首都炎上 1
商業地区の倉庫に俺たちはいた。
商業地区はもともと日雇いの労働者が多く不特定多数が出入りする場所だ。
反乱を企てるものたちの待機所としてこれほどいい物件もないだろう。
奴隷がグルグル回す棒があちこちにあってエルフが死んだ魚のような目をして回している。
何に使う道具か長年疑問に思っていたので四宮に聞いてみた。
建築系だからたぶん知っているだろう。
四宮は倉庫の屋上にいた。物干し台から外を眺めている。
「製粉とか圧搾……粉にしたり油取ったりする装置だ」
「そういうのって郊外に作るもんじゃないの?」
「高速道路が整備されててトラックがじゃんじゃん行き交ってる世界ならな。ここじゃ売る場所で売れる分だけ製造する。そうすりゃ輸送コストが発生しない」
なるほど。
でももう一つ疑問が発生する。
「普通に労働者雇えばいいんじゃない?」
「粉とか油は単価が安いんだよ。安くないと暴動が起きる。だから給料も安い。というか、たぶん奴隷を使う前提で物価を安く固定してるんだろうな」
「本当にこの世界嫌いだわ」
たぶん合理的な社会運営なんだろうけど、それでもこの世界は間違っている。
いや正確には性根が腐っている。
それをこの世界だけでやっているのであれば文句はない。
だけど俺たちの世界の人間までそういう扱いをしているのだ。
やはり王族は市民に倒され、市民はフランス革命の再現でもすればいい。
革命派の暴走込みでな!
自分たちの血で代償を払えばやっていいことと悪いことの区別がつくようになるだろう。
「お前はそればかりだな」
「心の叫びだからね。王族と黒田を始末すればぐっすり眠れるようになるわー」
「そうだな。でもさ……シュウ、王族殺したら俺はここに残ろうと思う」
「バカなの!? こんなクソみたいな世界放っておけって」
「お前にゃわからんだろうな……内戦が終われば復興にダンジョン攻略にと自分の能力の限界まで試せる。俺はそういうのを求めていた」
まったくわからん。
俺は日本で普通の生活を取り戻したい。
「ま、俺はお前が思うより欲張りなんだ。日本に戻ってそれに気づいた。俺はこのクソみたいな世界を救ってやりたい」
四宮は俺の肩を叩くとどこかに行ってしまった。
価値観は人それぞれか。
俺にはまったく理解できないが、四宮の選択は尊重されるべきなのだろう。……たぶん。
わけがわからずにその場で座り込んで考えていると、ハヤトが来るのが見えた。
「ハヤト、四宮さんここに残るってさ」
「俺も残ろうと思ってたが関口さんに止められた」
ここにもドMがいた。
「日本でシュウが暴走するのを止める人間が必要だとさ」
「しねえよバカ」
それでなくとも日本に帰ったら落第スレスレの成績なのだ。
黒田を止めたら暗殺などしてる暇はない。
「自覚なしかよ。あのなシュウ、よく考えろ……自由に空気や土から毒物を短時間で大量に精製できるスーパーソルジャーの存在が世に知られたらどうなりますかね?」
「ヘタに触らなきゃなんの危険性もないから放って置く」
「殺してしまった方が安全だろが!」
「ふざけんな! こちらは警察にも協力してやってるのに!」
「だから関口さんは俺たちを相続人に指名したんだ! 金と社会的地位があれば命を買える」
「だー! めんどくさい! アホか!」
「いいか、聞け。いくら隠してもすでに俺たちの身元を政府は把握してる。帰ったら医療系の大学に特別枠の推薦とか言われてお呼びがかかる。外国かもしれん。行ったら職場に嫁まで用意してくれるぞ。しがらみでがんじがらめにして悪さもできなくなるだろうな」
そりゃそうか。
ほとんどのヤンキーも子どもができたら大人しくなる。
救いようのないバカでもなければな。
たぶん俺たちは救いようのあるバカの側だと思う。つまり家族作っちゃえ作戦は俺たちの攻略法だろう。
俺たちの攻略法がわかってるのに、よくもこっちの連中は雑に扱いやがったな。
この世界はアホの集団か?
あ、そうか。元の世界の方が修羅場くぐってるのか。
困っても他の世界の人間拉致してくることなんてできないもんな。
「シュウ、要するにどこの世界も一皮剥けば血まみれってことだ」
ハヤトも同じ結論に至ったらしい。
納得した俺たちが遠い目をしていると遠くで半鐘が鳴った。
カンカンカンカン!
スラムと平民地区から煙が上がる。
すぐに騎士や貴族の住む区域からも火の手が上がる。
あちこちで怒声が響き、暴徒が貴族に煉瓦を投げつけた。
役所に火炎瓶が投げ込まれ兵士が逃げ出す。
火炎瓶はとても威力が強く、木造の建物に次々と火が延焼していく。というか爆発している。
あっと言う間にスラムの半分が焼け、俺たちのいる倉庫街近くにまで火がやって来て避難が始まる。
「やけに組織立ってるし、ずいぶん火力のある火炎瓶だなあ。(棒)」
中身ガソリン相当ですよね?
「エルフが噂を流しまくったからな。貴族にスラムの住民がさらわれてるとか、内臓が売られてるとか、子どもの方がいい値段がつくとかな。ほとんど事実だけどな」
「避難は?」
「スラムの住民は暴徒になって宮殿を目指してる。病人や子どもはすでに避難済み。市民街や商業区域は雇ったごろつきが避難と救助活動やってるよ」
おっさんらしい計画性だ。
「じゃあ行きますか」
俺たちは顔を隠すと下に飛び降り宮殿を目指す。
貴族街では暴徒と騎士が睨み合っていた。
俺は騎士の後ろにいた貴族の眉間に矢を放つ。
抵抗などさせない。一瞬で命を刈り取った俺たちを見て騎士たちが道を空けた。
「お前らもさっさと避難するんだな」
騎士たちは我先にと逃げ出す。
貴族どもはみんな死ねばいい。騎士たちは知らん。嫌われてればじきに殺されるだろう。
ハヤトは油を入れた樽を屋敷にぶん投げた。
それを見た暴徒が火を放ち、爆発と炎上が起こる。
「風の精霊よ……」
俺は風を操り屋敷を燃やす。
さらに風を操ると火は隣家に燃え移る。
俺たちは炎の中、宮殿を目指して歩いて行く。
貴族街を抜けて宮殿の入り口にたどり着いたとき、地が震えるような大声が上から聞こえた。
「ぐはははは! あの殺気の主だな! 会えてうれしいぞ! さあ殺し合おう!」
上を見ると大きなドラゴンが旋回していた。
ドラゴンは人間の言葉がわかるらしい。
ファンタジー世界の生き物で胸焼けしそうだ。
ドラゴンの下にはグリフォンに騎乗した騎士たちが飛んでいた。
「数を揃えりゃ勝てると思ったのか。アホどもが」
ハヤトがつぶやいた。
俺はドラゴンを指さす。
「お前はもう死んでいる」
「はっ! 減らず口を! ここまでなめたやつはここ千年でお前だけだ!」
ドラゴンの耳はいいらしい。
体の奥が痺れるほどの大声で笑う。
「お前なあ、もうちょっと台詞なかったのか? 昔の漫画かよ!」
ハヤトは不満げだが、単に事実を言ったまでだ。
「すぐにわかる。ハヤト、三分時間稼いでくれ」
俺は弓を引いた。




