前世の終焉 中編
最初に言っておくのを忘れていたので言います。
この作品はもともとストックがないので投稿は不定期になります。
……言うのが遅かったですね。すみません…(汗
あと、長くなると悟ったので中編、後編とわけることにしました。
[黒崎狂華の視点]
私、黒崎狂華は彼―――白銀鏡夜の事が好きだ。むしろ愛している。それも狂おしいほどに。
盗撮や盗聴なんて当たり前。彼には気づかれないように小型のGPSも仕込んでいる。彼がいつ、どこで、何をしていたのか私には全て筒抜けで、当然のように私はそれを熟知し、彼の思考や行動パターンを把握する。
でも、それを行動に移したのは彼と出会ってからだいぶ後になる。今思い返してみると、その行動の遅さこそが怠惰であり、大きな間違いだった。
あの時、私は決して無視出来ない事情があったとはいえ、彼が心臓病になっていたことに気付けなかった。
だからこそ、私は再び思い返す。彼と出会ってからのことを。そしてその時の心境を、魂に刻み込むように深く、深く、どこまでも。
――――もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。
◆◆◆
私は幼い頃から、黒崎家の一人として立派に振る舞えるよう訓練してきた。
家名に泥を塗らないため、勉学だけでなく礼儀作法やその他の技術、伝統文化も学んだ。文武両道でなんでもこなせる完璧な『お嬢様』を演じ、これが黒崎家の人間だと周囲に知らしめるためだけに、私は利用される。
生まれた時から選択肢のない私は、黒崎家の操り人形であり、大して価値のない人間。いてもいなくても同じ。常に他者の上に立ち続ける黒崎家という存在は私にとってただの足枷でしかない。
小学校に入学しても、黒崎家というだけで私に近付こうとする者もいれば、逆に私から遠ざかる者もいた。
下心で近付いてくる輩を冷たく切り捨て、遠ざかる者や陰口を叩く者は徹底的に無視。そうしているうちに私はいつの間にか独りになっていた。
俗に言うボッチ。友達もおらずずっと一人でいる者の事を指す言葉だが、私にとってそれはむしろ褒め言葉のようなものだった。
一人は楽だ。誰にも気を使うことなんてないし、何者にも縛られることはない。まさに自由。それは今の私にとって甘美な響きであり、とても魅惑的なもの。
学校にいる間は、黒崎家のことを忘れられる。そのことが私にとってどれだけ魅力的なものなのか、私以外に理解することは不可能だろう。
世の中には世界の1、2を争う大企業だから不自由しないだろうと考える人がほとんどだけれど、その実態はむしろ逆だ。黒崎家に生を受け継いだ者には一切の自由が与えられず、屋敷での閉鎖的な日常を送らなければならない。
学校までの送り迎えは当たり前だし、近くの公園まで散歩する時ですら、常に従者を付き添わせておかなければならない。
まさに不自由の極み。着替えや料理など全て従者達がする。何一つ自分で物事を為す必要性がなく、例え私がそれを望んだとしても、強情な従者達は揃って首を左右に振るだろう。
私は普通の一般家庭が羨ましい。黒崎家では絶対に出来ない料理や洗濯などの家事を自分ですることが出来るのだから。
そして、何よりも魅力的なものは人生に選択肢があるという事実。何種類もの選択肢の中から好きな進路を選び、やりたいことをやる。
まさに自由に生きられる権利があるのだ。もちろん、それ相応の努力や才能が求められるが、そんなものは些細な事だ。
やりたい事なんて何一つ出来ず、望まない相手と政略結婚し、不自由のまま生涯を終える。そんな絶望しかない人生を、何故他の人達が羨ましがるのか理解不能だ。
私は自分のやりたい事をしたいし、結婚だって好きになった人としたい。普通の家庭で普通に生きていきたいし、その幸せを味わえるのなら貧乏でも構わなかった。
