前世の終焉 前編
もう少し残酷な異世界を書いてみたいと思って始めてみました。
……なんだろう、この夏になったら「冷やし中華始めました」的な気軽さは。
残酷な異世界書いてみたいと思いつつ、多分ちょっとゆるくなる気がします。いやだって、最初に書き上げて見直しした時に「これ、残酷過ぎかな…」と思い、修正後にもう一度見直しして「もうちょっとゆるくてもいいかな」と思って再修正…。
そりゃゆるくもなるよね(現実逃避)
突然だけどアルビノという病気を知ってますか? アルビノとはメラニンの成合成に関わる遺伝子情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患がある個体である……らしい(グーグレ先生調べ)
見た目は赤い瞳に真っ白な髪、肌は真っ白の人もいれば多少日焼けしている人もいる。アルビノの人が街を歩くと興味本意などの視線がビシビシ伝わってくるんだよね。
あ、すみません。自己紹介がまだだったね。僕の名前は白銀鏡夜。今年で17歳になったので本来ならバリバリの高校生やってます……そう、本来なら。
え? そんなもったいぶるなって? す、すみません……ちょっとシリアスな雰囲気を出してみたくて…(゜∀゜;)
そうだね。もったいぶらずにさっさと話した方がいいかも。
今から17年前、生まれた当時の僕は紛れもなくアルビノでした。真っ白な髪と肌に赤い瞳、アルビノの最もな特徴とも言える部分を見たお医者さんが間違えるはずもありません。
あ、もちろん僕は歴とした日本人ですよ? 両親も日本人なので。しかもそれを証明するかのように、左目だけは日本人らしさを主張する黒い瞳だったし。
でもこの日本人離れした容姿せいで幼稚園や小学校の頃は散々な目に遭ったのを今でもよく覚えているよ。今思えば幼いが故の行動だったのかも。
でも中学は特に酷かった。幼稚園とか小学なんて可愛いくらいだと思えてくる。陰湿ないじめから始まり直接的な暴力まで。
特に夏休み。1人で買い出しした帰り道、近くの公園を通ったんだけど、いじめの主犯グループからモデルガンで四方八方から撃たれたのはかなり怖かった。
しかも違法改造してるのか一発の威力が高くて当たるたびに狙撃された箇所に激痛がはしったから逃げるのにかなり苦労したんだ。それ以降、夏休みに外出することはなかったから幸いと言うべきなのかはわかんないけど。
訴えてやりたい気分になったけど両親にはいじめを受けていることを言っていないので当然知らないし訴えないけどさ。
両親も仕事が忙しくてあまりかまってくれる時間はないけど、それでも僕はとても幸せだった。だからこれ以上、両親の負担になるようなことは絶対にしないと決めているんだ。それは今までも、そしてこれからも変わることはない。
人間は自分や周囲より異端なものを嫌う傾向はあるけど、これはあまりにも酷くないかと思ったよ。別になにも悪いことなんてしていないのにここまでの仕打ちはどうなんだと、一度大声で叫んでみたかった。
でも僕はそれを必死に我慢して、耐え続けて、溢れそうになる涙を無理やり引っ込めて…。
凄くつらかった。凄く悲しかった。それでも僕は、両親の前で笑顔でいつづけた。だって両親には幸せでいて欲しかったし、悲しませたくなかったから。
暴力を振るわれて怪我をした時は、走ってこけたのだと、そう言って誤魔化した。母は少し首を傾げていたけど、もともと僕は少しドジなところもあるので特に詰問されたりはしなかったのが救いかな。
高校を卒業すればこの苦痛から解放される。そう信じ続けて今まで僕は頑張ってきました。
しかし、現実は僕が思うほど優しくなかった。
中学3年の卒業式が終わった数日後、僕は突然立ちくらみを起こしてリビングで気絶した。
二人ともあまり家にいることが出来ないんだけど、珍しく夜中に帰ってきた母がリビングで倒れている僕に気がついて顔を真っ青にしたらしい。
急いで救急車に搬送され精密検査を受けた結果、出てきたのは治療が非常に難しい心臓病ときた。しかも余命は約2年とまで言われた。
ただでさえ珍しいアルビノなのにその上に難病の心臓病を患うってどんな確率だよ!?って文句を言いたい。
その時、僕はいったいどんな表情をしていたのかわからない。ただ、僕の隣にいた母がその場で泣き崩れたのはよく覚えている。
心臓病の名称はなんだったかな…? えーっと心臓なんとかだったはず。心臓弁膜症のような気が……やっぱり違ったかな…?
