終了だ。忙しくなる、それぞれ準備に取り掛かれ。スコッド、お前は俺の部屋に来い、話がある」


 ヘヴィンは席を立つ。

 続けてスコッドに幹部連中もそれぞれ席を立った。


「……俺は、いいのかよ。こんな状況でここを離れて」


 会議室を出ようとしているスコッドの後ろ姿に向かってランドルフは問いかける。


「これからは戦争だ。お前らは居ても居なくてもそんなに変わらん」


 スコッドはそう言い放って会議室を去っていった。

 ランドルフは現在の暁の旅団はそれなりの戦力を有していると思っている。

 少なくとも軍隊の中隊ぐらいとなら十分、やり合える。


 しかし、魔族化したヘヴィンと幹部二人。

 明らかに自分よりも二つも三つもレベルが上だろうという事は分かる。

 この化物どもから見たら、まだそれぐらいの戦力という事か……。


「後、お前らじゃあ、信徒たちみたいに肉壁にはならねえからな」


 会議室を離れる前にグアリムはそう言い捨てて言った。

 戦争になったら信徒と攫ってきた子供たちを人質として、盾にでも使うつもりだろうか。


 まあいい、さっさと引き継ぎを済ませてここからずらかろう。

 ランスと恐らく仲間の奴らもいるのだろうが。

 その顔を拝みたい気持ちもあるが、見たいのは奴らの苦痛と屈辱に歪んだ顔。

 力をつけて次に会う時には必ず思い知らせてやる。


 ランドルフはその暗い欲望の炎にその身を焦がしながら、最後に一人残ったその会議室から立ち去った。

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