第六話 「……遅いのよ……バカ」
僕は背後から何者かに羽交い締めにされていた――――。
「何ッ!? 誰誰ッ!?」
「ヒャッハーッ! そこまでだお前ら!」
聞き覚えのある品性下劣な男の声だ。
「その声……ッ! さっき親子に乱暴していたクソ野郎!」
「誰がクソ野郎だッ!? 口には気をつけろって教わらなかったのかッ!? モヒィ様、こいつどうしやしょうか!?」
下っ端が腕に力を込めてきた。
「よくやったッ! だが今はまだ殺るな! そのままそいつを拘束していろ!」
「へぇッ! モヒィ様!」
「ちょっと! いったいどこから入ってきたのよ!?」
確かに、この小屋は覚えている限り入り口が一カ所しかなかったし、そこも今モヒカン男が塞いでいる。入ってこれるところなんてどこも……あっ!
「まさかッ! さっき出来た穴からか!?」
「ヒャッハーッ! バカな奴らだぜ! 戦いに夢中になって俺の接近に気づかないなんてなぁ! おいそこの姉ちゃんッ! これ以上抵抗すんじゃねぇぞ! さもないとこいつを……オラッ!」
「ぐえッ!」
下っ端の太い腕が僕の首を締め上げる。
これ……裸絞めッ!? 死ぬやつだこれッ!
「ちょッ……ギブギブッ!」
ぺちぺちぺちぺちっ!
「何やってんだコラァ! 無駄な抵抗してんじゃねぇぞ!」
「ちがッ……タップ! タップ!」
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちッッ!!
「……マジで何やってんだお前?」
くそぉッ! この世界にはプロレスが無いのか!?
「ヒャハハッ! どうだ! 苦しいだろう!?」
「苦しいって言うか……むさ苦しい……ッ!」
「結構余裕あんなテメー!? だがそれもいつまで持つかな!」
「うぐ……ッ!」
下っ端の腕の力がさらに強くなる。空いた右手で離そうとしてもぴくりとも動かない。
このまま絞め続けられたら……ほんとにやばい……ッ!
「ピ……ピニャ……助けて……ッ!」
僕は唯一の希望であるピニャに助けを求めた。
「……嫌よ」
「はぁあッ!?」
ピニャの口から出たのは予想だにしない台詞だった。
「嘘だろお前!? ここに来て見捨てるのかよ!?」
「見捨てるも何も、私があんたみたいなキモオタ童貞を助ける義理なんて無いじゃない」
「そこまで言うのかよ!? くそぉッ! せっかくお前のこと見直したってのに!」
「……私があんたにどう思われようとも関係ないから。もう黙ってて」
「いいのかよ!? 僕が死んだらおまえだって」
「黙ってろって言ってんのよッッ!」
ピニャが突然、怒鳴り声を上げた。
僕は思わず竦み上がって、言いかけた台詞を飲み込んだ。
「さっきからあんた何様なのよ! /私のテイマーでもない/くせに生意気なこと言わないでッ!」
「ピ、ピニャ……!? お前何を言って……」
「おいおいおいッ! テメーそれはどういうことだ!」
モヒカン男が僕とピニャの間に割り込んできた。
「この小僧がお前のテイマーじゃねぇのかよッ!?」
「あら? 私そんなこと一言も言った覚えが無いんだけど。そいつはただの囮よ。シールだって持ってないし」
「何だと!? おいッ! その小僧がシールを持っていないか確かめろッ!」
「へ、へいッ!」
下っ端が僕の体をまさぐって確かめるが、そこからシールが出てくるはずもなかった。
「ありませんぜ、モヒィ様ッ!」
「よく探しやがれ! もしかしたらこの村のどっかに隠したのかもしれねぇ!」
「シールを隠すくらいなら使ってあんた達をぶちのめすわよ。バカじゃないの?」
「クソッ……バカにしやがってッ!! 小娘ぇッ!」
モヒカン男がピニャに詰め寄り、ピニャのか細い首を片手で掴んだ。ピニャは「うっ!」と声を漏らしたが、ピニャは笑みを浮かべて余裕のある態度を崩さなかった。
「お前のテイマーはどこにいる!?」
「さあねぇ……。でもあんた……この小屋を部下全員で見張らせてるんでしょ? 今頃森の方はがら空きなんだろうなぁ」
「何……それじゃあもうこの村を出て……」
「囮作戦に引っかかってくれてありがとう……クソダサファッション童貞くん」
「ピニャッ! ……お前」
この時、ピニャが僕を突き放そうとした理由が分かった。ピニャは僕がテイマーで無いと嘘の情報をモヒカン男に植え付けさせて、僕から意識を逸らそうとしているんだ……。
でも、それだとピニャが危ないじゃないか!
「このッ……クソアマがぁぁぁぁあッ!」
モヒカン男が怒鳴りながら、ピニャの顔面をぶん殴った。
「キャッ!」
「頭に来たぞガキがぁぁぁあッ!!」
殴られた勢いでピニャは床に叩きつけられる。
あろう事かモヒカン男は、倒れたピニャの腹部めがけてサッカーボールキックを見舞った。
「がはッッ!!」
「くそがッ! くそがッ! くそがッ! 俺様を誰だと思っているッ! ゆくゆくは全世界を支配する崇高なるお方達に仕える男だぞ! その俺様をこけにしやがって……ただで済むと思うなよッ!」
モヒカン男は何度も何度も執拗にピニャに蹴りを浴びせた。腹を蹴られる度にピニャの口からうめき声が漏れていた。
どうして……どうして無抵抗の女の子にこんなひどいことが出来るんだよ……ッ! こいつら人間じゃねぇッ!!