今からずっと入院生活しても余命約2年って聞いた時点で自分がどんな病気か興味がなくなった。泣きながら母は心臓病を治せる確率を聞いたけど、医者は難しい顔で10%程だと言った。
手術をして成功するのが10回中1回…。それに医者の表情から察するにそれでもかなり高めに見積もった確率だったと思う。本当はもっと低いのだと、簡単に理解出来た。
しかし母は諦めなかった。すぐさま父に連絡し、専門の病院へと入院するようにとお願いした。それなりにお金がいるところなのに、僕の状況を知った父に迷いはなかった。
正直言ってうちは貧乏だ。僕のせいで両親に迷惑がかかると思うと胸が痛む。
入院してから数日後、初めてお見舞いにきた父に「ここの病院高いでしょ? もう少し入院費が安いところにしないの?」と聞いたら父は「大事な息子の命か懸かっているのだから当然だ」と言われ、僕はたまらなく嬉しくなった。
入院生活を送ることになった僕は、高校には通えないみたい。幸い、病気が発症したのは中学を卒業した後だから運がいいのか、悪いのかはわからないけど。
◆◆◆
入院してから半年が過ぎた。特になにもすることがなく、ただ食べては寝るという生活を送っていた。母も父も多忙で滅多にお見舞いには来られないし、親戚の人も数回来ただけ。友達はいたけど何も伝えてないため当然誰一人としてここに訪れていない。
我ながら寂しい人生だと、小さくため息をついた時、母がやって来た。久しぶりに姿を見た僕は、以前とは違う母のお腹に目を向けた。
結論を言うと、僕が入院する前にどうやら母は妊娠していたようだ。最初はそれに気付かずに数ヶ月前までは普通に仕事をしていたらしいんだけど、それから数日後には異変に気付いて産婦人科へ行ったところ、妊娠していた、と。
母は妊娠しても出来る限り仕事を続けた。栄養には気を使っているもののとうとう無理そうになったので休みを取ったそうだ。だからこうしてお見舞いに来れるのだと、嬉しそうに話していた母はとても印象に残った。
ああ、これで未練がなくなった。僕がいなくなればきっと両親は悲しむ。それは子供を授かっていたとしても変わらない。
でも今はもう僕一人じゃない。母のお腹には二人目の子供がいる。僕が死んでも、きっとこの子が両親の希望になってくれるに違いないと不思議と確信した。
その日の朗報は僕の心を満たすと同時に、悲しい覚悟が決まった日となった。
◆◆◆
―――それから約1年後。僕は相変わらず入院していた。これまで何度か手術を受けたものの、成功することはなかった。というか、むしろ悪化した。
まだ医療技術が発展途上なのだから無理もない。こんな難病、そうそう治せるものでもないとわかりながらも父と母は諦めなかった。
多額の金を払って有名な医者を呼んだりもしたけど、他のお医者さんと同じ反応をしていた。一応精密検査を受けたけど、そのお医者さんは目を伏せながらもう手遅れのレベルに達していると、残酷な現実を告げた。
何故生きているのか不思議でならない、いつ死んでもおかしくない状態だとも言っていた。
それを聞いた両親はとても悲しんだ。その日はずっと泣いてた気がする。僕も多少泣いていたけど、心は自然と晴れやかだった。
僕の隣には母に抱き抱えられている妹がいるのだ。僕と違って、ちゃんと日本人らしい黒髪黒目をしている。これなら生きていく中で容姿でいじめを受けることはない。ちょっと安堵。
生まれてからまだ1年しか経っていないけど将来はきっと美人になると思う。贔屓目なしでだよ?
