第58話 宰相への追求
「その後、そこから逃げた後、俺は後日、報酬の受け取りに行くがそこで殺されそうになる。そこでようやく自分がどれだけ大馬鹿者だったかを思い知ったよ」
時節どこからか流れてくる空気によって牢獄の蝋燭台の蝋燭が揺らめく。
最初地下牢に入ってきた時は騒いでいた囚人たちも、クレムの話が興味深いのか地下牢内はシーンとしていた。
「俺が殺されなかった理由はこれだ」
クレムは自身の右手の甲に浮かび上がった、何らかの紋章を俺たちに見せる。
それは見たことがない紋章だった。
「エレインたちを置いて逃げだした後の翌日に、この紋章が俺の手の甲に浮かび上がってきた。これが何なのか分からなかったが、俺を殺そうとした奴らにそれを知っている者がいた。これは勇者の呪いの紋章らしい。非常に強力な呪いでこの呪いを受けた者を殺害すると、殺害した人間にも呪いが降りかかる可能性があるようなものらしかった。それで俺は殺されず、この地下牢に投獄されたという訳だ」
「お前を投獄したのは、勇者たちを嵌めるように指示したものは誰だ?」
「…………」
王子のその問い掛けにクレムは一瞬躊躇するような怯えを表情に浮かべるが。
「……言えば、殺すと口止めをされているが……もういいか。あれから10数年が経ち、その息子が訪ねてきたのも何かの運命。その者の名はスコッド。確か今では帝国の宰相にまで成り上がっているのだろう」
俺と王子は驚きで顔を見合わせる。
そんなに昔から暗躍していたとは。
「なるほどな……ランスどうする?」
王子は俺にクレムに対して両親の復讐をするのかと問うているのだろう。
クレムに目を向けると彼は覚悟を決めているような顔をしている。
というかどちらかといえばすっきりしたような顔にも見えた。
俺は剣を抜いた。
そしてクレムに向かってその剣を振り下ろす。
ビュンッ!
妖精王のその美しい白の剣身は宙を切った。
「………………」
クレムは傷がついていない自身の体を不思議そうな顔で見ている。
「許せるわけじゃないが、切り捨てる気にもなれない。できればあんたはこの先、俺の視界に入らないでもらいたい。死にたくないのであれば」
俺はすぐに踵を返してその場を後にした。
「殿下、次々と宰相の不正の証拠が明らかになってきております」
「まあ、そうだろうな。奴からは叩けば叩くだけ埃が出てくるだろう」
王子フィリドはリバーシが用意した不正の証拠書類を眺めている。
「ははっ、ランス、この書類を見てみろ。明らかに不法な事業の奴隷商と思われるような事業にスコッドの許可印がされているぞ」
俺はその書類を確認してみる。
人身売買に関する諸事業となっている。
不法である事を隠す気もないような、その書類を見て王子が笑うのも分かる。
「まあ、そろそろだろうな……」
「……いよいよ、宰相の告発ですか……」
リバーシのその問いに王子は――
「もちろん、それもあるが……まあそっちは成るようになるだろう」
リバーシは疑問に思っているのか頭を傾けている。
「元老院評議会を開催申請してくれ。議題は【宰相の罷免】だ。陛下の招集も忘れないようにな」
「御意にて」
「ランス、お前の両親の件、宰相は罷免されて、不法の罪で投獄したからでよいか?」
「はい、大丈夫です」
宰相スコッドには俺の両親の件でも何が起こったのか真実を聞いて、落とし前をつけないといけない。
いよいよ宰相に対する王子の……いや、帝国自体の宰相に対する逆襲が始まろうとしていた。
「それでは……【宰相の罷免】の議題について協議を始めていきたいと思います」
宰相のスコッドは自身への糾弾に対するその議題について、ワナワナとしながら協議開催の宣言をした。
「元老院メンバー、並びに、陛下。今回、宰相の不正の証拠を集めておりますので、今から配る証拠資料についてまず目を通して頂きたい」
「んな!?」
王子フィリドは宰相のスコッドには事前に知らせていなかったその資料を配るように指示した。
各人はその証拠資料を確認して、それぞれ唸っている。
