第100話 エビローグ・ゼロ
あれほど強大で内蔵が圧迫されてるかのような圧力まで感じたランドルフの魔力も風前の灯火。
けじめはつけなればいけない。
だがどこかランドルフの一部分に共感できている自分がいるのも事実であった。
剣を構えた時――ランドルフとの思い出が脳裏に去来する。
次々と邂逅する記憶の数々。その記憶のほどんどのものが苦々しい感情を想起されるものであったが――
不思議とランドルフに感じていた、強い復讐心や憎悪は今では綺麗に消え去っている。
変わりにそこにあるのは同情とも違う、もう一人の自分を眺めるような不思議な感覚。
もし、一歩間違えばそこに横たわっていたのは自分ではないかという奇妙な既視感だった。
妖精王の剣を横薙ぎに切り払う。
首がゴロンと地面に転がった。
切り口から鮮血は、驚くほど流れない。
おそらく上半身の途中から肉体をすでに欠損していた為、血もほどんど失われていたのだろう。
ダクネスは無表情に膝を抱え、焦点が合わない視点で、宇宙をぼんやりと眺めている。
(ダクネスは……助けてやってくれないか?)
ランドルフが言ったそのセリフが反芻される。
迷っていた。暗黒世界になったのは主因かどうかは分からないがダクネスが要因の一つである事は間違いない。
だが人語を解さないその様子は純粋無垢な魔族の幼い子にも見えない事はない。
ゆっくりとダクネスまで歩を進める。
ダクネスの視線が満天の星々から俺の顔へと写る。
彼と目が合うが――ダクネスの真意は分からない。その瞳はどこまでも透明で汚れを知らないようにも見えるが……。
「よくやってくれました。それでは最後に邪悪なその御子を殺せば終わりです」
聞こ覚えのある声が後方から聞こえる。
いつも節目節目で現れるその存在。俺たちここまで導いてくれた善なる存在。
「邪神の力を引き継いだランドルフが死亡した為、後、少ししたらこの空間は崩壊します。さっさと終わらせましょう」
「………………」
(ダクネスは……助けてやってくれないか?)
ランドルフが言ったそのセリフが再度反芻される。
なんでそんな事を言ったのか俺自身分からない。
いつも指示だけだして消える、それに対して若干の苛立ちが有り、その意趣返しがしたかったのかもしれない。
だが、俺のこの返答は決定的なターニングポイントとなった。
「……嫌だと、言ったら?」
俺の言ったその言葉の直後、背後で何かが大きく振りかぶる気配を感じる。
ガァキィイイイーーーーーーンッ!!!
俺は背後からの攻撃を防ぐように剣を構えると、激しい剣と剣との打撃音が辺りに鳴り響き、その音は反響することは一切なく、遙かなる宇宙の深淵へと飲み込まれていった。
俺は剣でその攻撃を防いだ状態のまま、振り返る。
そこには女神アテネの姿があった。
いつものように白く輝くドレスに身を包み、柔和な笑みを浮かべながらも躊躇なく、その体格に見合わない両手大剣を振りかざしているその姿が。
「……どういうつもりだ」
俺のその問いかけに、もう取り繕う必要がないと判断したのか女神アテネはその表情を柔和なものから、まるで鬼神とでもいうような、眉間に皺を寄せた厳しく剣呑な目つきをした表情へと変わる。
「どういうつもりも何も……私の言うことが聞けないならいらない。ただ、それだけです」
「俺は随分とあんたの指示に従い、そして貢献してきたつもりだけど」
「そんな事は当然です。まず第一に神である私とあなたでは位が全然違う。そんな私の指示を聞くことは当然の事です」
アテネは大剣を引き、俺との距離を取る。
「第二に私の指示を拒否した為です。ありえない事ですよ、神の指示を人間が拒否するなど。善神で光の神であり、多くの人間たちに信仰されているこの私を。万死に値する行動であり、ひと思いに一刀両断しようとした私の慈悲に感謝してもらいたいものですね」
俺は大きくため息を一つ吐く。
俺は……俺自身の判断でもあったが、こんなクソ野郎の指示を聞いてしまっていたのか、という後悔が足元からせり上がるようにじわじわと湧いてくる。
「俺の両親を殺したのも、そんな理由か?」
これは鎌かけで確証はなかった。
状況証拠から一つの仮設として導き出していたものであったが、こんな状況にならなければ生涯この仮設を検証する事はなかったはずだ。
「ああ、勇者として魔王を打ち倒さないばかりか、共存し、手を取り合うなどもってのほか。共闘する事など有史以来一度もなかったのですが、あの時ばかりは憎き邪神と手を組んで、勇者と魔王を殺しましたがそれが何か?」
悪びれず、さも当然の事のようにアテネは吐き捨てた。
妖精王の剣の柄を握るその手に力が入る。
歯を食いしばり、湧き出てくる怒りがまだ爆発してしまわないように必死に抑える。
「あんたは善神のはずだよな……あんたに取っての善はと一体なんだ?」
「それは神聖教会の教義にしっかり書かれていますよ。あれがすべてですよ」
「あんな紙切れでなく、あんた自身の声と言葉で知りたい」
「……冥土の土産に教えてあげますか……。私の考えが善です。そしてそれ以外は全て悪です」
無限魔力、大いなる源から無尽蔵の魔力の供給を受け、それを闘気と魔法剣へと振り分ける。
一気に供出された俺の魔力は一種の波動となって周囲にブワッと波及する。