僕は病院から外出することが禁止されているから家にいてあげられないし、世話をしてあげることさえ出来ない。
もしも僕が病気じゃなかったら、今頃こんなことにはなっていなかったんだろうなぁ…と想像しては現実に目を向けて落胆する。
そんな僕の様子に構わず母に抱き抱えられた妹はきゃいきゃいと無邪気にはしゃいでいる。君は楽しそうでなによりだよ…。
妹が両手をゆっくりとこちらに伸ばしてきた。それに気付いた母は僕の近くへと歩み寄り、妹の手が届くように補佐する。
僕自身もそれに協力するように妹へと手を伸ばした。まだか弱い小さな手を優しく触る。赤ちゃんの手って柔らかくてもちもちしてて触り心地が結構いいんだね。
ある時、ふっと消えてしまいそうな灯火を連想させる小さな命。赤子から幼児へ、幼児から子供へ、子供から青年へ、青年から成人へと、これから年月を重ねてそれは大きくなっていく。
僕はもう、家族のこれからを見ることは二度とない。日が進むごとに嫌でも実感してしまう、薄れゆく命の炎。ふとした時に、消えてしまいそうな小さな灯火。
ある意味、それは妹と同じ。でも決定的に違うのは、僕に宿っているのは最後の灯火だということ。燃え尽きる寸前の儚い命。
……そろそろ、潮時かもしれないと僕は悟った。
◆◆◆
一週間後、病院のベットでふと目が覚めた。最近、起きている時間より眠っている時間の方が長い。一年前はまだそんな事はなかったけど日を追うごとに睡眠時間が徐々に延びている。
1分間における心拍数も減り、脈拍も弱々しくて常に眠い。起きているのが辛い。ボーッとしていたらついつい瞼を閉じて眠ってしまいそうになる。
窓から入り込む心地のよい風に髪をなびかせる。視線だけを動かして近くの時計を見てみると午前7時を少し過ぎたところだった。
「あら? 起きたの?」
すぐ近くで声がした。若い女性の声。僕は声のした方へと視線を向けると、そこには僕と同じくらいの年齢の少女がいた。
ロングハーフアップの黒髪に、黒と白を基調としたフリル付きの制服。スカートから伸びるスラッとした長い脚が組まれていて、実に艶かしい。しかも黒のニーハイソックスつきだから余計に。そして人の病室で勝手にティーセットを広げるというその自由さに僕は一人だけ心当たりがあった。
「えっと、黒崎さん……だよね?」
「ええ、そうね。貴方の可愛い黒崎よ」
「あはは…その態度は中学の時から変わらないね」
全く変化のないその態度に僕は思わず苦笑する。
今、僕の目の前で座っている少女は中学の時に一緒のクラスだった黒崎狂華。世界で1、2を争うほどの大企業である黒崎家のご令嬢。彼女にその気があれば軍の一つや二つ、動かすことなど造作もない。
家柄だけでなく存在感そのものが彼女を特別たらしめていて、クラスでかなり浮いていたのを覚えてる。
ずっと一人でいる彼女を見かねた僕は、話し掛けたり、時には本の貸し借りをしていて、いつの間にか仲良くなってたんだよね。そのせいもあってかイジメ主犯を筆頭にしたグループから余計に虐められるようになったけど。
そんな昔話に脳内で花を咲かせていると、黒崎さんが少し怒ったような表情を見せた。
「それで、なにか申し開きはあるかしら?」
「ん? なんのことかな?」
「とぼけても駄目よ。入院生活を送っている時点で誤魔化せるなんて考えは捨てた方がいいわ」
そう言いながらティーカップを片手に紅茶を啜る黒崎さん。やっぱり彼女を誤魔化すには流石に無理か。コトっと小さな音を立ててティーカップが定位置に戻される。
黒崎さんにはイジメられていたことも、そして今の病気も一切伝えていない。中学を卒業してそれぞれ違う高校へ入学した(僕の場合は入学する予定だった)のでそれ以降会うこともなかった。
「さすが黒崎さん。やっぱり敵う気がしないよ」
