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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕のかわいいアンドロイド

 二七歳になった僕は、仕事で貯めた二千万円で思い切って大きな買い物をした。

 届いた大荷物を見て、僕はついに来てしまったのかと言う興奮と緊張を覚えた。

 震える手で包装紙を破き、巻き付いていたビニールも外す。

「!」

 透明なプラスチックの板の向こうには、容姿端麗な男が瞳を閉じて眠っていた。僕は、そっとプラスチックの蓋を開けて、彼の頬に触れる。

(つめたい……)

 当然である。まだ、スイッチを入れていない。

 箱の中に入っていた紙に、説明書のコードが張られている。それを読み込んで、説明書をダウンロードした。

「はぁ……」

 胸がいっぱいで、思わず息を吐いてしまう。ついに我が家に彼がやって来たのだ。コランタン社のアンドロイド、XR-61型が。

 ダウンロードの終了した説明書をスマホで、ざっと読む。既にネット上で主要な機能は把握しているので、確認の為の流し見である。

「よし」

 スマホを閉じて、僕は我慢できずに彼に手を伸ばした。スイッチは、左右の耳の裏に付いている。そこを同時に長押しで五秒押さえると起動する。

 一、二、三、四、五。

 きっかり五秒後に、彼の胸が呼吸をするように動き始めた。僕は眠る彼の胸に耳を当てた。

 トクン、トクン、トクン。

 心音がする。冷たかった体に、ほんのりと体温が感じられる。心地よさに目を閉じる。いつまでだって、こうしていたかった。

 突然、頭に何か触れてビクッと体を跳ねさせて僕は驚く。後ろを振り向くと手があった。僕の手では無い、その手は彼のモノだった。視線を上げると、目を開けた彼と目が合う。薄い虹彩の、茶色の瞳が僕を見ている。

「ごめんなさい、驚かせましたね」

 耳に心地よい、低い声だった。

「いや……」

 僕は彼の顔を食い入るように見た。困ったように笑みを浮かべる彼は、生きた人間と少しも変わらなかった。今日から彼が、僕の恋人なのだ。

 初めて見た彼の表情をしっかりと記憶してから、僕は彼の上からどいた。彼がプラスチックの箱の中から起き上がる。手を貸すと、彼は礼を言って箱から出た。箱から出た彼は、箱の中を手で探る。しばらくすると、目当ての物を拾い上げる。筒を開いて中から黒いフレームのメガネを取り出してかけた。アンドロイドの容姿は、好きにカスタムする事が出来る。その中には、『近視』なんてオプションも付ける事が出来た。つまり彼は、アンドロイドでありながらメガネが無いと遠くの物を見る事が出来ないのだ。

 メガネをかけた彼が僕に向き直る。

「改めまして、私はコランタン社のアンドロイド、XR-61型です。この度は、ご購入ありがとうございます」

 優しげに笑みを浮かべる彼は、まるで暖かな春の日差しのようだった。

「主人である、貴方の名前を教えていただいてよろしいですか?」

 僕は背筋を伸ばす。

保住進ほずみすすむだ」

 紙に字を書いて見せる。その紙を受け取った彼が、じっと見る。

「保住進様ですね」

 僕は頷いた。

「これから、なんとお呼びすると良いですか? 

 保住様、進様、ご主人様、マスター……」

 彼が首を傾げる。

「進さん……でお願いします……」

 本当は、進と呼び捨てをお願いしたかったが、まだそれは早いだろう。

「わかりました、では進さんとお呼びしますね」

 名前を呼ばれて、僕の体温が上がる。

「私は……なんと呼びますか?」

「龍太郎さんとか……どうでしょう……」

 彼が届くまで半年間、考え続けた名前である。

「龍太郎……あぁ、良い名前ですね。ありがとうございます」

 優しげな笑みと声で、僕は完全にノックアウトされた。彼は完璧すぎる。

「では進さん、これからよろしくお願いします」

 三指をついて頭を下げる彼に、僕も同じように頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします!!!」

 とりあえず二人は、部屋に鎮座した巨大なプラスチックの箱を倉庫に運んだ。



 龍太郎は基本はコミュニケーションアンドロイドなのだが、簡単な家事なども行う事が出来た。龍太郎の作った親子丼を僕は見る。食欲をそそる香りが、部屋の中を漂う。

「どうぞ」

「い、いただきます」

 箸を手に取って、親子丼を食べる。

「!」

 なんだか懐かしい味がした。店の味と言うより、これは家庭の味である。出来上がり過ぎていない素朴な味わい。

「どうですか」

「お、美味しいよ!」

 食い気味に答えると、彼は嬉しそうに目を細めた。

「それは良かった」

 そう言って、自分の前に置いた親子丼を食べ始める。XR-61型は食事機能のあるアンドロイドだった。他人と食べる食事も一種のコミュニケーションだと製作者が考え、こだわって付けられた機能である。