「全く、折角勇者に生まれたのに愚かな女でした。そしてそんな息子も……自らの役目を放棄して挙句の果てには私に逆らうとはね……」
「知らない」
「は?」
「知らない、勇者の息子なんて。それを言うなら、俺は魔王の息子でもあるしな」
「だからこその特別な役割が……」
「だとしたらクソ野郎の邪神と女神を打ち倒すというのが俺の役割だ、俺自身が課すな。お前の言う両親が勇者と魔王だなんてというのは知らない。俺が従うのは良心だ。」
「上手い事を言ったつもりか、このクソガキが! 貴様、楽に死ねると思うなよッ!!」
「やっと本性を出しやがったな、このクソ女神が!」
見たことのないオーラをアテネは纏う。
まるで透明な羽衣のような、だがそれがやばいものだというのはビンビンと感じる。
「邪神エストールは勘違いをしていました。神力とは言わば概念の力です」
「概念の力?」
「そう概念の力。神力とは人々の思想や思考、これはこうであると認識する事、信じる事が神力へと変換されます。他者からいくらエナジーを吸収したとしても私から言わせればそんな事で得られる力は知れています。神である以上、邪神は自身への信仰、概念の力を増やす事に奴は注力すべきでした。そうすれば邪神の力を得たランドルフとあなたとの戦いの結果も変わっていた事でしょう」
「そうか、それでは俺はお前の概念の拒否する。お前が言う善も光も拒否する。俺は俺自身の良心が赴く事だけを善と信じる」
「ふん、あなたのような一匹の羽虫が何を言った所で私が獲得している概念の力に及ぶわけがないでしょう? これから神の力を見せてあげますよ。宣言します。あなたはこれからしばらくすると私の足元に這いつくばり、無残のその生を終えていくでしょう。さあ刮目せよ! これは神の顕現である!!」
この後、神聖教徒教会は少しずつその求心力を低下させ、ランスが亡くなった後もそれはまだ残ってはいたが、緩やかにその教義と活動とは終息に向かう事になる。
ランスと闇の神の邪神の化身ともいうべきランドルフと、光の神の女神との戦い。
ミミとソーニャという二人の目撃者はいたが、二人共この戦いについては生涯口をつぐんだ為、明らかになることはなく、歴史書にも、また神話にも紡がれる事はなかった。
ランスはその後も世界の危機を幾度となく救い、クリスティンとともに優れた領主としてもその名を後世に残す事になる。
だがそんな事はランスにとってはどうでもよかった。
若くして垣間見た世界の頂上ともいうべき場所。
内政がある程度、落ち着き、十分な発展をカラカスが遂げた後、彼はまた冒険の旅に出発する。
今度もまた人知れず、ただの一人の男として。
世界中のまだ廻っていない場所を廻った後は、人間界だけでなく、冥界にも足を運び、そしてかつての失われた文明の残滓とも言うべき場所を見つけ、惑星すらも飛び出すが――
クリスティン亡き後の晩年はソーニャと同じ様な辺境の田舎の村に引っ込み、その成し遂げた実績と世界に対する貢献を一切周囲に知らせる事はなく、近所からは独り身の寂しい老人として周知されてあの世へと旅立っていった。
ただ彼の晩年が寂しかったかと問われると、そうでもないだろう。
折に触れて長命なミミも、ソーニャも、エヴァも訪れ、彼自身がカラカスで育成した後進たち、そして、クリスティンとの間に生まれた子の更に子、孫たちの訪問も受ける事があったから。
生前にランスは彼自身が永眠する前に自身が眠る為の墓石を発注している。
発注を受けた職人は墓標に刻むその文言を見て、最初ふざけているのかと老人に何度も確認を取った。
だが頑固な老人はその文言で一字一句間違いないと聞かなかった。
たまにあるのだ、ボケ老人が発注して、死後その墓石で弔われると遺族からクレームが来るという事が。
老人から身寄りを聞き出そうとするが、近くには住んでいないという。
根負けした職人は結局、ボケ老人が指定した文言のまま、墓標を刻んだ。
老人の葬式には一体どんな人物だったのかと驚くような面々が集まる。
帝国の皇帝から、世界的に名の知れた侠客の親分に、冒険者ギルド協会のお偉方など等々。
100人を超える人々が集まり、彼の死をそれぞれの人々が心底悲しんでいるようであった。
葬儀に墓石を持ち込んだ職人は顔面蒼白になる。
こんなふざけた墓標を……いっその事、内緒にして投げ出す事も考えたが、結局の所、墓石作成を受けている事は教会には知られている為、逃げようがない。
最悪でも命を取られる事はないだろう、と半ばやけくそで墓石を設置し、亡骸は安置された。
職人が予測していたようなクレームが殺到する事はなく、その墓標に刻まれた文言を弔問客たちは自然と受け入れているようであった。
一体あれはなんだったのだろうと狐につままれたようで、その思い出は職人の生涯に渡って深く記憶に刻まれる事になる。
その墓標に刻まれた文言は以下のものであった。
クリスティンの夫、ランスここに眠る。
両親が勇者と魔王だなんて知らない。
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魔王様は転生して追放される。今更戻ってきて欲しいといわれても、もう俺の昔の隷属たちは離してくれない。
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