「だったら洗いざらい吐いた方がいいんじゃないかしら。きっと楽になるわ」
「そうしたいのは山々なんだけど、それをするのは最後にしたいんだ。駄目かな?」
「どうして?」
怪訝そうな視線を向けられたので僕は黒崎さんの顔から少し視線を下に移動させる。
「凄く似合ってるその服装はどうしたのかなってずっと気になっててさ。今まで何があったのかを僕は知りたいんだ」
「そ、そう……それなら仕方ないわね」
平静を保っているつもりなんだろうけど、顔が赤くなってるし目も少し泳いでる。黒崎さんは人に褒められる事に対して慣れていないようで、こうやって褒めるとすぐに顔を真っ赤にして動揺する。
ほんと、すっごく可愛いんだよね。学校では高嶺の花とか言われてるけど、全然そんなことないし、話してみればどこにでもいる普通の少女と変わらない。
ちなみに余談ではあるんだけど、そんな『高嶺の花』の黒崎さんと仲が良くなったことで、それを知った全校の男子(と一部の女子)から猛烈な嫉妬の嵐に見舞われた。
「その反応も相変わらずだね」
「………未だに慣れてないだけよ。それより私のことについて知りたいのでしょう? いいわ、教えてあげるからちゃんと聞きなさい」
「うん、是非ともお願いするよ」
どこか誤魔化すようにちょっと早口で言う黒崎さん。僕はそれを指摘することなく喜んで聞き役に徹した。
彼女が中学を卒業した後、私立黒薔薇女学院に入学したこと。そして今着ているのがその制服だということ。そして、その女学院でも相変わらずボッチになってることなど、色々な事を聞き、気付けば昼過ぎになっていた。
「ねぇ」
「ん? なに?」
「私の勘違いかもしれないけど、貴方以前より痩せたかしら?」
「うーん……どうだろうね。最近は寝てる時間の方が多くてまともにリハビリもしてないし…むしろ太ってるかも」
ちょっと茶化すように言う。いや、でも食っちゃ寝生活送ってるから本当に太ってるかも…。冗談で言ったつもりだけどなんだか段々と怖くなってきた。黒崎さんに肯定されたらショックで3日は絶食しそう。
けれど僕の冗談を聞いた黒崎さんは、軽く首を左右に振った。
「それはないわ。私の記憶では以前の貴方より痩せているくらいだもの」
席を立った黒崎さんが、病院のベットでずっと横になっている僕へと近付くと、腕や脚、そしてお腹回りをペタペタと触っていく。
しばらくしたらそれを止めてゆっくりとベットに腰を掛けた。
「何してたの?」
「貴方の体を触っていたわ」
「いや、そうじゃなくて」
「冗談よ。少し調べていただけ」
いったい何を調べてたんだろうと僕は頭に疑問符を浮かべる。すると黒崎さんが神妙な面持ちで質問した。
「ねぇ、正直に答えてほしいのだけれど……貴方、歩ける?……いえ、そもそもベットから起き上がれる?」
いきなり核心を突いてきた物言いに、僕は思わず目を逸らした。その反応で十分だったのか、黒崎さんは呆れたようにため息をついた。
「その様子じゃ、だいぶ酷いみたいね」
「あはは、否定はしないよ」
「そう…」
「それよりさ、ずっと気になってた事があるんだかど、聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
「黒崎さん、どうやって僕がここに入院してることを知ったの? 僕は家族以外誰にも言ってないはずだけど…」
「ッ……!」
これはちょっとした仕返し。いきなり核心を突くような物言いをされた気持ちを是非とも彼女にも味わってもらいたい。まぁ、彼女がどうやって知ったのか、だいたいの予想はついてるけど。
「………黒崎家の力、とだけ言っておくわ」
「あ、やっぱり?」
「知ってて聞いてきたのね。貴方ってちょっと性格悪いわ」
「ごめんごめん、もうしないよ。それで、もしかして黒崎家の力を使って僕の状態も知ってたり?」
