領主の館にて
周囲の村を無力化して拠点を移すのに3日かかった。
あの偉そうな領主は人望がまったくなかったようだ。
村人は忠誠心などなく、知らせたら「はあ、そうっスか」ですんだ。
むしろ不正をしてた徴税官や騎士を引き渡してくれた。面倒なのでエルフに引き渡す。
庭に出ると徴税官やら騎士やらが矢の的にされていた。
皆殺しではないので、殺されたのは激しく恨みを買っていた連中だろう。
まあ、当たり前である。
領主の子を含む女と子どもは無事である。怪我一つない。
とりあえず俺たちは「女と子どもに手を出すな」と強く言いつけておいた。
エルフはそれを守っている。
良い傾向である。法治主義の芽生え的な?
だけど俺たちは人道主義を持ち込む気はない。
慎重にやらんと黒田たちにつけ込む隙を与える。
俺たちがいなくなったら皆殺しでもなんでもすればいい。
俺は騎士で弓の練習をするエルフたちに声をかける。
「【腐る前に焼いて埋めろよー】」
これ以外の言葉をかけようがない。
復讐はエルフのものだ。
もし俺が王を殴り殺してるところに「暴力はいけない!」って止めるやつがいたら、うっかり殺すもん。
そいつも高確率で撲殺するもん。
するとエルフの若者。実際の年齢はわからないが若者っぽい男が、責め立てるような目をして騎士を指さす。
はいはい、やれってことね。
やれたら仲間と認めてやるよと。
俺はコンパウンドボウを構え矢をつがえる。
『エルフの仲間』感を出すために魔法も使うか。
「【風の精霊よ。矢を正しく導き給え】」
放たれた矢は直進すると、軌道を変え兜に直撃する。
現代の技術で作られた矢は、易々と鉄の兜を貫通した。
エルフたちが威力を見て手を叩く。ウケたらしい。
死体をもてあそぶのは好きではないが必要なイベントだったと思う。
というか好きなやつおる? 勇者以外で。
「【失礼した賢者様。あなたはやはり我が一族だ】」
はい手の平返し。やっぱり試されてた。
試されたことで気分は良くないが、逆の立場なら同じ事をしただろう。
だって信用できないから。
命がかかっている状況で明文化されてない倫理を優先する必要はない。
少なくともこの世界では敵の死体を的にするのは下品であるが許される行為だ。
「【ところでさ、なんで俺を賢者って呼ぶの? しかも我が一族って何よ?】」
「【エルフとはエルフ語の話者のことだ。そしてエルフの賢者に師事した者も賢者である。そのエルフ語が証拠だ。エルフの賢者が信用できないものに精霊を操る言葉を教えることはない。エルフ語の話者は我がエルフの一族だ。試してすまなかった】」
「【謝罪は受け取った。その代わり、後で来る女たちにはこれを見せないでくれ】」
日本人の普通の感覚じゃ気分が良くないからな。
ニホンメンバーなら死体くらいはなれてるだろうが、咲良と楓には刺激が強すぎる。
あまり汚い現実突きつけてもよくない。
それに清潔で礼儀正しく親切なことは武器だ。
関口曰く、イメージ戦略ってやつである。
「【エルフの名において約束する】」
言質を取ったのでこれで終了。
関口のところに戻ると作戦会議をしていた。
俺を見ると関口は手招きをする。
「いい所に来た。お前、ハヤトと一緒に王族ぶっ殺してこい」
「作戦は?」
関口のことだ。
どうせろくでもない作戦を練ったに違いない。
「満里奈たちが合流し次第、占って決める」
「古代かよ!」
「当たるんだからしかたねえだろ!」
確率100パーセントの占い師である。
これに風水師までいるのだ。
最強すぎる。
「というわけでお前は片付け担当な。長の許可は取った。エルフと一緒に片付けしてくれ」
「ういーっす」
さーって、女の子の精神的安定のために死体を片付けようっと。
と、踵を返したところ呼び止められる。
「王都はヨルムンガンドっていうでっかいドラゴンに守られてるらしい。殺し方考えろ」
「もうずっと考えてる」
ドラゴンと聞いて少し気分が悪くなった。
エステルはドラゴンに食われて死んだ。
レベル20のダンジョンでも珍しい高レベルのモンスターだ。
俺は直接会ったことはないが、恐ろしい戦闘力を持っているらしい。
だから俺はエステルが死んだ後、巨大な敵の殺し方をずっと考えていた。
魔法が使えなかったからそのほとんどが机上の空論だった。今までは。
水素爆発も電撃もそのとき考えついた手段だ。
だけど爆発じゃ足りない。
もっと小さく小さく小さく。
生物なら回避できない死に向かう方法。
どんなやつでも必ず死ぬ。
その方法が存在する。頭の中でね。
俺はそのまま外に出る。
魔法で穴を掘り、エルフが死体を投げ込むとフタと煙突を作って焼く。
あと兵士を縛っていた木とかも焼却。
あと領主のアホが地元民を処刑して晒し者にしてた亡骸も焼却。
血は水で高圧洗浄。
エルフもマネして掃除。
これはきれいなヒロイックファンタジー。
清潔で文化的で人道的。
そこらじゅうに馬糞が放置されてないし、農夫までファッショナブルだし。王子様はキラキラ。
正義の側が捕虜を矢の的にしないし、集団リンチで作った死体放置なんてしない。
晩飯のおかずで死人は出ないし、親に見せられない姿で死ぬこともない。
……日本に帰りたい。
せいぜい頭の悪いヤンキーくらいしかいない平和な日本に帰りたい!
本当に、心の底から、この世界が大嫌いだ!
午後になって残りのメンバーがやって来た。
男性メンバーはグリフォンに乗って、女性陣は馬車でやってくる。
出迎えると真穂が走ってくる。
「もー、この寂しがり屋め! さあ俺の胸に飛びこんで……げぶらッ!」
俺の腹に真穂の容赦のない蹴りが炸裂した。
「あんたね! なにこれ! わざとらしく片付けて!」
「いやー血と死体は刺激が強すぎるかなあと」
「二人にはちゃんと教えたっての!」
「え……ハヤト先生! 教えちゃったの? この世界のクソみたいな仕様!」
真穂じゃ話にならん。ハヤトに話題を振る。
大楯を持ったハヤトが声をかけられたのに気づき、こちらにやって来る。
「教えたに決まってるだろ。じゃなけりゃこの世界に来た瞬間に死にたくなる」
「せっかく気を利かせてノイシュバーンシュタイン城みたいにしたのに!」
「あれは19世紀の建物だ」
なにそれ怖い!
こうして俺の計画は露と消えたのである。
だけど咲良と楓はすまなそうな顔をしていた。
それだけが俺の中で引っかかった。
次の日、大人たちの目が血走っていた。
夜中まで議論をしていたのだろう。
「やるぞ……王族をぶっ殺すぞ。俺たちの復讐の狼煙だ……」
関口はそう言うと腰砕けになってソファーに寝転がった。
とうとう拉致をやめさせるための戦いが始まるのだ。