「……しょうゆ、多かったかな」

 ボソリと呟いた彼の言葉に、僕は小さく震えてしまった。彼の基本ステータスに、『ドジッ子』を加えたのは、僕だった。


 食事を食べ終わったら、龍太郎が皿を洗ってくれた。エプロンを着た長身の男が、台所仕事をしている後ろ姿はとても良かった。正直、もうこれだけで彼を買って良かったとすら思っている。

 皿を洗い終えた龍太郎がエプロンを脱いで丁寧に畳む。その動作が、僕の心を掴んで離さない。あの美しい手のラインをデザインしたデザイナーは、天才ではなかろうか。

 龍太郎が僕の側にやって来て、首を傾げる。

「何か御用ですか?」

 彼は優しく尋ねる。

「いや、あの! 見てただけです!」

 僕は、まだ龍太郎のいる生活に慣れない。実家を出てから、ずっと一人暮らしだったので、他人が家にいる生活にそもそも慣れていない。

「もしも、気になるようでしたら、スリープモードに入りましょうか」

「いやいや! 大丈夫です! そのままで!!」

 アンドロイドは主人の命令で、スリープモードに入って、動かなくなる。しかし僕は、龍太郎には極力スリープモードには入ってほしくなった。『人間』のように、生活してほしかったのだ。

「わかりました。では、家事の続きをしますね」

 龍太郎は頷いて、クイックルワイパーを片手に床の掃除を始めた。僕はそんな彼の姿を、目で追いかけ続けた。龍太郎は、見た目も性格も完璧な同居人だった。


 龍太郎とは、布団を並べて眠っている。彼は寝る時、僕が買っておいた紺色のパジャマを着てくれる。

 龍太郎が紺のパジャマを着て、眼鏡をはずして眼鏡ケースにいれる姿を見るのが好きだ。

「おやすみなさい、進さん」

「お、おやすみ」

 部屋が暗くなり、しばらくすると隣から規則正しい呼吸が音がした。他人の眠る音は、僕を穏やかな眠りに誘った。



 ひと月、ふた月と経つごとに僕は龍太郎のいる生活に慣れていった。彼も、僕の家に随分馴染んだように思う。

 朝起きると、良い匂いがする。リビングルームに行くと、テーブルにご飯と味噌汁と卵焼きが用意されていた。僕が朝は和食派な事を龍太郎が覚えてくれたのだった。

「おはよう」

「おはようございます、進さん」

 熱いお茶がテーブルに置かれる。

「いただきます」

 僕は朝食を食べ始めた。すると、卵焼きの中に、小さな卵の殻が入っていた。

「すいません……」

 龍太郎は心底申し訳なさそうな顔をした。

「いや、大丈夫だよ」

 龍太郎の『ドジっこ属性』は、僕が設定したものである。彼のせいではない。けれど、龍太郎は失敗する度にすまなそうな顔をして、しばらく落ち込むのだった。そんな彼を見て、かわいい人だなぁと思う僕はちょっと嗜好が歪んでいるのかもしれない。


 朝ごはんを食べ終わったら、仕事である。

「行って来るね龍太郎」

「行ってらっしゃい進さん」

 誰かに見送られて家を出るのは、気持ちが良かった。


***


 家に帰って来たら、毎日マンションの部屋の窓に明かりがついていて、嬉しくなってしまう。

「ただいま!」

「おかえりなさい」

 龍太郎が朝と変わらぬ柔和な笑みを浮かべて、出迎えてくれる。

「お風呂にしますか? ご飯にしますか?」

 定番の言葉を彼が言う。

「お風呂に入ります」

「はい」

 お風呂から上がったら、夕飯を食べた。今日の夕飯は、エビチリがメインだった。

「夕飯用に食材を買い足しておきました」

 龍太郎は買い物だってお任せ出来てしまうのだ。前もって渡した生活費の中で、うまくやりくりしてくれる。

「ありがとう」

 今日の夕飯も美味しかった。しかし、龍太郎の箸の進みが遅い。

「あの、進さん……もう一つ報告しなければいけない事があります」

 龍太郎が目を伏せて口を開いた。

「お皿を一つ割ってしまいました……ごめんなさい」

 龍太郎は今日も、ドジっ子機能をばっちり発揮していた。

「大丈夫だよ」

 本当に、僕の龍太郎はかわいい人だった。



 朝起きると、今日も龍太郎の朝ごはんを食べた。毎日、龍太郎の朝ごはんを食べれるなんて、僕は幸せものじゃなかろうか。

 今日、龍太郎は朝食のトマトを床に落としてしまったらしい。恥ずかしそうに、彼はトマトの入っていないサラダを食べていた。

「いってくるね、龍太郎」

「いってらっしゃい、進さん」

 その日、仕事で少し嫌な事があったが、家で龍太郎が待っていると思えば少しも苦では無かった。アンドロイドは、維持費にもけっこうお金がかかる。けれど、龍太郎の為だと思えば、仕事にも精が出る。


