レベルアップの法則
菊池が保健室に運ばれて行った。
ついイライラしてぶん殴った。後悔してない。
周りはどん引き。
俺を遠巻きに見ながらひそひそ話している。
そういや、菊池のイジメの巻き添えになりたくなかったクラスメイトに友人はいなかった。
ハヤトに言わせれば俺はパリピらしいが、素の俺のスペックはこんなもんである。
ありゃ生き残るために必死に身につけた処世術なのだよ。
「騒がせて悪かったな」
とりあえず周囲に謝罪しておく。
俺は悪くないが、ふんぞり返って威張り散らすのも賢くない。嫌われるだけだ。
幸いうっかり殺したわけでもなければ、刃物を出したわけでもない。
まだもみ消しは可能だ。
席に座っていると校内スピーカーから怒鳴り声がした。
「神宮司。職員室に来い!」
職員室にお呼ばれのようだ。
行く前にやることがある。
【ハヤト、バカ殴ったらレベル上がった。】
メッセージを送って職員室へ。
職員室には頭髪と同じようにキレ散らかした四十過ぎの担任、本間がいた。一年ぶりである。
「神宮司。たいへんなことをしてくれたな……」
「虐め放任主義で起こった事故かと」
「ふざけんなよてめえ!」
本間は机を蹴飛ばす。
威嚇で黙らせて「神宮司が全て悪い」で終わらすつもりだな。アホが。
「先生、よく考えてください。軽く素手でなでただけ。偶発的な事故です。でも逆に俺へのイジメの報告は文書で存在する。証言はいくらでも。証拠山盛りの状態で文科省にまで突撃して大騒ぎしたらどうなるか? イジメ放置のこの学校じゃ、次に切られるのは担任教師だと思いますけどねえ。先生の定年はいつ? ローンの残りは? 菊池くんを切ってこの神宮司くんをかばった方が賢明だと思いますがね」
「おいお前! 大人なめてんじゃねえぞ!」
本間が胸倉をつかむ。
おいおい、虐め放置のクソ教師の分際で生意気な。
「舐められるようなことやってるのが悪いんだろ? いいから俺が笑ってるうちにその手を離せ、な?」
目で威圧をかける。
スキルじゃない。一年間殺し合いをしてきた素の迫力だ。
本間は思わず手を離し、どこか怯えたような顔で言った。
「お前……本当に神宮司か……?」
「たぶんな」
一年ほど「暴力と筋肉だけが友だちさ」なヒャッハー世界にいりゃこうもなる。
俺は議論は終わったとばかりに職員室を出る。
本間は俺の背中に「いい気になるなよ」と負け犬の遠吠えを投げかけた。
最初から結論は決まっている。菊池が悪い。
救急車を呼ばずに保健室に連れて行った。
病院に連れて行けば警察にも連絡が行く。
だから保健室に連れて行った。
つまり最初から揉み消す気だったのだ。
あとは俺か菊池、どちらを切るか。
今回は菊池の負けである。
本間はただ、俺に恩を最高値で売りつけるつもりだったのだ。買ってやらねえ。
これから菊池はどうなるのか?
負け犬になった菊池はきっとクラスの最底辺に落ちたに違いない。
君にはこれから外国の刑務所みたいなつらい生活が待ってるだろう。
殴られたり、蹴られたり、カツアゲされたり。
誰かが正義の名の下に殴り始めたら一気にエスカレートするだろう。
がんばって! ぼくは助けないから。
超リアルクソゲーMMORPG【人生】にようこそ!