「いえ、貴方がどんな病気で今どんな状態かも知らないわ。貴方の口から直接聞きたいし」
「そっか…。だったら病気のことを言うのが辛くなるね」
その言葉を切っ掛けに、僕は自分の現状を嘘偽りなくそのまま伝えた。体が段々と動かなくなっていることなど全て洗いざらい吐いた。
「…………冗談……ではないわよね」
「それはそうだよ。冗談でこんなこと言えるほど僕の肝は据わってないよ」
もう一度茶化すように言ってみるが、黒崎さんの表情は晴れない。むしろ沈痛な表情を浮かべている。
「どうしても、治らないの…?」
「……余命、半年だってさ」
「…ッ!」
パリンッ、とティーカップの破砕音が静かな病室に響く。
「ごめんなさい、少し動揺してしまったわ…」
そう言って割れたティーカップの破片を拾い上げる黒崎さん。
「少ししか動揺してくれないの?」
「茶化さないでッ!」
「…ッ!」
黒崎さんが急に大声で叫んだので僕は思わずビクッと肩を揺らした。そんな僕の様子なんてお構い無しに黒崎さんは捲し立てる。
「どうして貴方はいつもそうなのッ! そうやって人を茶化しては大事なことを誰にも言わず一人で抱え込んで! 私がこの状況にどれだけ苦しんでるのか分からないの!? 大切な人の余命が半年なんて聞かされて、どれだけ絶望してるのか、貴方にはわからないの!? なのに、どうして……貴方という人は――――」
黒崎さんの声が段々と弱々しくなる。顔を伏せているから表情は見えないけど、そこから流れ落ちた涙を見て僕は息を呑んだ。
少し考えれば、誰でも分かることだった。友達の余命が半年なんて聞かされて、平然としている人間がいるわけない。普段から冷静で落ち着きのある彼女だって、今は涙を流して悲しんでいる。
「一人で抱え込んでてごめん…」
「そうよ……どうして私を頼ってくれなかったの? どうして、何も言ってくれなかったの?」
「…………それは…」
「迷惑かけたくなかった……でしょ?」
「………」
「沈黙は肯定と見なすわ」
責め立てるような強い口調に、僕は一切反論出来なかった。気圧された訳じゃなくて、そう思っていたのが事実だから。
病気のことを話したら、黒崎さんは心配してくれる。もしかしたら世界一の医者を呼んできて治してくれるかもしれない。
でも、僕は黒崎さんに甘えられなかった。万が一……いや、億が一でも嫌われる可能性があるから僕は何も伝えなかった。こんな酷い人生の中で、たった一人のかけがえのない友達を失いたくなかった。
僕は少しだけ深呼吸を繰り返し、ポツリポツリと言葉を漏らす。それはまるで、今まで抱えていたものが崩れ落ちるかのように、ゆっくりと瓦解していく。
「僕は……黒崎さんに、嫌われたくなかったんだ…」
僕の本音に、黒崎さんは目を見開いた。
「ッ! 本当に馬鹿ね……そんなことで貴方を嫌うなんて絶対にないわ」
「僕の病気を治すには、凄くお金がいる…」
「なら代わりに私が払ってあげるわ」
「そこまで甘える訳にはいかないよ…」
「だったら私の専属執事として雇ってあげるから借金はちゃんと働いて返しなさい」
「あはは……それは、思い付かなかったよ…」
「……相談くらい、しなさいよ…」
「そうだね、そうしていれば……もう少し変わった未来があったかもしれない」
少しだけ後悔する。もし、僕がもっと早く、黒崎さんに病気のことを伝えていたら、数年後には彼女の専属執事として働いていた未来があったのかもしれない。
(嗚呼……もし、黒崎さんの言う未来だったら、きっと今以上に幸せなんだろうなぁ…)
もう叶うはずもない未来を夢想しては悲哀の感情が溢れてくる。それにつられて涙も出てきた。
黒崎さんにみっともない姿を見せたくないのに、涙は制御がきかず流れ落ちる。いろんな感情がごちゃ混ぜになりながらも、僕は最後の覚悟を決めた。
「黒崎さん」
「な、なによ…?」
