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地下にあったもの




 翌日。目を覚ました僕は、見知らぬ天井に対して記憶を探っていると、ここが異世界だったことを思い出してさっさと起き上がる。


 床で寝ていたから体の節々から痛みがくると思ったけど、全然大丈夫だった。むしろ調子がいい方かも。軽く肩を回してからゆっくりと両手を挙げて背筋を伸ばす。



「ふわぁ…今日は何しようかな」



 欠伸(あくび)をしてから眠たげな目を擦る。やることはいっぱいあるけど予定を組んでないので何をやるかはその日の気分次第。取り敢えず昨日と同じように神殿内部の探索でもしよう。まだ全部見回れた訳じゃないし。


 そう決めると腹ごしらえに食堂へ向かう。ちょっと改造したらカフェのような洒落た内装になりそうな室内を通りすぎて食糧庫から食べ物を適当に引っ張り出す。


 引っ張り出した干し肉とリンゴっぽい果物を食べながら、室内をカフェのような内装に出来たらテラスでも作りたいなと想像する。まぁ、テラスを作ったとしてもそこから見える景色は綺麗な庭園でもなければ大きな湖でもない、ただの森だけど。


 僕は干し肉とリンゴ(?)を食べ終わり腹を満たす。昨日と同じ物を食べてて栄養バランスが崩れそうだけど、こればっかりは見逃して欲しい。よく分からない物を食べるよりはマシなんだ。


 スイカのような果物を《聖女の結晶(クリスタル・マリア)》の能力で生成した包丁を使って半分にしたら血肉のような生々しいものが出てきて気絶しそうになった。正直、ちょっとトラウマになってる。


 それくらいショッキングな出来事があったのに、他の食べ物を試したくない。触らぬ神に祟りなしというやつだ。むやみにトラウマ作るよりも毎日似たようなものを食べて栄養バランス崩した方がまだマシだよ。


 食堂から出て二階にある室内庭園へと目指す。目的はあそこで顔を洗うため。いや、浴室の近くに洗面所もあったんだけど蛇口捻っても水が出てこなかったんだよね。水道代払えなくて止められてたのかな。あ、でも長年使われてなかったら止められるのも当然か。


 でも二階の室内庭園には極めて透明度の高い水が流れている。室内なのに綺麗に整理された水路があり、そこを水が流れ通っている。中心部には円状に広がる貯水するための場所があり、その水底の中心部には小さな宝玉が常に淡い光を放っている。


 最初はこの宝玉がどんな効果なのか分からなかったけど、水中にゴミや汚れが一切見受けられないので浄化されているんじゃないかと予想する。水路にだってカビなどの人間に害のあるものがないし、僕の予想は当たってると思う。


 僕は貯水場まで歩き膝をつくと、水路を流れる水を両手で(すく)ってパシャパシャと音を立てながら顔を洗う。


 ひんやりとした冷たい水が残っていた眠気を吹き飛ばしてくれた。顔を洗い終わった僕は頬を2回叩くとそこから立ち上がって室内庭園を後にする。


 別に急いでる訳でもないし室内庭園でゆっくりしてもいいが、そうすると暇になってしまう。室内庭園に色とりどりの花や植物があれば、その風景をゆったりと楽しむことも出来たかもしれないが、残念ながら各スペースに植えてあるのはなんの変哲もない草だ。


 いったい以前にここで住んでいた人は、草に何を見いだしたというのだろうか。新緑の草を眺めて何が楽しいのかさっぱり分からない。しかも各スペースに分けられてはいるけど、その違いは草の種類ではなく成長速度だけという。


 あまり価値があるような感じはしないので草に関しては放置。


 僕は2階の階段を降りて1階にある研究室の中に入る。室内は真っ黒な大釜やフラスコ、試験管に入った謎の液体などが保管されている。用途不明の紫の液体のような怪しい物は不用意に触らず、それらを避けて研究室を調べる。



(……それにしても、随分(ずいぶん)と近代的な感じがする)



 この神殿内部にある様々なものを見て漠然とそう思った。厨房などの水が必要とする場所には大抵蛇口(じゃぐち)が設置されていたし、今いる研究室の机や床には現代と変わらないプリント類が散乱している。


 僕はプリントを一枚手に取り内容を見る。しかし、プリントに記述されているのは僕が見たこともない文字の羅列だ。異世界の文字なのだろう。だが、見た感じこれはコピーされたもの。手触りや筆の正確さから間違いないと思う。


 研究室は物が沢山置いてあるので狭い上に移動しづらい。どこかにコピー機があるのかもしれないが、探すのも億劫になってしまいそうだ。


 でもそんな狭い研究室の中、一部だけ整理された場所があった。普段なら特に気にもしないほどのものだけど、少しだけ不自然なように感じた。床に散らばるプリントを踏まないようにしながらその場所まで移動する。



「なんだか妙に綺麗だけど……とくに大事そうな物も見当たらないし…」



 これだけ綺麗にしているのだから何か大切な物でも保管しているかと思えばそうでもない。しかしだからといって適当な物が置かれているということもない。つまり、何もないのだ。


 室内がこれだけ物で溢れているのにここだけ何もないというのはおかしい。何かあるかもしれないと思い、僕はその付近の床や壁を触ったりして調べていく。


 だが結果は本当に何もなかった。仕掛けや暗号もなく、ただの空白地帯があるだけ。



(本当に何もないなぁ……何かあるとしても周りにはプリントとか本棚くらいだし―――ん?)