「どうだ小娘!? 今すぐお前のテイマーがどこへ逃げたのか教えれば許してやるぞ!」
モヒカン男がピニャの頭を踏んづけながら泡を飛ばして叫ぶ。
そうだよ……もう僕のことバラしていいから! このままじゃ取り返しのつかないことになるぞ!
「……ことで」
「あぁッ!? 声が小せぇぞ!」
「この程度の……ことで……言う訳……無いでしょ。……虫にでも……刺されたかと……思ったわ……」
「クソアマが……ッ! まだそんな態度を取るのかッ!?」
モヒカン男がピニャの顔を蹴り上げた。ピニャはその一撃でぐったりとして動かなくなった。
「くそ……これ以上もたもたしてると逃げられちまうな。おいッ! お前!」
「へ、へぇッ! 俺ですかい!?」
「今すぐ外の連中を連れて森の中を捜索しろ! なんとしても小娘のテイマーを探し出すんだ! 当然、獣人共が逃げねぇよう全員縛り上げてからだぞ!」
「わっ、分かりましたッ! この小僧はいかがいたしましょうか……?」
「この村には獣人を捕らえに来たんだ! 人間の小僧ひとりどうだっていい! さっさと行きやがれッ!」
「へっ、へぇぇッ!!」
下っ端の男は怯えた様な声を出して僕の首を離した。そして一目散に大穴から外へ出て行った。
どど、どうしよう……今なら逃げられるけど……それだとピニャが……。
「おい小僧ッ!」
モヒカン男が僕のことを呼んできた。僕はビクッとした後、モヒカン男へと視線を移した。
「俺様の狙いは元々この村の獣人共とレイドの捕獲だ。テイマーでもねぇテメーにもう用はねぇ。目障りだからここから失せやがれ!」
「そ、そんなこと……できる訳……ッ!」
「っさいのよ……」
そこまで言いかけた時、倒れているピニャからか細い声が聞こえた。
「え……?」
「うっさいって……言ってんのよ。私とあんたは……赤の他人なの……ここにいる意味なんて……無いでしょ。さっさと……逃げなさいよ……」
「ピ……ピニャ……」
そ、そうだ……僕が死んだらピニャも死んじゃうんだ……。ピニャのためにも、ここから逃げないと……ピニャの作戦も台無しになる!
(ま、待ってくれピニャ! 今誰か助けを呼んでくるからな!)
僕は震える足で小屋の穴へ向かう。
そこへ、後ろからモヒカン男の声が聞こえてくる。
「また抵抗されたら面倒だな……。カルアッ! もう体力も戻ったろ! 死なねぇ程度に技をぶつけてやれ!」
「は……はいにゃ!」
そんなッ! あんなに痛めつけたのにまだやるのかよッ!?
ピニャの方に振り返ると、さっきより息を整えたカルアがピニャのそばまで近づいていた。
「あんた……よく陰湿な奴だって……言われてるでしょ」
「用心深いって言いやがれ! その生意気な口、今黙らせてやる!」
もう今にもカルアに命令しようとしている。
どうするッ! でも……僕なんかが止めに入っても……助けられる訳がないじゃないか……ッ! 僕に何が出来るって言うんだよッ!!
やっぱり……誰か助けを呼んでこよう……。
僕はこの場から逃げるために、一歩、後退る……。
その時だ。
『やめろぉッ!』
頭の中に、“誰か”の声が聞こえた。
これは……。
『その子をいじめるなッ!』
これは……子どもの時の“僕”の声だ……。
突如頭の中に浮かび上がった幼少の記憶。
それは……とある“女の子”を助けた時のものだ。
そうだ……昔の僕は誰かのために行動のできる男だったはずだ。いつからだ? いつからこんな最低な人間になっちまったんだ……?
目の前で女の子が痛めつけられているのに、僕は自分の身可愛さに放って逃げようとしている……。
(……駄目だ駄目だッ! ここで僕が逃げたら、ピニャが連れて行かれる……そうなったら僕が無事だったとしてもピニャが殺されるかもしれないじゃないか! そんなの嫌だッ!!)
戦うんだ……ッ! ここまで僕を助けてくれたピニャをッ! もう一度……あの時みたいに勇気を出せ、結崎智ッ!
その瞬間、僕は信じられない現象を目の当たりにした。
突如右手が強く光り始めた。それが収まったと思った時には、何も無かったはずの手のひらに“紫のボール”が握られていた。
それは、アレンヌから貰った“シール”だった。
「ど……どうしていきなりこれが出てきたんだ?」
それを強く握ってみると、頭の中に“二つの呪文”が浮かび上がってきた。
「『パルマ・トゥオーノ』……『エレトリカ・コルダ』……そうか、やっぱりこの世界の技って……」
いや、今そのことはどうだっていい。だがひとつだけ言えることがある。
僕はこの技を知っている。それがどんな効果を持っているのかも。
「やれカルアッ! 『金属の』」
「やめろぉぉぉッ!」
モヒカン男がカルアに命令を出し切る前に、僕は叫んだ。
「何だ小僧! まだいやがって……それはッ!?」
「ピニャッ! そいつらに手をかざせッ!!」
僕はピニャに向かって“命令”した。
「……遅いのよ……バカ」
ピニャは震える手を上げ、モヒカン男とカルアの方に向けてくれた。
「行くぞ、ピニャッ! 『掌の雷鳴ッッ!!』」
呪文を唱えた瞬間、ピニャの掌を目映い光が覆い、そこから“雷”が放たれた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁあッッ!!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁあッッ!!」
モヒカン男とカルアは電撃の塊にぶつかり、その勢いで小屋の壁に激突して外に吹っ飛んで行った――――。
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