 家に帰ると龍太郎が柔和な笑顔で出迎えてくれた。性格を『おっとりで優しい』に設定しておいて、本当に良かった。強気の性格と少し悩んだのだが、長く共に生活すると考えると、今の龍太郎で正解だろう。

 今日の夕飯はカレーライスで、辛口で作ってあった。次からは、中辛で作ってほしい事を、やんわり伝えておいた。最初から好きな献立をインプットする方法もあるのだが、生活の中で覚えていって貰った方が良いと思ったので、やっていない。

 風呂に入って、スマホゲームをしばらくやった。こういう暇な時間の時、龍太郎も適当な事をやって時間を潰していた。たいがいはテレビを見ていた。仕事が無い時は、スリープも―ドで待機させる事も出来るのだが、共に生活している感じを出す為に、リラックスして暇つぶしをする機能がわざわざ追加されているのだ。

 テレビのクイズ番組を見ている龍太郎はリラックスした様子で、時折笑っていた。アンドロイドは本来は、人間よりも高度な知能を持っている。しかし、こうして生活を共にするアンドロイド等は、あえてその知能が人と同程度まで落としてあった。演算能力の高過ぎるアンドロイドとは、会話が成立しなくなるからだ。

 ガチャではずれを引いた後、僕はふて寝する事にした。龍太郎が敷いてくれた布団に入り、大きく伸びをした。

「今日もありがとう龍太郎」

「いえ」

 隣を見ると、横たわった龍太郎の大きなシルエットが見えた。身長百九十センチにして本当に良かった。彼の体の大きさを見るだけで、安心感を抱き、心が満たされる。

「おやすみ龍太郎」

「おやすみなさい、進さん」

 僕は目を閉じて眠った。龍太郎のおかげで、僕は毎日安眠である。



 龍太郎が家に来て、半年経った。彼は僕の設定した通り、柔和で優しく、ちょっとドジっ子なアンドロイドだった。この間など、眼鏡を無くしてしばらく、見え辛い視界で眼鏡を探している姿などを見せてくれた。龍太郎は本当にかわいくて、最高のアンドロイドだと思う。

 

 その日は休日だったので、僕と龍太郎はスーパーに買い物に出ていた。僕と竜太郎は両手いっぱいに買い物袋を下げて、坂道を下る。

「進さん、今日はちらし寿司を作りますよ」

「わぁ、楽しみだなぁ」

 桜の花びらがハラハラと舞うのを見ながら、僕は朗らかに笑った。胸は、幸せに満たされている。

「あ!?」

 突如、龍太郎が声を上げる。

「どうしたの?」

「買ったきざみ海苔を、お店に忘れて来ました……」

 龍太郎が悲しそうに背を丸める。

「あはは、大丈夫だよ。取りに帰ろう」

「いえ、取りに行くのは私一人で大丈夫です。進さんは、先に帰っていてください」

 龍太郎が早足で店の方に帰って行く。その姿を見ながら、僕は小さくあくびをした。今日は良い陽気だった。

 その時、僕の足下に大きな影が出来た。何かと思って振り向いたら、道路の電信柱がこちらに倒れて来ていた。

 そんな事ってあるか!? と驚いたが、そう言えばこの近辺は数年年前に大きな地震があって、電信柱や看板が傾いている物が多かった。

 そこまで一瞬で頭が考えた、体は固まったまま動く事が出来なかった。

「進さん!!!!」

 そんな僕を龍太郎が瞬時に抱き上げて、助け出してくれた。

「……!」

 電信柱が大きな音をたてて、道路に落ちる。僕も龍太郎も無傷だった。

 龍太郎は随分遠くに居たように思ったが、一瞬の間でこちらにやって来たらしい。そして、僕を抱き上げて助けてくれた。

「無事で良かった……」

「あ、ありがとう……龍太郎」

 生まれて初めてお姫様抱っこをされた僕は、龍太郎の新たな魅力に気づいてしまったのだった。僕のアンドロイドはかわいくて、そしてかっこいいのである。



おわり  


アンドロイドと人との交流には夢がありますねぇ。カテゴリーどこに入れれば良いのか、わからなかったので、とりあえず『空想科学』にしてます。

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