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二人のリカ  作者: 叶 葉
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「そうでしょうか。そうだといいなと本当に思います。でなければ俺と理香さんとの時間総てを否定する事になってしまいそうなので」


春彦は理香との思い出を一つ一つ思い出すように言葉を紡いだ。


「理香さんはどうして亡くなってしまったのか聞いても?」


エリカがそっと核心に触れるように尋ねてきた。

春彦はたっぷりと間を持って答えた。


「俺の自宅にいつものように顔を出してくれた帰りに事故にあってそのまま……。最後に彼女が俺の自宅を出る時も仕事をしている俺の気を散らさないように声も掛けずに一人で出て行ったんです。そんな俺が彼女に対して何を残せたんですかね。もう分からないですけど」


「亡くなった人の気持ちを推し量ろうなんて烏滸がましいと思わないかしら。亡くなってしまった人の気持ちは永遠に分からないのよ、春彦も、私も。でも考えてしまうのよね。私もそう。きっと貴方も」


エリカは冷め掛けた茶に視線を落としたまま言った。

同じ悲しみを抱えるエリカだからこそ、投げ掛けられた言葉が春彦の胸にじんわりと馴染んでいった。


「エリカ。貴方は俺が考えもつかない答えを知っているんですね」


それは本心の言葉であった。

自分で作った理香の身代わりとしての存在であったエリカというキャラクターが自分では想像も付かなかった言葉を春彦に投げ掛ける。

自分の深層心理にそんな純真な感情があるとは到底思えない。

彼女は感情を持った一人の人間であると改めて認めざるを得無い事実を突き付けられた気分だった。

何度も何度も確認していく作業のように一つづつエリカという人間の輪郭を確かめている気分だった。


「そうでも思わないと私も生きていけなかったの。父は私にとって唯一の肉親であり、師だったから。亡くなる前は殆ど寝込んでいたから気持ちの整理を付ける時間はあったんだけどね。それでも亡くなった喪失感はなかなか埋められないものね」


「難しいですね。彼女の思い出を誰かに話してしまう事も本当は抵抗がありました。理香さんの死を受け入れる作業のような気がして」


エリカは深く頷いた。


「そうね。突然亡くなったのならそうかもしれないわね」


「でも最近はもっと恐い事が出来ました。こちらでエリカと共に暮らすうちに理香さんの事を思い出す時間が減っていきました。当然なんですよ。記憶を永遠に留めておくなんて事、生きている限り不可能なんですから。欲をかいてはいけないですよね」


自分に言い聞かせるように春彦は下を向いて呟いた。

エリカは最後まで聞き届けてから立ち上がると、裏口の扉を薄く開けた。


「なかなか止まないわね。冬の初めにこんなに降るなんてこっちじゃ珍しいわ。雪に変わらないといいけど。そうなったら厳しい冬になるわよ」


エリカの心配を他所にその日夜半から雪が降り始めた。

朝方には街並みは装いを一変させ、一面の雪景色となった。

春彦の住んでいた神奈川の六角橋の辺りは雪が降るといっても積もる事は滅多に無い為、サルースの街を白く染めた大雪に春彦は大層驚いた。

部屋の小さな窓を開け放つと窓から入るピンと張り詰めた刺すような空氣に身震いした。

吐き出した息までも白い。

まだ夜の暗さを残した時間に一階に降りると、エリカはまだ起きてきてはいなかった。

両手で身体を包むようにして厨房の奥に進む。

奥に鎮座する大きな窯に火を入れる。

燃え始めた火種が徐々に火勢を上げていく。

窯全体に火が回る頃には厨房の温度も多少はマシになっているだろう。

エリカが起きてくるまでに多少は暖かくなっているだろう。


芯から冷えた身体を温めようかと茶の支度を始めると、店舗の扉をノックする音が聞こえた。













朝の来客の波が過ぎた頃、春彦とエリカが二人厨房で遅い朝食を摂っていた。

春彦はパンを千切りながらエリカに切り出した。


「朝一番にキムスルさんから返答が来ましたよ」


「本当?随分早かったのね」


「ええ。昨日こちらの手紙が届いてすぐにコニオさんに確認を取ってからすぐにご自身で馬を駆って来てくれたんですよ。書き付けだけ託してくれてすぐに帰ってしまいましたが」