けれど、そんな願いが叶うはずもない。お金で命が買えないように、黒崎家ではお金で自由を買うことはできないのだ。
なんて皮肉。お金なら腐るほどある黒崎家だというのに買えないものが個人の自由だなんて。
人が持ってて当たり前の権利を私には与えられず、莫大な資金と権力だけが私に付きまとう。まるでそれが代償とでも言うように、黒崎家に永遠と束縛され続ける。
これはもはや一種の呪いだ。何度斬っても植物の根のように私の周囲を這い回り、絡んでは締め上げる。それほどの粘着性を何度も目の当たりにした私は、いつの間にか全てを諦めるようになっていた。
――――黒崎家の生まれである限り、この呪いを解くことは不可能だと。
それが、小学校高学年の時にたどり着いた私の結論だった。
◆◆◆
私に変化があったのは中学2年の時。このクラスに転校生がやってきたのがきっかけだった。家の事情ではるばる遠くからこの学校の近くに引っ越してきたらしい。
いったいどんな人が来るのかとクラスでは話題になっていた。男なのか、女なのか。ブサメンなのか、普通なのか、それともイケメンなのか。もしかしたら美少女かもしれないと男子の願望も入り乱れ、クラス中がその話題に花を咲かせる。
―――が、それが続いたのは朝のホームルームまでだった。何故なら―――
「白銀鏡夜です。宜しくお願いします」
そういって丁寧にお辞儀をする白銀と名乗った転校生を目の当たりにし、私たちは唖然としたからだ。
原因は一目瞭然。彼の容姿だ。
日本人とは思えない真っ白な髪に微かに色のある肌。右目は血の沼を思わせるような深紅色で、対となる左目は日本人らしさを主張する黒色だった。
―――オッドアイ。その単語がクラスにいる人達全員の脳裏に思い浮かんだことだろう。
そもそもオッドアイとは、左右の瞳の色が異なるものに対してそう呼ばれる、いわゆる虹彩異色症のこと。
青と橙色などの明るい色合いなら好印象を持たれたかもしれないが、彼の瞳は赤と黒。
少し暗い……というより、不気味さのある色合いだ。中性的な童顔に少し長い白髪、そしてその髪をヘアゴムで結って肩にかけてはいるが、瞳の色がそられらの魅力が相殺されている。
つまり結論を言うと、あまりに現実離れした容姿だ。いい意味でも、悪い意味でも。
最初こそ私も含めてクラスの人達は戸惑ったものの、取り敢えず仲良くしておこうと何人かが彼に話し掛けたりしていた。
しかし、問題は容姿だけではなかった。だが、特に性格に問題がある訳ではないし、むしろ尋ねたことはちゃんと返答してくれる。ただ、問題点を挙げるとするならば、それは彼の瞳だろう。
理由は色合いなどではない。人によってはそれよりたちの悪いもの。
そう、彼の瞳はまるで他者の心の中を見透かしているようなほど澄んでいるのだ。しかもそれだけではない、彼は他者の考えを先読みして行動することがわりとあった。
そのせいか、気遣いが上手過ぎてまるで人の心の声が聞こえているのではないかとクラス内で噂され、容姿も相まって余計に不気味がられた。
その噂が学校中に流布された頃には、彼に話し掛けるクラスメートは一人もいなかった。もちろん、私は彼が転入してきた時に軽く挨拶して以降、話し掛けることがなかったし、話し掛けられることもなかったけど。
◆◆◆
白銀鏡夜がクラス内で孤立してから一週間が過ぎた。クラスメートは彼に話し掛けられたら答えはするが、あまり関わりたくないようですぐに距離を取って避けたりしていた。
当の本人である彼自身は素っ気ない態度をされるのに慣れているのか、諦めたようにクラスメートを見ていた。
授業後にある休み時間では日数が経つにつれ誰とも喋らなくなり、今では一人で本を読んでいることがほとんどだった。
