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第55話 安息の地

「あら、起きたわよランス、あなた」

「ああ、ランス、お父さんだぞー」


 俺の目の前には母と父がいる。

 俺がどこかに寝かされていて、それを上から見ているようだ。

 横を確認してみると何かの寝台のようだけど、随分と小さい?

 俺の体も……手も、足も、体も小さい?

 なんだこれは?


「あうあうわー」


 俺は喋ろうとしたが上手く喋れない。


「あら、あなた、今ランス喋ろうとしましたよ!」

「おお、そうだな、ほらランス、パパって言ってみなさい。パパ、パパ」

「あっあなた、ずるい! ランス、ママって言ってみて。ほら、ママ、ママ」

「あうー?」


 もしかして……俺は赤ん坊の頃に戻ったのかも知れない。

 この部屋の感じと天井。何かしら懐かしさを感じる。

 過去に戻ったのか? そんな事が可能なのか?


「あら、どうしたの? ランス?」


 母はそう言うと俺を抱きかかえる。


「あうーあうー」


 やはり、喋れない。


「やっぱり! あなた、ランスは何か伝えようとしていますよ!」

「ああ、そうだな。こんなに小さい頃から言葉を喋ろうとするなんて……もしかして俺たちの息子は天才か?」

「そうに違いありませんわ! ランスは天才です!」


 いや、ちょっと論理が飛躍しすぎてないかと苦笑いしそうになるが。

 俺は両親にこんなに親ばかに愛されていたのか、と思うと胸に湧き上がってくるものがあった。


 母と父の愛情を知らずに育った自分。

 幼い頃はなぜ自分には両親がいないのだろうといつも疑問に思っていた。

 両親から愛情を注がれている他の子を見て寂しかった。

 なぜ俺の両親は自分を捨てていなくなったのだろう。

 いつしかその辛すぎる事実に蓋をして、俺は意識的に考えないようになった。

 俺の親はじいちゃんで両親は最初からいなかったのだと。


「あうあうあー?(母さん、父さん、なんで俺を捨てていなくなったの?)」


 言葉にならない思いを声に乗せて、両親に問いかける。


「あら、ランス……目に涙を溜めて、何か悲しい事があったの?」

「さっきから何か、訴えかけてるよな……おもらしでもないし……さっき母乳飲んだばかりだし……どうしたランス?」


 温かな母の温もり。

 両親のその優しい眼差し。

 自分がずっと希求していたものだった。

 母のその胸に顔を埋める。

 言いようのないような安心感に包まれる。

 ああ、この時が永遠に続けば……そう願ったその時――


「だめよ、ランス、戻りなさい」

「あうー?」


 母は突然、真剣な表情で俺にそう言った。

 戻るってどこへ? 嫌だもっと一緒にいたい!


「ランス、お前はもう分かってるだろう、ここは現実世界ではないと。戻って試練を達成するんだ」


 傍らの父さんも厳しい表情となってそう言う。

 試練? 試練ってなんだっけ…………嫌だ、どこにも行きたくない!


「びぇーーんッ!」


 俺は泣き声を上げる。


「ランスとこうして少しでも一緒に過ごせた事は母さんはとても幸せでした」

「ランス、お前にはまだ乗り越えるべき辛い試練が他にもまだ待ち構えている。真実は残酷なものだ。父さんと母さんはお前の事をずっと見守っているのを忘れないでくれ」


 母と父はそう俺に伝えると。

 その体はどんどん透明化していく。

 ああ、夢が終わってしまう。

 俺がずっと求めてやまなかった夢が。

 分かっていたんだ、これは惑わしだって。

 でも抗う事はできなかった。

 どんな拷問にも耐えれたとしても、愛情の誘惑には耐えられる事はできなかった……。




 気がつくと洞窟内で壁を背に地面に座っていた。

 頬には俺が流したのだろう、涙の跡を感じる。

 両親の姿はもう見えなくなっていた。

 夢だとしても、惑わしだとしても、あれはいい夢だったなあ……。


 俺は立ち上がり、また洞窟の先へと歩を進める。

 試練はまだ終わってはいないのだがら。



 洞窟をしばらく進んでいくと、地下水が溜まっている小さな湖がある開けた場所にたどり着いた。

 洞窟からの道は湖の中央部まで続いており、そこは小さな一軒の家が建てられるくらいの広さの小島になっており、その中央部には入り口と同じように小さな石造りの台があるようだった。