「まあ!雪も降っていたのに。キムスルさんには無茶させてしまったわね」


「詫びは後日しましょう。一先ず昼過ぎにジルコニアさんの店に行こうと思います。エリカはどうしますか?」


「そうね。昨日も店を中休みしてしまったから流石に今日はね。春彦、お願いできる?」


「そうですね。俺が一人で行ってきます」


「ジルコニアさんによろしく言っといてくれる?」


「分かりました」


春彦は頷いて食事を再開した。

食事を早めに切り上げると、パン屋の雑用を出来るだけ熟した。

昼を過ぎた辺りでエリカに一声掛けてからパン屋を後にした。

ジルコニアの店はエリカのパン屋からさして遠くは無いが、雪に慣れていない春彦は幾度か滑りながらも慎重に向かった。

その為、時間も要した。

ジルコニアの店に辿り着いた時には既にかなりの時間が経過していた。


「こんにちはー。ジルコニアさん、いらっしゃいますか?」


春彦は店先から奥に向かって声を掛けると店の奥からジルコニアが顔を出した。


「おや、春彦。随分早かったね」


「ええ。キムスルさんがご尽力くださり予定よりも早く分かりました」


「そうかい。それは結構。で、どうだったんだい?」


「端的に言うとザグルスさんは矢張りカリフの丘の辺りを寝込まれる前に通っていたそうです。その時に悪魔の実があったかどうかまでは分からなかったそうですが、海沿いにあるアルテアの街に向かう際にカリフの丘を通ったそうだと側近のコニオさんから裏が取れたみたいです。丁度その時期にアルテアにある大きな商会から急ぎの取引があり、いつもはカリフの丘を迂回するルートを取るそうなんですが、どうしても急を要するらしくカリフの丘を抜けるルートを取ったそうなんです。カリフの丘を通る際にザグルスさんが隊商で随行していた者を全員馬車の中にいるように命令したので記憶に残っていたようです」


「ザグルスは悪魔の実の事を知っていたんだね」


「詳しく知っていた訳では無いのかも知れませんが、良く無い事が起こるという事は分かっていたのかもしれませんね」


春彦が言うと、ジルコニアは頷いた。


「悪魔の実の解毒剤はちょっとばかり入手が難しいんだよ。春彦、あんたは分かっているね?」


春彦は躊躇ってから頷いた。

ジルコニアは春彦をじっと見つめる。


「そうだね。あんたは創造主だからね」


「そんな大層な者ではありませんがね」


春彦はジルコニアの視線に耐え切れずに目を逸らした。


「取り込まれてしまったんだね。自分の生み出した物語に。それはどんな気分だい?」


「……どうと言われても困ります。もうここは俺の手から離れすぎている。人の親になった経験はありませんが、きっとそんな気分なんでしょう。手の中で見守っていた子供が歩き出したら多少の干渉は出来るでしょう。でもそれは僅かばかりの手助けにしかなりません」


「それがこれかい?もう少しマシな手助けは出来なかったのかね。全く。悪魔の実なんて厄介な物を持ち出すなんてね」


「症状をある程度キムスルさんに確認した時点でそれを捻じ曲げる事が不可能な程に物語が進行している事が分かってしまいました。それを回避するとなるともう通常の進行では難しかったのです」


「はあ。一筋縄では行かないのはこの世界を作った創造主ならではだね」


ジルコニアは呆れたように唸った。


「ジルコニアさんは始めから異物である俺の存在を認識していたようですが、どうしてですか?」


「そんなの簡単さ。魂の厚みが違うよ」


「また抽象的な表現ですね」


「私にこの世ならざる見透す目を授けたのはあんただろう?」


「違いない」


春彦とジルコニアは小さく笑みを交わした。





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