私も似たような状況だけれど、それは自分の意志で孤立したのであり、自分の意志とは関係なく孤立している彼とは違う。似て非なるものとはまさにこのような関係性をも、表すのかもしれない。
そんな事を考えていた私はふと、時計を見て時間を確認する。さきほど4時間目の授業が終わり、昼休みは始まったばかり。クラスメート達はそれぞれ弁当や購買で買ったパンなどを机に広げ、仲良しこよしでそれぞれ集まって食べていた。
普通、中学校は給食というものがあるのだが、この学校は生徒達を高校生活にいち早く慣れさせるためという理由で給食はない。
この学校の創設者はとんだ変わり者だ。偏屈ジジィなどと口汚く言われているくらいには。
……話を戻そう。
そんな和気藹々とした雰囲気に耐えられなくなったのか、教室から出ていく者が一人いた。
言わずとも分かるだろう、白銀鏡夜だ。彼は弁当も持たずに手ぶらで教室を出ていった。丁度私もこんな居心地の悪い教室から出ていこうとしていたので少し、興味本意で彼のあとを追ってみることにした。
弁当を持っていないとすると、向かう先は購買かと予想をしていたけれど、彼は購買のある方向とは真逆に歩いていくのでその予想は呆気なく外れてしまった。
ではいったいどこに向かっているのかと勝手に彼の後ろをつけていく内に、私がいつも昼食を済ませている中庭へとたどり着いた。
あそこの中庭はほとんど整備されておらず、かなり古く寂れている。綺麗なグリーンカーテンで覆われたベンチは校舎の窓からは死角になっており、生徒から見られることがないし、そもそもこの場所を知っている生徒は今のところ皆無だ。
グリーンカーテンから降り注ぐ木漏れ日は適度な温かさを与え、昼食や読書、昼寝などに最適な場所となっていて、私の居心地の良い場所ランキング第1位となっている。
そんないつもの中庭に白銀鏡夜がベンチに座っている。私のお気に入りの場所なだけあって、彼は気持ち良さそうに目を細めた。
「そこに誰かいる……よね?」
隠れていた場所に彼が目を向けたかと思うと突然声を投げ掛けた。
言葉こそ疑問系ではあるが、彼の双眸がしっかりと私のいる場所を捉えていた。私はバレているのならこれ以上隠れても意味はないと判断し、大人しく木陰から姿を現す。
木陰を注意深く警戒していた彼は、そこから出てきた私を見て意外そうな顔をした。
「えっと、黒崎狂華さん……だったかな?」
彼は少し不安げに私の名前を言った。間違っていたら訂正させていたけれど、生憎と間違っていないので私は肯定した。
「ええ、それで合ってるわ」
「どうしてこんな所に?」
「それはこっちの台詞よ。私、昼休みはいつもこの場所にいるもの」
「え、そうだったんだ…。ごめん、今すぐ出ていくよ」
そう言ってそそくさと立ち去ろうとする彼を私は腕を掴んで止める。
「別にいても構わないわ。この中庭は私が勝手に使っているだけであって私の物じゃないから」
そう言って私は近くのベンチに座り、手に持っていた弁当箱を開けて昼食を摂り始める。ちなみに弁当箱は両膝の上に乗せてある。
「そう、なんだ…。じゃあ、お言葉に甘えようかな…」
少し戸惑う彼だが私が本当に気にしていないのを確認すると私と反対側のベンチに座った。彼はベンチが汚れていないかを確認し、背もたれに体重を預けると小さく一息ついた。
「貴方…昼食は摂らないの?」
「お腹空いてないから」
「……でもベンチに座る時、一瞬だけれど貴方の視線が私の弁当箱に向けられていたわ」
「…………興味本意だよ」
視線は気のせいかもしれないと思っていたが、見事に反応してくれた。本人は気付いているかどうかは知らないけれど、明らかに目が泳いでいる。
「本当にそうかしら?」
「本当もなにもそれが真実なんだけど…。実際女の子のお弁当なんて見たことなかったんだし…」
「………そう、疑って悪かったわね」