 本棚…? もしかして……


 ふと、有名な某RPGに登場する仕掛けが脳裏によぎる。もしかしたらそういう仕掛けなのかもしれないと思い、僕は本棚の前に乱雑に置かれている荷物をどけた。


 そして本棚を左にある何もない場所にスライドさせると、それは姿を現した。



「おぉっ! 隠し扉発見!」



 喜びのあまり思わず無邪気に叫び、その後すぐに羞恥心がやってきた。少し顔が赤く染まる。


 いくら子供心を刺激されたからといって子供っぽい言動をするのはやめよう。ただでさえ、見た目が子供なんだから次からは大人しくしようと心に決める。



「うわ、結構続いてる…」



 扉を開けるとそこにあったのは地下へと続く狭い階段。両端の壁には、神殿の廊下と同じように一定間隔で淡く光る結晶が設置され、足下をしっかりと照らしている。


 早速階段を降りていくけど、どこまで続いているのか分からない。だって先が見えないから。


 しばらく階段を降り続けること10分。なんの変哲もない壁と階段だけの光景がずっと続いている。コツコツと靴音がこの狭い空間に木霊する。


 ―――更に10分経過。未だに終わりがこない。暇なのでスマホにダウンロードされている音楽を聴きながら歩く。もちろん、カナル型インナーホンを耳に装着している。


 きっと音楽を聴いていたらすぐにこの階段も終わりがくるだろうと思い、鼻歌まじりに降りていく。


 ―――それから30分後……あれ? おかしいな。まだたどり着かないんだけど。まだ終わりが見えないし引き返そうかな…?


 ―――更に1時間後。どうするか迷いながら階段を降りて来たが、もうここまで来てしまったら引き返す事はできない。階段を降り始めてからもう少しで2時間が経過する。戻るのも面倒だし今はとにかく階段を降り続けよう。


 ―――更に40分経過。未だに終わりは見えない。音楽を聴くのは飽きたのでインナーホンを外してスマホと一緒にポケットに片付けた。もう奈落へ続く階段だと言われても信じてしまいそうだ。


 ―――もうどれくらい時間が経っただろうか。今まで欠片も見えなかった終わりが少しずつ見えてきた。僕は早足で階段を降りる。もう流石に足も限界が近かったので助かる。


 ―――それから数十分後、僕は最後の段を下り、やっとの思いで目的地に到着した。もう二度とやりたくないと思いながら、帰りは階段を登るしかない事に気がつき、軽く絶望した。



「はぁ、はぁ……や、やっと終わった…!」



 長かった道のりが終わり、僕は達成感と歓喜に打ち震える。正直もうくたくたである。額に(にじ)んだ汗を(そで)(ぬぐ)い、息を整える。


 階段を降りた先には一つの真っ直ぐな廊下があり、その奥にくたびれた木製の大きな扉があった。長い時間、全て結晶で作られた階段や壁などを見てきたのでなんだか新鮮さを感じた。


 古すぎて所々朽ちかけている扉には、日本特有の御札がこれでもかというほど貼りつけてある。ほとんどが朽ち果てているが、その光景は、まるで何かを中に封印しているように見えた。


 …かなり深い地下だからなのか、ひんやりとした空気が肌を刺す。静寂が空間を支配しているのも相まって、目の前の扉がより一層、不気味に映る。



「―――っ」



 背中を冷たい汗が流れる。それでも僕は好奇心に負けて一歩を踏み出し、大きな扉に思いっきり蹴りを入れた。


 バキバキと破砕音を立てながら扉をぶち破る。結構ガタがきてるし、腐った木を触りたくなかったので蹴ったが、これはなかなかの爽快感。まぁ、その後崩れた勢いで腐臭が風に乗ってきてゲホゲホと咳き込んだけれど。爽快感以上の不快感が襲ってきたのでこういう事はもう二度とやらない。


 木屑(きくず)と化した扉の残骸を通過して中に入ると僕は目を見開いて驚愕した。


 中は大きな空洞となっていて、中学校の体育館が4つほど入りそうなほど広い。中央には高さ10メートルほどの階段が四方向に伸びており、その頂上には祭壇がある。


 そして祭壇の中心部には小さな台座があり、その上に宝箱のような外見をした木箱がちょこんと設置されている。


 しかし、目を引くのはそれだけではない。階段の方にはそれぞれの隅から四つの柱があり、その先端に結びつけられている太い綱が祭壇へと繋がっている。扉に張られていたような御札も柱、祭壇、木箱の3つに隙間なく貼られていた。多少朽ち果ててはいたものの、扉にあった物ほど傷んではいない。