僕と泣いていた黒崎さんは僕の方を向きながらゆっくりと顔をあげた。
それは、今までに見たことがないくらい、顔をくしゃくしゃにしていた。普段のクールさの欠片も感じられない、泣きじゃくる子供のように。
「最後に、お願いがあるんだ…」
それを聞いた黒崎さんは泣きながら左右に首を振る。それは、僕の死を必死に否定しようとしているみたいで、とても見ていられなかった。
「嫌っ…! 嫌よっ…! お願いだから、最後なんて言わないで…! もっと私を頼っていいからッ! もっと私に甘えていいからッ!」
「黒崎さん」
もう一度、彼女の名を呼ぶと僕はゆっくりと、彼女の泣き顔に腕を伸ばした。彼女の頬に優しく触れて、涙を拭う。
「お願い、もう時間がないんだ」
「…ッ!? そんなの分からないじゃないっ! 余命だってまだ半年もあるわ!」
「違うよ、僕はもう長くないって実感してるんだ。多分、今日の夜か明日には―――――死ぬ」
「――――――ッ!」
もう、黒崎さんを泣かせたくない。でも、真実を告げなきゃお願いを聞いてもらえそうにない。だから僕は、心を敢えて鬼にする。今は、せめて今だけは、言うことを聞き入れて欲しい。そう思いながら、僕は泣きじゃくる彼女の頭を撫で続けた。
「―――て、あ――――わ」
数分後、泣き止んだ黒崎さんは、何かを呟いた。
「ん?」
「だから、その……貴方の願い―――聞いてあげるわ」
「ほんとに?」
「ええ、私も……覚悟を決めたの」
「そっか……ありがとう、お願いを聞いてくれて」
少しだけ彼女の雰囲気が変わった気がしたけど、僕はひとまず安堵した。
「それで、貴方のお願いってなにかしら?」
「ああ、それは――――」
◆◆◆
「――君、――て―――――ら。白銀君、起きてくれるかしら」
「うっ……んん?」
誰かに呼ばれた気がして僕は目を覚ます。寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡す。……どうやら車内のようだ。
「ようやく起きたの? 眠り姫ならぬ眠り王子ね」
「えと、黒崎さん…?」
「ほら、目的地に着いたわよ」
「目的地…?」
「あら、まだ寝惚けてるの? 連れて行って欲しい場所があったでしょ?」
「ん、そうだった。ありがとう黒崎さん」
半分ほど沈めていた意識をいっきに引き上げる。ちゃんと意識が覚醒したのを感じた。すると扉を開けた黒崎さんが僕を車から出す。
あ、もちろん僕は車椅子に座っている。筋肉がかなり落ちていてまともに歩けないのでこうして手助けしてくれる黒崎さんには感謝の気持ちと同時に非常に申し訳ない気持ちがある。
「爺や、後の事は任せたわ」
「かしこまりました、狂華お嬢様」
爺やと呼ばれた車の運転手は黒崎さんに深々とお辞儀をすると、再び乗車して走り去った。
この二人のたった一言のやり取りに、何故かただならぬ雰囲気を感じた。車が走り去った方向に視線を向けるが、外はもう日が暮れているので視認することが出来なかった。
「懐かしいわね、ここ」
「そうだね、確か中学の頃に一度来たきりだったかな?」
「そうね。私もあれ以降、ここへは来てないわ」
今、僕たちが来ている場所は黒崎家の所有する領地の一つ。少し広い丘の上にある小さな公園へ訪れていた。
ここは黒崎さんの家に初めてお邪魔したときに見せてもらった思い出の場所だ。ブランコや滑り台などの遊具が所々に見受けられ、この街全体を見渡せる位置には大きな桜の木が一本だけ聳え立っている。今は桜ではなく新緑の葉が生えているけど、また4月くらいになると必ず満開になる。
「黒崎さん、あの桜の木の下に座りたいんだけどいいかな?」
そう言いながら僕は桜の木に指をさす。
「ええ、もちろんよ」
すぐに承諾してくれた黒崎さんは車椅子を押してその場所へと歩き出した。
「ごめんね、苦労させて」