適当に謝りつつ弁当箱から卵焼きを箸でつまむと、自分の胸がある高さまで持ち上げる。そしてゆっくりとした動作で左へと卵焼きを移動させた。
「もぅ、ほんとだよ。あんまり疑い過ぎると人間不信になるよ?」
そう言いながらも彼の視線は私の動作と同じ速度で左へと動いている。
「ええ、気を付けるわ」
そして卵焼きを右へと移動させる。今度は先程よりも少しだけ速めに。そしてそれにつられて動く視線。
(ふふっ、分かりやすいほど単純ね)
私は思わず心の中で笑ってしまった。お腹が空いていないと言いつつも視線が卵焼きに釘付けになっている。目は口ほどに物を言うとはまさにこのことだろう。
いつまでも遊んでいる訳にはいかないのでさっさと卵焼きを口の中に運ぶと彼は少し残念そうな顔をした後、まるで邪念でも振り払うかのように軽く首を左右に振った。
「とにかく、僕はもう寝ることにするよ」
「それは残念ね。疑ったお詫びでお弁当のおかずを一つあげようと思っていたのだけれど……本人が寝ると言うのなら私はその意思を尊重するわ」
「…………………………」
「あら、どうしたの? 早く寝ないのかしら?」
彼がお腹を空かせていると知りながらわざと尋ねる。それに対して彼は眉間にしわを寄せると少し怒ったように言った。
「言われなくても―――」
――――グゥゥゥ。
―――そうするよ、という言葉は腹の虫が鳴った事によって紡がれることはなかった。
音の発生源は私ではなく、目の前にいる彼だ。彼はリンゴのように顔を真っ赤にさせて両手でお腹を押さえている。
教室ではいつも表情が乏しい彼が顔を真っ赤にして羞恥心に身悶えしている。そのギャップに私は思わず微笑した。
「やっぱりお腹を空かせているじゃない」
「………悪い?」
「いえ? 何も悪くないわ。ただ、どうしてお腹が空いているのに何も食べようとしないのか気になっただけよ」
「それは……」
彼が言おうか言うまいか逡巡している。しばらくして決心がついたのか、かなり小声で語りだした。
「うち、かなり貧乏でさ…」
「そうなの?」
「うん。両親は仕事で忙しいからいつも家にいなくて……たまに帰ってきたりもするんだけど、疲れているからお弁当なんて作らせること出来ないし、何より冷凍食品ってけっこう高いから…」
「じゃあ購買で何か買えばいいじゃない。冷凍食品よりは安いはずよ……多分」
多分、と付け足したのは私が冷凍食品の値段を見たことがないからだ。そもそも黒崎家では全て料理人達の手作りなので冷凍食品及びインスタントは食べたことがない。
購買で売ってる物の値段は見たことあるのでそれに比べればまだ安いはず。
「購買……確かに冷凍食品よりは安いんだけど、毎日買わなきゃいけないし結局、総合的に見れば対して変わらないんだ」
「貴方……ほんと面倒ね」
「なんで僕はストレートに侮辱されたの!?」
彼の面倒くささに頭を抱えたくなったのでつい本音が漏れてしまった。
というか、表情が乏しい彼がこうして人間らしさを見せてくれると、やっぱり彼も私達となにも変わらないと感じられる。当たり前のことではあるけれど。
「仕方ないわね、さっきも言った通り私のお弁当のおかずを少しだけ分けてあげるから感謝しなさい」
「え、でも……さすがに悪いよ」
「貴方を侮辱した謝罪の代わりよ。遠慮されるとむしろ私が困ってしまうわ」
「まぁ、そういうことなら…」
彼は少し申し訳なさそうにしながらも私の提案にのってくれた。
「はい、あーん」
「それはさすがにやらないよ!?」
もう少し彼の人間らしさを見たくてついついからかってしまった。それに対し、彼は耳まで真っ赤にして叫んだ。
彼は意外と初心なのかもしれない。そういう反応をする彼を見ると、私は可愛いな、という感想を抱いた。
後編は多分はしょるかもしれないです。