ドラゴン遣い3
聞いた住所をたどって行くとそのフロウルの家は王都の端の方にあって
街の喧騒などがかすかに聞こえる程度の場所だった。
中心部よりも緑が多く生えており、どこか田舎の風景を思わせるような家が
畑や川に囲まれてぽつりと立っている。
人気よりも動物の気配の方が多く感じられるそこを歩いて家のドアをノックした。
女の声で返事が返ってきて扉が開くと自分とそう歳も変わらないような少女がひょっこりと顔をだす。
「あら?いらっしゃい。これはまた…おつかい?」
「いえ、あの私、ドラゴンの涙が欲しくて」
少女はイフナースと同じ青い髪がぴょんぴょんと跳ねていて
胸を覆っている布の面積が比較的少ない服装だったがその太ももには
フロウルである証のサートがぶら下がっていた。
一瞬、その少女が弟子かなにかかと思っていたのだが彼女がフロウル本人のようだ。
「ドラゴンの涙?」
「はい、その…」
「お医者さんにでも頼まれたかな?代金は持ってきてるのー?」
フロウルの少女は訝しむようにシヴァを眺めたがすぐに誰かのおつかいと勘違いしたのだろう。
近所の子供にするようにすこし優しく尋ねてくる。
「いえ、お金は無いんです…あの」
「…お父さんかお母さんが病気?」
「いえ、そう言うわけじゃ…」
「そうなの?どちらにしても、ドラゴンの涙はそうそうあげられるものじゃないからなあ…」
「そう、ですよね…」
案の定、高価なドラゴンの涙は譲ってもらえそうにない。
予想はしていたがあまりにもあっさり断られてしまったのでシヴァはすっかり肩を落とした。
自分もせめて、殺されたドラゴンの一部でも持っていればよかったのかもしれないと
さえ考えた。
「って言うかドラゴンの涙なんて薬でなければ何に使うの?」
「えっと、なんでもないです。ごめんなさい、ありがとうございました」
「えっ、ちょっと、君!」
シヴァは早口で礼をのべて引きとめようとするフロウルの言葉を振り切って走り去った。
きっとおかしな子供だと思われただろうし、それ以上
ドラゴンの涙を欲しがる理由を深く追及されては困るからだ。
静かな空気がやがてまた人の往来が激しい城下へ変わるとシヴァはため息を吐く。
麓へ降りてからこれまで思い通りに物事が進んだためしがない。
ようやく道筋に光がみえたかと思えばこうしてすぐに躓いてしまう。
だれにも頼れないし頼りたくない、子ども扱いをされたくない。
せめて事情を話してわかってくれる人物がいればと思うと鼻の奥が熱くなった。
(弱音吐いちゃだめだ…わたしがしっかりしないと…)
ドラゴンの涙は手に入れられなかったが、ドラゴンについての他の事なら
手土産になるかもしれない。
今のシヴァはもうそれしか手立てが残っておらず、それにすべてを賭けることにして、
断られる覚悟を決めて城にいるイフナースの元へ向かった。
シヴァは結局あきらめきれずに手が届かないとわかりつつも
あちこち宝石商を訪ねて歩き、ドラゴンの涙を譲ってもらえないかと無心していた。
勿論どこへ行っても鼻で笑われて軽くあしらわれたわけだが
丁度10件目でまさかまたあのフロウルと出くわすとは思いもよらなかった。
あらあ、また会ったね?と声をかけられて、一瞬なんのことがわからなかったが
店員だと思っていた相手が目深にかぶったフードを脱ぐとすぐにピンときた。
先ほど尋ねたフロウルの少女である。
「こちらで、働いているんですか?」
「んーん、ここに品物を卸してるんだよ」
シヴァはつとめて自然にふるまえるように心を落ち着けた。
そうだ、近所のおばさんがしていたように、日用品を買いに出かけた風を
装えばいいだけの話なのだ。
たまたま高価なドラゴンの涙を求めただけであって、なんらおかしいところもないはずだ。
だからシヴァが怯えたり不安になる必要はない。
堂々と胸を張ればよいのだ。
そう自分に言い聞かせてシヴァはなるべく早く宝石店をお暇しようと思った。
だがフロウルはそうはいかないらしくすぐに次の質問を飛ばしてきた。
「キミはドラゴンの涙を譲ってくれる人は見つかった?」
高価なものなのだからそんな奇特な人はいないとわかっているはずなのに
よくもそんなことを聞けるなと馬鹿にされた気がしてシヴァはいくらかむっとして思った。
意地悪をされている気分になったが不機嫌な表情をぐっとこらえて黙って首を横に振った。
「それは残念」
「それじゃあ、わたしは急ぐので」
店を出ようとシヴァは踵を返した。
「うん。よい旅を」
背中越しにそう声をかけられてどきりとした。
なるべく地元の人間に見えるような旅装束を選んだつもりだったがフロウルにはそう
見えなかったらしい。
振り向かずに会釈だけしてシヴァは足早に店から離れ、
すぐにリストにある他のあと数件の宝石店の名前を眺めたがなんとなく足を運ぶのがためらわれた。
これまで色々と訪れた店のどこもよい返事をくれなかったからだ。
勿論それだけドラゴンの涙が高価で価値のあるものだからに違いないが
それ以上にシヴァが子供で文無しだというところに一番の問題があったのだ。
これではどこへ行っても鼻で笑われて終わるのは当たり前のことだった。
シヴァがいた集落では困っている人は助けるのが信条で
よほどのことがあるようならば無性でも相手を助ける人々ばかりだった。
それが山を下りてみればそれがとても特別なことだとわかった。
どこへ行ってもお金が、見返りが必要なのだ。
よく考えればわかりそうなことなのに、そう言ったことを見落としてしまうところが
きっと自分が子供だというのだろう。
(でも仕方ないじゃない。いつでも麓に下りられたわけじゃないし、
誰も教えてくれなかったし…)
そう考えながらとぼとぼと埃立つ大広間を歩いていたせいか、
シヴァはあたりがいつもよりも騒がしくとも気が付きもしなかったし、
自分の横を通り過ぎる男たちが自分が手を貸して逃がした罪人たちだとも
ついに気が付くことはなかった。