 そしてその祭壇を中心に、地面には円形に澄みきった水が満たされている。今自分がいる所には水がないが、そこから先は祭壇に近づくにつれて水の深度が大きくなっている。


 多分、祭壇に着く頃には腰付近まで水がくると思う。なにせ12歳くらいの体だし。



「……何か凄い物でも入ってるのかな」



 宝箱の中身が気になった僕は覚悟を決めて祭壇に続く階段に向かって、足を水につける。



「うっ…! やっぱり思ってたより冷たい…!」



 この冷たい感覚を早く終わらせるためにもバシャバシャと水音を立てながら進む。ポケットに入っているスマホなどの機械類は胸の内ポケットに無理やり詰め込んで故障防止の工夫を凝らす。内ポケットがきついけど、機械の防水耐性があまりよろしくないので我慢。


 水深が膝を超えたが、水の透明度がとんでもなく高いのではっきりと水底まで見える。もし水の透明度が沼のように低かったら絶対に入ってなかっただろう。何が潜んでるのかわかったものじゃない。



「よいしょっ…と! ふぅ、なんとかたどり着いた」



 腰までずぶ濡れにしながら進み、階段を登って水がない高さまで避難する。途中、水面下で階段が壊れていたので水中ジャンプして階段に上がった。これ以上あんな冷たい水に下半身をつけてたら風邪をひきそうだし。


 ズボンを脱いでから雑巾絞りのように絞ってズボンから水を吐き出させる。欲を言えば下着も脱いで乾かしたいけど、ここのひんやりとした空気では乾くどころか湿ってしまう。


 ちゃっちゃとズボンをはいて階段を登る。祭壇の前まで来た僕は、周囲を警戒しながらも台座の上に鎮座している宝箱を間近で観察する。


 素材となっている木材は腐るどころか湿ってすらいない。それに金属製の鍵穴は()びておらず、まるで新品と見間違えるくらいの光沢を放っていた。


 こんな寂れた所にあるのに周囲との状態が違いすぎて異様でしかないが、もしかしたらそれ相応の物が入れてあるのかもしれない。少しだけ期待の眼差しで宝箱を見るけど鍵穴が視界に入り肩を落とした。



「鍵穴……鍵掛かってるってことじゃんか…」



 これでは中に何が入っているのか確認できない。神殿内部の調査はほとんど終わっていて鍵のようなものがあった部屋なんてなかった。もしかしたらどこかに隠されているかもしれないけど、また長時間階段を通らなければならないと思うと少なからず抵抗感が湧いてくる。


 面倒臭いという怠惰な感情と宝箱の中身が気になる好奇心がせめぎあって拮抗している。


 しばらく悩んだが、僕は帰ることにした。少し憂鬱(ゆううつ)な気分になる。だが、僅かな可能性の話として鍵が掛かっていない事も予想される。そんな希望的予想にすがりながら、もし鍵が掛かっていたら帰ろうという思いで宝箱に手をつけた瞬間―――



 ――――パシッ、パキパキパキ…! ――バリンッ!!



 ガラスが盛大に音を立てて割れた―――感じの破砕音がこの地下空間に反響した。



「―――え?」



 予想だにしなかった現象が起きて僕は体を硬直させてその場で唖然とする。


 しかし破砕音が響いただけではとどまらず、祭壇と柱を繋いでいた綱が引きちぎれ、更には柱や祭壇に貼りつけてあった大量の御札がびりびりに破れ散った。



(……………なんかヤバくないかな)



 こういうシーンってゲームや漫画で結構見たことある。邪神とか魔神とか魔王とかかなりヤバイものが封印から解き放たれて復活する時のシーンにかなり酷似してる。しかも封印されてた奴が封印前より強くなってたりするものもあった。


 ここは異世界だからそういうのがリアルで起こるかもしれないということを考慮してなかった。というか予想できないでしょ。


 目の前には、まるで何も起こらなかったかのように今まで通りに鎮座している宝箱があるが……以前より禍々しく見えるのは何故だろうか。



(……うわぁ、凄く逃げ出したい)



 この時、僕は人生で一番頭をかかえたくなった。



tips.3  『謎の神殿』


・白銀鏡夜が転生した場所。誰がなんのために建造したのか不明。数十人が暮らせる広さがあり、誰かが暮らしていた痕跡がある。

・建物は全て結晶が素材となっているため、かなり頑丈。マグナムでも傷一つつけることはできない。



《一言コメント》

「この神殿作った人達ってかなり金持ちだよね」

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