「気にしないで。むしろ、頼られて嬉しいわ」
「あはは、そう言ってくれると助かるよ」
「(本当にそう思ってるのに…)」
「ん? 何か言った?」
「いえ、なんでもないわ。ほら、手伝ってあげるから座るわよ」
黒崎さんに体を支えられながら車椅子から立ち上がると、僕は桜の木の根元へと腰を降ろした。ぎこちない動作で背中を木に預け、楽な姿勢になるようゴソゴソと背中を動かして調整する。
この場所は丘の中で一番気に入っている。昼は街全体を見渡せるし、夜は街の建物から光が溢れ、煌びやかな夜景が広がる。まるで街全体がイルミネーションのようにキラキラしてて眩しい。
「どう? 綺麗でしょ?」
街の夜景をバックにして佇む黒崎さんは、この世のものとは思えないほど美しかった。夜風に髪をなびかせている様はまさに幻想的で、ふとした時に見せる微笑みは、どこか妖艶さを兼ね揃えているように感じた。
だから僕は、自信を持ってはっきりと告げる。
「うん、綺麗だよ」
「ふふっ、ありがと」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。最後の願いを叶えてくれて本当にありがとう。黒崎さんがいなかったら、僕は病院から出られなかったよ」
「病院に脅しをかけるのは容易だったわ」
「あはは、黒崎家こわーい♪」
「そうよ、私を怒らせると怖いのよ?」
そう言って二人で微笑み合う。彼女の言う通り、僕はちょっと病院側に融通をきかせて出してもらったのだ。本当なら絶対安静でずっと病室にいなきゃいけなかったけど、そこは黒崎家の力を借りて見事に外出許可を得た訳だ。
家族には内緒にしているので少しだけ罪悪感が心を苛むけど、ちゃんとお礼やお別れの言葉を綴った遺書を残してきたので、例え今夜、病室に家族が来ても僕の居場所を突き止めることは不可能だろう。
「…………本当に黙っててよかったの?」
僕の隣に腰を降ろした黒崎さんがそんなことを聞いてきた。
「……それが僕の選んだ道だから。後悔はしてないよ」
「本当に?」
「……実はちょっとだけ後悔してたり」
「ふふっ、やっぱり後悔してるのね」
「むぅ、うるさいよ」
文句を言いながら彼女のおでこに軽いデコピンをかました。
「全く痛くないわ…」
「そりゃあ、痛くならないようにしてるからね」
「あら、意外と紳士ね」
「僕はいつも紳士だよ」
「くすっ、それ、自分で言うのかしら?」
「黒崎さんが笑ってくれるなら何度でも言うよ」
「嬉しいことを言ってくれるわね。ならそのご褒美よ、ありがたく受け取りなさい」
「あはは、何が貰えるのかたの―――」
―――楽しみだよ、という僕の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
突然、唇に伝わるしっとりとした柔らかい感触と鼻腔をくすぐる甘い香り。
一瞬、何が起こったのか僕は理解出来なかった。そして唇から柔らかい感触がなくなると、目の前には顔を真っ赤にした黒崎さん。夜なので細部までは見えないけど、きっと林檎のように真っ赤になっているに違いない。
―――――キス、された。
その衝撃的な事実に僕の脳は処理落ちしてとっくの昔にショートしている。黒崎さんの顔が林檎のように真っ赤だと言ったけど、多分僕も同じくらい真っ赤になってると思う。
頭から湯気が吹き出てきそうなほど体全体が熱を帯び始める。
「あ、えと、あの!」
「な、なに…?」
「今のって…」
「も、もしかして……い、嫌、だったかしら?」
「う、ううん、嫌じゃないよ。それに、初めてだったし…」
「そ、そう…」
ヤバい。何がヤバいかって物凄く恥ずかしい。穴があったら入りたいくらいに。そしてこの微妙な空気がつらい。
それに僕が初めてだと言った時に、黒崎さんの口がニヤけて嬉しそうにしていた。なにこれ、めっちゃ可愛い…!
