表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

最終列車

作者: 梅干 茶子

庄司少年と柊さんのその後。

前作が気になる方は、拙作の「地下鉄」をご覧ください。


それは、とてもよく晴れた月夜だった。

そして、暑い、夏の夜だった。





———うっわ、カップルだ。


私の真正面のホームに、向かい合って熱いキスをする1組の男女の姿があった。


あまりにも熱烈なその様子を、本を読むふりをして何度もチラ見してしまった。


うう、うらやましい。

私も女子大生だし、そういうのに興味がないわけでもなく。

結果、チラチラと何度も視線を投げてしまった。


カップルは熱烈なキスの後、しっかりとお互いに抱き合ったまま動かない。


私も、あんなアツく抱き締められたりしたいわー。


心から、羨ましく、そう思った。


私ときたら、浮いた話しは全く無くて…

今日もサークルのOBに食事(焼肉!)を奢ってもらい、カラオケに引き回されただけだ。


あ、もちろん参加者全員、女性です。


まあ、まだ女同士で遊んでる方が楽しいし、良いんだけど…

彼氏が欲しくないわけではない。

積極的には欲しくないだけだ。



―――間も無く、2番線を快速列車が通過致します。ホームでお待ちのお客様は、白線の内側までお下がり下さい。



そんなアナウンスが流れた。


2番線は向かいのホーム。

カップルはまだ抱き合っている。



ファァァァアン―――



列車の警笛が鳴った。


カップルは、まだ抱き合っている。


羨まし…待って。

あれ?ちょっと、変じゃない?






何で少しずつ線路側に移動してるの…?




ファァァァァァァァアアアアアンッ―――


汽笛の音は長く、大きく響く。


ギギギギッ


ブレーキの音が、聞こえたと思った時には、抱き合ったまま、2人は線路へ落ちた。


ギギギギギギギギギギギギギギギギぎぎぎぎぃぃぃぃぃッッッッ!!!


ドン、という衝撃と、真っ赤になる視界。




私は、そのまま、気を、失った。




























腕が、飛んできたんだって。





























私に直撃して、吹っ飛ばされて・・・私、ホームに倒れたんだって。

その時に頭を強く打って、頭蓋骨骨折の脳内破裂で、即死だってさ。





自殺に巻き込まれて、死んだなんて。





嘘みたいよね?





つか、嘘よね??





























「おねーさん。それ、マジだから」






『やっぱりかあぁぁぁぁーーーっっ!!!』







私は、叫びながら、頭を抱えて体を反らした。


目の前にいるのは少年だ。

珍しい、おかっぱ頭に帽子の少年。


いやさ、前下がりボブカットとか言った方が恰好良くね?