 俺はその台までたどり着くと、洞窟の入り口でそうしたのと同じように、ペンダントを台の窪みに合わせて置く。

 そうするとその台は光に包まれ、俺の目の前に宙に浮いた、俺よりもまだ年が若く見える少年が現れた。

 上下白い絹の服装に身を包み、その姿はどことなく女神アテネと同じような雰囲気を感じる。

 彼も神か何かのだぐいだろうか。


「ずるいよ、ランス、惑わす方がヒント与えるんだもん」


 彼は俺に対して言ったようだが、何のことかよく分からない。


「あなたは……神様かなにか?」

「僕は惑わしの精霊、テオドロ 。君の両親の事を言ってるんだよ。間違いなくあのままなら惑わせたのに……何百年ぶりかの挑戦者で張り切ってたのになー」


 両親の事……、色仕掛けを受けていた時のあの声、そして、両親との甘い夢の時のあの突き放し。

 確かに惑わしを考えると不自然だな。試練の主も想定外だったのか……。


「なんで両親はあんな行動を取ったの?」

「それはあのランスの両親が本物だから。霊魂は俺のチャンネルに入ってこれるんだよ。全く、間違いなく俺の勝ちだったのにさー、ずるいよ」

「………………」


 霊魂……という事は、やはり両親はもう死んでしまっているのか……。

 予想はできていた事だが、ショックだ。

 だが先程の両親が本物であるのならば……両親に捨てられたという、俺の考えは間違いだったという事になる。

 それは俺がずっと気に病んでいた事だった。


「じゃあ、あの父さんと母さんは本物だったんだ!」

「……全く、嬉しそうな顔して。違うんだよなー。この惑わしの洞窟は、挑戦者を俺の意のままに操って困った所を見て、俺が楽しむ為のものなんだけどなー」


 惑わしの精霊、テオドロは俺が嬉しそうにしているのがお気にめさないらしい。

 不満そうに唇を尖らせている。


「まあいいや、僕は誠実だから、試練達成者にはちゃんと目的の報酬は上げるよ」


 テオドロはそういうとその手の平を光らせたと思ったら、そこに腕輪を現出させた。


「ほら、これが真実の腕輪だよ。もう君はズルするから惑わしの洞窟は禁止ね」


 俺がズルをした訳ではないのだが……。


 真実の腕輪を受け取る。

 金製ではあるようだが、特に目立った装飾もなく、ただの高級な腕輪のように見える。


「ありがとう。それで、あの……、もう父さんと母さんに会う事はできないのかな……?」

「……僕が支配するこの特別な領域の、ここでならまだ会えると思うけど。しょうがないから特別大サービスで最後に会わせてあげるよ」

「ほんと! ありがとう!」

「……うーん、むず痒いなあ、やっぱり僕は嫌われ者が性に合ってる。じゃあ、最後両親に会ったら外に排出するからねー」


 そう言うとテオドロはその姿を消して、そこには替わりに両親の姿が現れた。


「ああ、ランス!」

「ランス!」


 母さんと父さんは俺を抱きしめる。

 俺は二人の温かみを全身で感じ、その愛情を少しの間、受け止めた後、


「なんで……母さんと父さんは亡くなってしまったの……?」


 俺はずっと疑問に思っていたその問いかけを投げかける。


「それはね……ごめんねランス、天界の理りにより私たちからは話すことはできないの……」

「一つだけ言える事があるとしたら……ランス、ラゼール帝国の地下牢を調べてみなさい。そこに真実への手がかりがあるはずだから」


 父さんがそこまで言った所で二人の体は徐々に透明化していく。


「ああ、もう時間が。ランス、私の可愛いランス。一人にしてごめんなさい。あなたの成長した姿を見れて、こうして抱きしめられて幸せでした」

「ランス、つらい事もあるだろうが、お前が思うように生きてくれ。不甲斐ない父さんでごめんな。天界でお前の事を見守っているよ」


 そこまで話した所で二人の姿は完全に消えた。

 すると、ヒュン、と俺は突然、惑わしの洞窟の入り口部分に転移した。

 テオドロが排出するって言っていたのはこの事だろう。


 俺はその目に溜まったものを拭い、ランタンに灯りを再度付けて、また歩を進めた。

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