宰相の不正の中でも特に酷いものでかつ、資料ベースでその信憑性が確認しやすいものを抜粋、取捨選択したものを配っていた。
「なぜこれが? これもどうして!? あいつ裏切ったのか!? …………うゔーーううーッ!」
宰相も自身の不正の証拠資料を突きつけられて唸っている。
元々宰相側についていた元老院のメンバーたちはそれぞれ顔を見合わせる。
おそらく証拠資料の信憑性から、このまま宰相に付いていくのは危険ではないか、という打算が働いているのだろう。
「今回の評議会は宰相の不正、不法を追求する為のものだ。それ以外の小事については現状では追求する事はない。強く関与が疑われればその限りではないが」
王子はそれとなく、宰相側の元老院のメンバーに、君たちは宰相側に立たなければ罪に問われる事はありませんと隠喩的に伝える。
「ちなみに殿下、今回のこれらの証拠資料の裏は取れているのでしょうか?」
「ああ、当然取れている。そしてそれらの重要参考人はすでに保護済みだ」
証人を暗殺して口封じする事もできないと暗に伝える。
宰相はすでに詰んでいるのだと。
「この証拠資料を見る限り、宰相の罷免は妥当なのかと」
「私もそう思いますね」
宰相側の元老院のメンバーがそう証言する。
「貴様ら! 私を裏切るのか! 私を裏切ったものがどうなったか知っておるだろう!」
スコッドは鬼のような形相で今、発言した元老院のメンバーに対して脅しをかけるが、彼らは宰相と目を合わそうとしない。
脅しとは優位な状況に立っている時にのみ効力を発揮するものだ。
「他に何か異論がある人はいますか?」
「こんなのはでっち上げのデタラメだ! 私は断じて認めんぞ!」
「いないようなので、それでは挙手による宰相の罷免についての投票に移る。宰相の罷免に賛成の者は挙手!」
王子は宰相の言葉は無視して強行採決を取った。
元老院すべてメンバーの手が上がる。
「き、き、貴様ら……今まで……散々甘い汁を吸っておいて……」
信じられないという表情で宰相はその採決結果を確認し――
「へ、陛下! 本件、陛下にてご再考お願いします! 私、帝国、並びに、皇帝陛下の為、この身を削って誠心誠意尽くしてまいりました!」
元老院評決に不服の場合は皇帝による裁定を受ける権利。
これは例え犯罪者であっても受ける事はできる。
その為、これについては王子も特に異論を挟まなかった。
「まず、フィリドよ。お前には申し訳なかったと謝っておく。これは本来はわしがするべき仕事。宰相については良くない噂が流れてくる事はあったが、噂レベルでしかなかったので深刻に捉える事をしなかったわしの責じゃ」
「勿体無いお言葉」
皇帝はスーっと息を吐いて瞑目した後、その瞳をカッと見開き。
「わしは評議会の採決を支持する。宰相の処遇については王子フィリドに一任。これにて評議会は終了」
茫然自失で立ち尽くす宰相スコッドを残して、皇帝は評議会を後にする。
「衛兵、元宰相のスコッドを牢屋にぶち込んでおけ」
スコッドの両脇を衛兵が固め、引きづられるように連れて行かれていく。
こうして、宰相と王子の戦いは王子勝利で幕を降ろしたかに思われた。
「見事でございました」
リバーシの手元からポンっという音をたて、シャンパンのその栓が抜かれる。
「帝国の未来に」
「未来に」
王子フィリドとリバーシの二人は執務室にて宰相との争いの勝利を祝うためグラスを重ねる。
「お前にも色々と苦労を掛けたな…………これからだぞ俺たちは!」
「勿体無いお言葉。殿下の親衛隊共々、今日という日が来るのを待ち望んでおりました! 感無量でございます」
王子は一息でシャンパンを飲み干してそのグラスを置く。
そしてリバーシに照れくさいのか背を向けて。
「お前がいなかったらここまで来れなかっただろう。俺に付いてくれて一年くらいか…………長いようで短かったな」
ガァキィイイイイイーーーンッ!
その時、王子の背後から剣と剣が弾き合う大きな反響音が執務室に響き渡った。
「そして残念だ……最後の最後で馬脚を表したな」