『楠田◯◯子カット。わかんないかー?』

「そうだね。僕、その人知らないや」

『ダヨネーーーっ!!!』





私は、今度は前のめりに踞った。

ジェネレーションギャップが地味に痛い(心に)。


私が死んだときは、まだ枝◯子様はおかっぱだったはずなんだけどな…。


『ねえ、少年。私が死んでから、何年経ったの?』

「ん。そうだね。今年で最後って、柊さんが言ってたよ」

『最後?柊さん??』

「柊さんはもうすぐ来るから、その時に聞いてみて?」

『ん。よくわかんないけど、本くれたから。そうする』


お供え物だって言って、この不思議な少年は私に本をくれた。

死んだあの日に、読んでた本だった。

途中までしか読めなかったから、気になってて。

凄く、凄く嬉しかったので、素直にありがとうと言った。


少し、体が軽くなった気がした。


「ああ!庄司さんいらっしゃいましたね!」

「柊さん!こっちこっち!」


白髪の、なんか全体的に白い老婆が走ってきた。



全体的に白いので、本来なら少し怖く感じると思います。

ですが、この老婆、すっごく上品で全然怖くありません。

なにより、笑顔が素敵。なんかもう、心からほっとします。

以上、死人の感想でした。



「ごめんなさいね。最後のご挨拶をしてたら遅くなってしまって」


柊さんと呼ばれた老婆は、少年に頭を下げた。


「良いんですよ。だって、柊さんも今日が最後じゃないですか」

「ええ。お陰様で、お役御免に御座います」

「はい。毎年、お疲れさまでした」


何処から取り出したのか、少年は一輪の、大輪の白い菊を取り出して、老婆に渡す。


『———え』


老婆の背が、急に伸びた。

髪が、黒くなった。

手足が、長くなった。


老婆が、あの日の女性に、姿を変えた。


『———あ』

「巻き込んで、ごめんなさい」


柊さんは、あの日の、自殺したカップルの片割れの女性で。


じゃあ、同じ、死者なのだ。


『そ、っか』

「柊さん、この人がさ、さっき死んでから何年経ったか聞いてたんだ」

「まあ!そうですわよね。長い間、お待たせしてしまったから…不安でしたよね」


気づかわし気に顔を覗き込まれて、私は少し、後ろに下がった。


『いや!えっと、そういうんじゃなくて…少年と話題が合わなかったから、何年経ったのかな~?って…あはは…』


後頭部を掻きながら愛想笑いを浮かべてしまった。


柊さんは、白い着物を着た、すごい美人だった。


こんなに美人が、何で自殺を、と思った。


「33年、ですよ」


『ん?33年?』

「そうです」


私には、その年数だけで「今年で終わり」の意味が分かってしまった。


『33回忌…だから…ですか』

「ええ」


33回忌を終えると、墓から骨壺を出して、共同墓地に移すんだって。

そこで誰のだか分からない骨に混ざって、全部一緒になって自然に帰るんだ、なんて適当に父親に教えられた。


父の兄が死んで、33回忌の時だった。

なんでかその言葉がやけにハッキリ思い出せて。


『…私も、自然に帰る日が来たのか~』


そう言って、私は、笑顔で、大きく伸びをした。


嬉しかった。なんか無性に嬉しかった。


この33年間、私にはどう過ごしたのか記憶は無い。

多分、ずっとここに居たんだとは思うけれど、その間の記憶は、無いのだ。


なら、別に、もう、いいや。


そう思った。


そうして笑って、柊さんを振り返ったら…柊さんが深く深く頭を下げていた。私に。


『あ、あの…?』

「ごめんなさい。あなたは巻き込まれただけなのに、33年も待たせてしまって」

『な、なにがでしょう?』

「最初に成仏させて差し上げたかったのに…私たちの自死の罪が、33年の罪滅ぼしを課したのです」


柊さんは頭を下げたまま、固まってしまった。

私は困って、少年に助けてと視線で訴える。


「…あー…あのね、お姉さんは巻き込まれちゃって死んだんだけど、成仏できなくてずっとここに居たのね。ここまではいいかな?」

『う、うん』


両腕を組んで少年は説明してくれるみたいだ。

やっぱり、私は地縛霊とかいうのになってたのかー・・・と思いつつ頷いた。


「それで、自殺した人の魂ってやつだか残滓ってやつだかは、成仏する前に他の人の成仏のお手伝いをしなきゃいけないって、ここで念仏唱えたうちの坊さんが決めてね。その時に坊さんが、心残りは最後に回収する様にって言ったんだよ。先に回収すると、成仏しちゃうんだってさ。で、柊さんの心残りがお姉さんだったんだって」