そのままクラスに帰り、席に着く。
スマホに通知が来ていた。
【おめでとう! じゃあ一緒に放課後にでもヤクザの事務所に殴り込むか?】
ハヤトから『バカなこと言ってんじゃねえ! 殺すぞ!』という言葉を極限までオブラートに包んだメッセージが来ていた。
うん、俺もお前の立場なら信じないわ。
【いや本当なんだって! カツアゲしに来たヤンキーぶん殴ったらレベルが上がったんだって! 信じて!】
【なんでヤンキー討伐でレベルが上がるんだよ!】
【ゴブリン討伐だってさ!】
【バグじゃねえか!】
確かにその通りである。バグだらけ穴だらけなのである。
【わかった。学校終わったら秋葉原で集合な! 昭和通り口の信号!】
【らじゃ】
そのまま学校を無気力に乗り切って放課後。
待ち合わせ場所に行く。すでにハヤトがいた。
「おうハヤト、遅れて悪かったな」
「俺も今来たところだ」
今日もいつものファミレス。
前と同じようにハヤトは炭水化物。俺は肉を注文する。
「で、シュウさんよぉ。ヤンキー殴ったらレベル上がったって?」
「お、おう、レベル上がったぞ」
「レベル表示されねえのか? じゃねえとわからねえだろ……」
【レベル表示します】
俺たちに残り時間48時間と処刑判決を下したシステムがそう言った。
すると周囲の人たちのレベルが表示される。
ほとんどの人は【1】、ハヤトも【1】。俺だけ【2】だった。
「システム、【ステータス】は表示できないか?」
【人間のステータスは数字で相対化できません】
ハヤトの問いにシステムは無情な答えを下した。
そりゃそうだ。当たり前だわ。
「なるほどな……。つまり異世界に行ったことがなければレベルは上がらない。レベルはこちらでしか上がらない……か。クソゲーかよ」
「で、どうするよ? ヤンキー殴りに行くか?」
「野生のヤンキーってどこにいるんだよ?」
「わからん。ぜんぜんわからん」
無駄に品行方正な生活をしていたせいか、そういう情報がない。
詰んだ。いきなり詰んだ。
「ま、夜の街になら一人や二人いるんじゃねえの? シュウ、メシ食ったら狩りに行くぞ」
完全に犯罪者の思考である。
だが俺たちはそれに賭けるしかなかった。
ファミレスの外に出て駅に向かう。歩いていると怒鳴り声がした。
「万引きだ!」
店から小柄な男が飛び出してきた。
俺はとっさに足を引っかけ、男がよろめいたところをハヤトが襟をつかんで押し倒した。
犯人はジャージ姿の中学生くらいのガキだった。
欲しいものがあって金が足りない気持ちはよくわかるが、なんであろうと盗みはいけない。
ミッドガルドなら死人が出る。
一瞬遅れて太った店員がヨタヨタと外に出てくる。
「あ、捕まえてくれたのか! ありがとう!」
ハヤトが中学生を引き渡すとシステムの声がした。
【クエスト:盗賊捕獲クリア。レベルアップ!】
俺の頭の上の数字は5。
ハヤトの方は4になっていた。
「なるほど……こういうシステムか。でもさあハヤト、警察沙汰なんてそうそう起きねえだろ」
「そうでもない。万引きの年間被害額は約4600億円。未成年者の自殺は年250人。いじめの認知件数は54万件だ」
「詳しいな。つか、そんなにあるのかよ!」
「さっき調べた。警察が介入しない犯罪はそこらじゅうにあるってことだ。特に学校にな。お前だって3万取られそうだってのに警察に言わなかっただろ?」
「そこを突くのやめて! 俺も一年前の自分がこんなに情けないなんて思わなかったのよ!」
冗談めかして言うと、ハヤトは真顔で言った。
「情けなくなんてねえよ。今の俺たちが異常なんであって、一年前の俺たちも学校にいる連中も普通のガキなんだ。できることは少ないし、暴力を振るわれりゃあ怖いし、教師を見てたら警察が助けてくれる気がしねえ。それに俺たちにだってプライドがある」
まさかのド正論である。
面と向かって正論を聞くと、ちょっと気恥ずかしい。
ちょっと顔が赤くなっているかもしれない。
そういうストレートなのやめてー! 恥ずかしいから!
「ああ、そうだな。ありがとよ」
少し無言で歩いていると見覚えのある金髪がいた。
金髪はニヤニヤしていた。
それもそのはず。金髪の後ろには10人ほどのフード姿のヤンキーどもがいたのだから。
なんとなく予想はつくだろうが、金髪の正体は菊池である。
わざわざ恥の上塗りに来たのだ。思ったよりも3倍バカだったようだ。
「ハヤト、先に言っとくわ。経験値げっちゅ!」
「やめろバカ」
やったー!
ゴブリン狩りのはじまりだよ♪