滅多に見せない可愛い一面を見せてくれた時の破壊力が凄まじい。軽くキュン死してしまいそうなくらいだよ。
「ね、ねぇ…!」
「な、なにかな?」
ついに沈黙に耐えきれなくなったのか、黒崎さんが話し掛けてきた。
「その、私も……初めてよ」
「ッ!」
「ど、どう?」
「う、嬉しい……かな」
「ッ! そ、そう。ありがとう」
そう言ってお互いの表情を見ると、同時に吹き出した。
「あははっ、もぅ、なんなのこれっ」
「ふふふっ、本当にね」
気恥ずかしさはまだ若干残っているものの、もはやお互い気にしてない。確かに最初こそ驚いたけど、僕はいつかこういう未来もあるんじゃないかと、心のどこかで期待していた。
それがこんな状況であるなんて想像もしてなかったけど。
「嗚呼、ほんと。せっかく決めた覚悟が揺らぐよ」
「覚悟…?」
「そう、死ぬ覚悟だよ。でも、今ので死にたくないって気持ちが強くなって……本当に困ったよ…」
「私だって、覚悟を決めたつもりだったけれど、やっぱり貴方が死んでしまうのを想像すると、どうしても震えが止まらないの」
黒崎さんの頬に涙がつたう。本当に僕を失うことを恐れている。それが分かっただけで、僕の気持ちは満たされていた。
僕は精一杯体を動かすと震える彼女の肩に手を置き抱き寄せて、耳もとで安心させるように囁いた。
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言いながら黒崎さんの背中を優しくさする。
「生きていれば必ず終わりが来る。僕の場合、それが少し早かっただけ」
「私はそれを受け入れたくないわ。せっかく手に入れたものを、そう簡単に手放したくない」
「でも受け入れなきゃいけない。僕だって、本当はもっと生きていたい。けど、そういう運命だったんだから仕方ないよ」
「運命なんて言い方、私は嫌いよ。どうして貴方はそうやってすぐ諦めるの?」
「足りなかったんだ、何もかも。僕には生きる意味も、価値も、力も……何もかも足りなかった」
酷く醜い世界なら、そこで僕が生きる意味も、価値もない。どこを見ても敵ばかり。そんな中で迫害、いじめ、差別……それら全てが四方八方から自分に向けられているのに、どうして生きたいなんて願うのだろう。
「私では、足りなかったというの?」
「嫌われたくなかったって言ったでしょ?」
「それで死んでは元の子もないわよ…!」
黒崎さんの言葉の節々からは、静かな怒りを感じる。
「それでもだよ。僕にとって黒崎さんに嫌われる事は、死ぬよりも辛くて悲しいことだったんだから」
「…殺し文句だわ」
心底悔しそうに、しみじみと呟いた黒崎さんは僕の胸に深く顔をうずめた。
ずっと味方でいてくれた黒崎さん。彼女は、家族の次に信頼し、心を許していた人。でも、今は違う。今はもう、黒崎狂華という存在が家族以上に大切な存在へと昇華してしまっている。
だからこそ、ハッキリ言える。僕の嘘が通じない黒崎さんだからこその最善手。普段、趣味でやってる人間観察で得た見抜く力がここで裏目に出てしまうなんて、本人ですら想像してなかったと思う。
(そもそもの間違いは、黒崎さんの気持ちも確かめず……いや、勇気がなくて確かめられなかった僕が勝手に思い込んで、一人で全部こなそうとしたことが原因であって、黒崎さんはまったく悪くない…)
こうして黒崎さんが悲しみ、心を痛めているのも、元を辿れば全てにおいて僕という人間に繋がってしまう。
悲しませたくないと思いながらも彼女を悲しませている。矛盾としか言いようがないことをしている僕は最低だ。
僕が自己嫌悪に陥っている時、ふと、彼女が全く動いていないことに気づいた。
暗くてわかりづらいけど、すぅすぅ…という小さな寝息が聞こえたので彼女は寝ているのだろう。今日は泣いてばかりだったから、多分泣き疲れたんだと思う。
僕の胸には彼女の安らかな寝顔。起こさない程度に優しく頭を撫でる。
今は僕も含めて二人とも精神的に安定していない。だから彼女が次に目覚めた時、きっと心が落ち着いていることだろう。その時は、ちゃんと話し合いたいし、ちゃんとお別れを言いたい。
……段々と眠気が強くなってくる。先程まで寝てたのに、また眠くなるなんて本当に眠り王子じゃないか。
眠気によって意識が朦朧とする中で、僕は決意する。
もし、次に目覚めた時、僕は一人で抱え込むことを止める。誰かに嫌われることを恐れず、もう我慢なんてしない。絶対にしてやるもんか。
だけど今は、今だけは……僕は彼女の止まり木になろう。僕は最後の力を振り絞って、優しく彼女を抱き締めると、そのまま深い眠りに落ちた。
長いですね。これでもはしょって書いたんですが、少しはしょり過ぎたと個人的には思うので分かりづらいかもしれません。そこはまぁ、読者様のご想像力を頼りにしますm(_ _)m
って、こういうことは前書きに書いとけばよかったと、前書きを書き終わってから気付きました…。