心残り、と言われても。

私はあの日、一方的に見ていただけで、この柊さんとやらと生前の付き合いは、全く無い筈なんだけど・・・


『な、なんで・・・?』

「そりゃ、自分の千切れ飛んだ腕が人を殺しちゃったって知ったら、後悔しない?」

『する』

「でしょ」

『なるほど』


あの腕は(と言っても記憶にはないけど)柊さんの腕だったと言う事か。

だから彼女は、ここで、こうして頭を下げたまま固まっているのか。


私は苦い、苦い笑いしか出てこなかった。

出てこなかったけれど。


『もういいですよ。成仏できるんでしょう?顔を上げてください』


ポン、と、彼女の方を叩く。

もしかしたら触れられないかも、と思ったのは杞憂だったみたいで。


そろそろと、柊さんは頭を上げて、微笑みながら目元にそっと手を当てた。


優しい人なんだなぁ…。

そんな風に思った。


「柊さん、そろそろ来るんじゃない?」

「ええ、そうですね。時間ですね」


庄司少年と柊さんが見る先は、線路。


終電が終わったこの時間に、線路の先からは電車の明かりが見える。


「あれが、お迎え?」

「はい。黄泉路列車と申します」


庄司少年がそれとなくワクワクしている。


「今日はどんな姿なの?」

『え?』

「はい、今日は主人もご挨拶をしたいと、ありのままの姿だと申しておりました」

「ありのまま!?」


私の疑問は放置された。

どんな姿って、どう言うことなのだろう…


「ありのまま…って、怖くない!?」

「あら?そうでしょうか…私にはいつまでも素敵に見えるのですが…」

「いやいや怖いって!絶対怖いって!!」


列車はゆっくりと近付いてくる。

不思議と音は無いままに。





無いはずだ。

だって、電車から手足が生えている。

それが線路を走ってくる…。


『……………!!』


迫力のある見た目に、私は言葉を喪った。


絶句、って言葉はこういう時に使うのだろう。


だって、これは…




「ほら怖いじゃん!人面列車なんて怖い以外無いよ!!」




庄司少年の言葉で、やっと理解できた。

顔、なのだ。正面が。

目からビームよろしく光が出ている。


それはそれは、とても怖い。

怖いが、もっと怖いのは、車両部分だろう。

なにせ、手足を使った四足歩行で、線路を走ってくるのだ。

なら、車両は…




「顔」が近づき、通りすぎ、私の目の前に車両が到着した。




想像通り、胴体だった。

内部が空洞の、胴体。

中は良く見えないが、赤いことだけは確かだ。


1両編成の、バスみたいな車体(?)だった。


顔の部分が、目のライトを消して、首があるように、こちらを向いた。

首、あったんだ…


なにか、パクパクと口を動かしているけれど、声は聞こえない。

柊さんが顔の側に寄って、聞き取っている。


「『見ず知らずの貴女には、大変なご迷惑をお掛けした。どんな事をしても許されるものではないが、残念ながらこのような体の為、頭を下げることも叶わない。重ね重ね、本当に申し訳ない。私の出来ることは、最早黄泉路への道案内のみ。だが、快適な旅をお約束しよう。さあ、乗ってくれ』と、申しております」


心からの謝罪と、約束は、決して嘘ではないのだと思う。

思うよ。思う。けど、けどさぁ…


私はどんな顔をしているのだろう。


ただ、泣きそうな気持ちで、言葉にならない思いを込めて、車体を指差した。

そして、うまく動かない首を動かして庄司少年に助けを求めた。


私の視線に気が付いた少年は、私に同情の視線を向けてくれて、まず黙って頷いた。

それから、ちゃんと柊さんと人面列車に聞こえるように声を上げて質問してくれた。


「おねーさん。コレ、怖い?」


庄司少年の問いかけに、私はコクコクと頷く。


「だよね。だから怖いって言ったじゃん柊さん!おねーさん真っ青になって泣いてるよ!」

「あらあらあら。どうしましょう、あなた」


柊さんは、人面列車に話しかけている。

その光景は、美男美女だとは思うんだ。人面列車、イケメンなんだ。

ただ、サイズ感も形も、もう何もかもおかしいように感じてしまって、その光景を全く受け入れられなかった。


「『ご挨拶があるからと生前の面影を残すこの姿で来てみたが、怖がらせてしまったようだ…申し訳ない。暫し待たれよ』と申しております。申し訳ありませんが、少しお待ちください」


