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第57話 謀略の真実

「それでは今回の報酬は金貨1枚になります」


 クレムは冒険者ギルドの受付員からその金貨を受け取る。

 3週間の運び屋の報酬が金貨一枚だった。

 最底辺の生活がギリギリ行えるレベルの報酬。


 クレムは小さく会釈をしてその場を立ち去ろうとすると――


「クレムさん、運び屋の良い依頼が入ってきてますけど受けませんか?」

「良い依頼?」


 クレムは少し警戒しながら応える。

 小人族で魔術は使えず戦闘能力も皆無で力が強いことだけが取り柄の自分。

 最底辺の運び屋のような依頼しか受ける事しか通常できない。

 そんな俺に舞い込んでくるおいしい話はほとんどが詐欺だ。


「はい、なんと勇者様のパーティーが運び屋をお探しです! 報酬は2日辺り金貨1枚と破格! 是非、どうでしょう?」

「……依頼はどこまでですか?」

「この町からラゼール帝国の帝都までと伺っています」


 ラゼール帝国の帝都までなら1週間くらいか。

 報酬は金貨3枚くらい。確かにかなり良い。

 が勇者パーティーって本当か? にわかには信じがたい。


「報酬は前払いになりますか?」

「ああ、報酬はデフォルトで前払いです」


 じゃあ、後は依頼終了後に殺されたりしないようにだけ気をつければいいか。


「受けます」

「よかった! では早速手続きしますね」


 俺みたいな最底辺の冒険者で真面目な人間に対しては、冒険者ギルドの一部スタッフは優先的に良い依頼を割り振ってくれる事がある。

 おそらく今回もその類だろう。

 受付員に感謝の念を感じながらも、だがそれを声にして出す事はなく、俺はその場から立ち去った。



「クレムでよかったよね。私はエレイン。こちらにいるのがジークフリードよ」

「どうも」


 俺は勇者エレインともう一人のジークフリードを見上げる。

 勇者エレインは驚くべき事に女性だった。

 ショートカットに丹精な顔立ちをしており、どこにでもいそうな女性に見える。

 ジークフリードと呼ばれた、おそらくは男の方はローブとフードをかぶり顔まで一部隠していた。

 魔術師だろうか。


「取り敢えず前払いの報酬を支払っておくね。後、馬車の手配とか必要経費は……金貨1枚で足りるかしら。足りなかったらまた言ってね」


 エレインから前払いと必要経費で金貨を合計4枚を受け取る。


「じゃあ、必要な物を準備したらまた知らせます」

「よろしくね。私たちは冒険者ギルドか先程伝えた宿にいるはずだから」


 会釈をしてエレインたちと一旦別れる。

 どうやら金払いは良さそうだ。お金の余裕は心の余裕。

 必要経費をケチったり出し渋る依頼主には外れが多い。

 俺を見下すような感じもせずに悪くなかった。


 運び屋の仕事を受けても依頼主と必要以上に仲良くする事はない。

 その理由は仕事上のドライな関係という以上に、自身を守る為というのも大きい。

 表面的な感じは良くても、心の奥底では運び屋をやっているものを蔑んでいる者も中にはいる。

 そういう者に遭遇した時に自分を守る為にいつしか身につけた処世術だった。


 俺は取り敢えずは馬車の手配をしに向かった。




「ありがとう助かったわ、クレム。これ追加の報酬ね」


 任務完了後、俺は手渡されたその金貨の数を確認して驚く。

 その金貨は3枚もあった。


「どうも」

「それでクレム。あなたがよかったらなんだけど、しばらくの間、私たちの専属の運び屋にならない? 私たちはしばらくこのラゼール帝国の帝都で活動することになると思うわ。報酬は月当りで金貨10枚で考えています」

「…………」


 俺は少し躊躇する。報酬は良い。良いが良すぎるのだ。

 相場の5倍くらいの報酬。

 だが少しの間、エレインのPTに付き合ったが後ろ暗い所は特に無さそうではあった。


「じゃあ、お願いします」


 こうして俺は勇者パーティーの運び屋として、彼らとしばらく活動を共にする事になった。

 エレインたちは金が必要なのか、帝都にて高報酬依頼を中心に受けて稼いでいた。

 それとは別に王城に招かれて、王族とも交流をしていた。

 そっちの方は俺は同行していないので何の交流をしていたのかは分からないが。



 専属の運び屋となって、3ヶ月程度経過した後。

 エレインたちとある程度の信頼関係が気づけた頃の事だった。


「耳寄りなお話があるのですが」


 一人の男が俺に近づいてきて耳打ちされた。

 エレインたちに出会う前なら恐らくは飛びつかなかったであろう話。

 良識の有る人間の善意に触れすぎてしまった為か俺は結果、判断を誤る事になった。




「あんな場所で調印を行うって」

「大々的にするわけにはいかないだろう。徐々に情報を開示するというのなら別におかしくはないのでは」


 俺はエレインとジークフリードの二人を調印の場に連れて行っている。

 俺に課せられた任務は、彼らの武器を偽物とすり替える事とだった。

 それはもう実施済みだ。俺の事を信頼しきっている二人は疑う素振りもない。


 報酬は白金貨50枚。

 俺が普通に働いても、決して手に入れる事はできない報酬。

 良心の呵責はある。今も二人の笑顔などを見ると胸が痛む。

 だが恵まれない出自で、下賤な種族とも見られる小人族の自分。

 人生逆転を狙うならこのチャンスに掛けるしかなかった。


 向かっている調印式だが、その詳細は俺には明かせないとの事で、何の調印なのかは分からない。

 しかし、俺への依頼といい、勇者たちが何らかの謀略に巻き込まれているのは分かる。

 今、馬車を走らせている場所は山深い山中。

 こんな所で調印式? とも思う。

 二人もそれについては若干の疑問は持っているようではあるが。


 もうしばらく進むと渓谷の深い谷に差し掛かる所で、


「クレム、この辺りでいいわ。後は徒歩で向かうからしばらくの間、待っててくれる」

「分かった」


 エレインとジークフリードは、俺がすり替えた偽物の武器をそれぞれ携えて、渓谷の奥へと歩みを進めていく。

 その二人の姿が小さくなるにつれて、俺の中の心の葛藤は強くなる。


「仕方ない……仕方がなかったんだ……」


 その葛藤を振り切るかのように俺は独り言を言い、エレインたちの約束を破り、その場から馬車を走らせて逃げだした。


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