柊さんは、綺麗な所作で頭を下げてくれた。


私はと言えば、怖くて電車の車体を直視できていなかった。

視界に入れても怖くない、少年と柊さんの方を向くしかなかった。


急に、霧がかかった。

視界を白い靄が覆い、それが無くなった時には、庄司少年の煌めく笑顔が見えた。


「おねーさん!もう大丈夫!見て、見て!!」


腕を引っ張られて、硬直していた体を無理やり動かされた。

そうして一度動いてしまえば、不思議なもので、首も動くようになった。

庄司少年が一所懸命に指差す先にあるのは、人面列車ではなかった。

それはそう、皆の夢。一度は乗ってみたい、あの映画の中のバス。


「ネコ型!初めて見たー!!」

『ネ○バス―!!!』


絶叫した。


「『お気に召したようで良かった。ささ、乗って下され』と申しております」


にっこりと柊さんは笑う。


「あはは…まあいいっか…」


色々思う事はある。

何で姿が変わったのかとか、これが出来るなら最初っからこれで来てくれとか、オリジナルと違うところが手足の数はやっぱり四本だって所なんだなとか。

色々、突っ込みたい気もする。


だけれど、もういい。正直、疲れた。

早く、あの車内のモフモフを堪能したい。

先程のように真っ赤な車内ではなく、ちゃんと茶色い毛に覆われてて、本当に気持ちよさそうなんだ。


「おねーさん、早く乗りな?」


庄司少年が、にっこりと笑って背中を押してくれた。

私は素直にその力に押される。そのまま、車内へ一歩足を踏み入れた。


うんわ。ふわっふわだ。


「ほら、柊さんも」


庄司少年は、柊さんも乗せた。


「あ、あの!庄司さん!」

「柊さん!」


柊さんは慌てて振り返る。

私が見た時には、庄司少年は3歩下がって頭を下げていた。


「ありがとうございましたっ!」


頭を上げて、笑顔でこちらを見ていた。

ああ、この顔は無理をして笑っている顔だ。

それが分かってしまって、私の心がチクッと痛む。


柊さんにもわかったのだろう。

何か言おうとした言葉を、飲み込んだ。

手を、胸の前でギュッと握って、柊さんも笑った。


「…私こそ…私の方こそ、ありがとうございました」


目元がキラリと光った。

幽霊に涙が流れるなら、きっとそれなんだろう。


「じゃあ、今度はあの世で会おうね!」

「ええ。生を正しく全うして、いらしてくださいね。お待ちしておりますから!」

―――にゃああぁぁぁぁおおぉぉうぅ


警笛の代わりにネコの鳴き声が響き、ドアっぽかった穴が胸の辺りまで壁になった。

列車はゆっくりと動き出す。

私が立っていた場所は椅子になり、ふわっふわのソファから窓の外が見える。


まだ、庄司少年が見えた。


私は窓ガラスの無い窓枠から身を乗り出して、少年に手を振った。


『少年!ありがとーうっ!』

「どーいたしましてーっ!」


少年も振り返してくれた。

嬉しかった。


私も柊さんも、窓から身を乗り出したまま、少年が見えなくなるまで手を振った。





列車っぽい、バスっぽいこの猫の乗り物は、線路を離れて空へと上がっていく。

乗り物の進行方向に目をやれば、空にぽっかりと穴が開いていて、どうやらそこに行くようだ。

今は色々気が回らないけれど、きっと私にはやり残したことや心残りがある気がする。

でも今は、まあいいや、と思えた。

夢にまで見た猫のバスに乗って、あの世に行けるのは、すっごく素敵な事だったので。


「柊さん、ご主人、猫になってくれて、ありがとうございました」


私は笑顔で言った。

それに対して、何て答えが返ってきたのか、わからなかった。



ただ、柊さんの笑顔が見えて。

その直後に、空の穴の中に入ってしまったから。


その中は真っ暗で、私は私すらも見失った。


もう、なにも、わからなかった。


























大きな月が空に見えている。


「おお、無事に成仏したか」

「おっそいよ和尚さん」

「陰からこっそり見送ったわい」


庄司少年の横に、袈裟を来た坊主が一人。


「お前もお役御免だな」

「そーですね」

「それで、どうする?人のままでいるか?それとも」

「元の姿に、戻ります」

「…そうか」

「次のやつの選定も終わってますし、私も村に帰りますよ」

「そうだな。次代を繋いでもらわにゃ、な」

「大丈夫です。嫁も決まってますから」

「むむ。そうか…」


やたらと大人びた顔で、庄司少年は話をする。


坊主は袖から数珠を出し、庄司少年の前で握り込んだ。


「では、元に戻るがいい」

「はい。ありがとうございました」

「うむ。こちらこそ、じゃ」


ふふ、と笑って…庄司少年は掻き消えた。

少年のいた場所には、一匹の狸が。


その狸は、一度坊主に頭を下げるかのように動くと、ホームを飛び降りて線路を超えて、草むらの中へ消えていった。





坊主は暫く、黙って消えていった方を見ていた。






「帰るか、の」


























終電の、終わった駅から、最後の人間が消える。

駅は静寂に包まれ、晴れ渡る空には月が浮かぶのみ。


それは、八月の半ばの事で、あったとさ。




ラスト、ちょっと駆け足になってしまいました(締め切りに気が付いたのが、深夜を過ぎてからだったので)。

誤字脱字ございましたら、遠慮なくご指摘ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