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二人のリカ  作者: 叶 葉
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ジルコニアにザグルスの症状を詳しく春彦が説明した。


「僕の暮らしていた国では聞いた記憶が無い病なのです。全身に発疹が出来、熱が下がらない。解熱剤などを街医者に処方して貰ったらしいですが、一向に効く気配が無いらしいのです」


「身体に痛みなんかはないのかい?特に身体の神経が集まっているような場所とか」


「はい。ズキズキとした疼くような痛みがずっと続いているらしく今は歩行も困難な程だとか」


「成る程ね。ザグルスとかいう男は病を患う前にカリフの丘の辺りを通ったか分かるかい?」


「そこまではちょっと……。ですが、最初に発熱されたのが十ヶ月と少し前らしいですが、その直近での行動をキムスルさん経由で聞いてみる事は出来ると思います。側近のコニオさんという方とは手紙のやり取りくらいは出来るらしいと伺っています」


「じゃあ、すぐに確認しておくれ。もし、カリフの丘を通ったんなら多分悪魔の実による病だろうね」


「悪魔の実?」


三人が異口同音にジルコニアに聞いた。


「馴染みの無い言葉で悪いね。私が勝手にそう呼んでいるんだろ。普通はルチアの花と呼ばれる花の方が名が通っているね。悪魔の実はルチアの花の実の事を私はそう呼んでいるんだよ」


「ルチアの花と言えば風邪薬にもなる良薬で有名じゃないか!」


ジェームスが僅かに身を乗り出してジルコニアに聞く。

エリカも頷いている所を見るに常識的な話のようだ。


「余り知られて無い事なんだけどね。ルチアの花は効能の高さから良く知られているけどね。本当に注意しなきゃいけないのは実の方なんだよ。ルチアの花はね、変わった性質を持っていてね。花は年中咲いているんだよ。だけど、実は付ける時期さえも詳しくは分かっていないし、それを目にする事も珍しいんだよ。何せ真夜中の少しの時間だけ実を付けて、すぐに爆ぜて地につくんだよ。その真夜中に着いた実が真っ黒な真珠のような美しい実なんだ。だが、それを触ってしまうと良くないんだ。だから私は悪魔の実と呼んでいるんだよ」


「ジルコニアさんはその実が原因だと思われているんですな?」


エリカが首を傾げながら尋ねる。


「多分ね。だけど、悪魔の実が原因だったら厄介だよ。悪魔の実はね。私の研究では実自体よりも、実に寄生している小さな目に見えない虫のような存在が根本の原因なんだと考えているんだよ」


「それが原因だとして、手立てはありますか?」


春彦が居住まいを正して聞いた。


「手立てはある。だけど、難しいよ」


「だから、勿体ぶるんじゃないよ、婆さん!」


ジェームスが急かすと、ジルコニアが呆れたように溜め息を吐いた。


「はあ、煩い爺さんだ。せかせか生きてるから老けるんだ。兎に角、そのザグルスがカリフの丘に行ったかどうかが問題だ。まずはそれを確認してくれないかい?」


「分かりました。取り急ぎ確認します」


それで解散となった。

ジェームスはジルコニアと話してから帰るという事で、エリカと二人帰路に着いた。

春彦の少し先を歩くエリカの細い肩がいつもより心細く小さく見えた。


「エリカ?」


消えそうな程儚い空気を纏ったエリカに思わず声を掛ける。

肩が小さく揺れている。

通り雨だろうか。

ポツ。

ポツ、と空から落ちてきた雨粒が石畳に染みを作る。

鼻先に落ちた雨。

段々と勢いを増すように、前方に佇むエリカの肩を濡らす。


「エリカ」


もう一度呼び掛けると、エリカが振り返る。


「本当に、ごめんね」


瞳には不安を抱え、涙を溢れんばかりに溜め込んでいる。


「大丈夫。大丈夫。俺が、俺が居ます。謝らないで、どうか、謝らないで」


小さく震える肩も、涙を拭う権利も無い。

春彦は唯、エリカに安寧をもたらす時が一刻も早く訪れる事を祈っていた。


「帰りましょう」


エリカは小さく頷くと、再び歩き出した。

春彦は、エリカを慰める権利が欲しいと切実に願っていた。

慰めるだけではない。

エリカに関する総ての権利が欲しい。

もうその気持ちは登場人物に向けての感情でも、理香を重ねての気持ちでも無い。

もう隠してはいられない。

この一人で逆境に立ち向かう小さな肩を支えて生きていきたい。


本音を隠してエリカの近くには居られない。













春彦は、すぐ様リンドゲールのキムスル夫妻に早馬で手紙を出した。

キムスル夫妻も早急に対応してくれるだろう。

手紙の手配をすると、エリカの手伝いの為に向かった。


「エリカ、何か手伝いはありますか?」


厨房で作業していたエリカに声を掛けると、驚いたように振り返る。


「春彦!」


「考え事でもしていたんですか?」


無心で作業をしていた際に声を掛けられて驚いてしまったようだ。

苦笑いを浮かべてバツが悪そうな表情をしている。


「ちょっとね。不思議な縁だなってしみじみしてたのよ。この街で拾った春彦が今では店を一緒に手伝ってくれて、しかも私が抱えた問題を率先して解決する為に動いてくれているでしょ?」


「まあ、乗り掛かった船ですからね」


春彦は本心をそっと隠すように素っ気なく返した。

エリカは作業の続きを再開し始めた。


「それでも本当に感謝してるの。もしかして、私を放って置けないのはやっぱり理香さんに似ているから?」


背を向けて作業をしているエリカの表情は窺えない。

生地を捏ねているエリカの姿はいつも通りのようで、矢張り何処か不安定だ。

春彦は核心をつくエリカの言葉に沈黙してしまう。


「いいのよ。私と似ているっていってたものね」


「……すいません」


「理香さんは春彦の恋人なの?」


「恋人でした」


「今は違うの?」


喉が絞まったように言葉にならない。

理香の死をエリカに打ち明ける事は自ら理香が死んだと認めてしまう事になってしまうような気がしたからだ。


「……亡くなったんです」


静寂が厨房を占めた。

エリカはいつの間にか作業の手を止めていた。


「ここに来る少し前に亡くなったんです。理香は、理香は……。俺が殺してしまったんです」


「春彦……」


声が震え、何とか紡いだ言葉にエリカが戸惑っているような気配を感じた。


「お茶でも飲まない?雨だからお客さんも居ないし、ちょっと休憩したかったの。悪いけど付き合ってくれる?」


極めて明るく振る舞うエリカの気遣いが、とても温かかった。

春彦はエリカが生地を発酵させる作業をしている傍らで茶を淹れた。


「悪かったわね。お茶に誘ったのに淹れてもらっちゃって。でも私春彦の淹れてくれるお茶好きなのよ」


対面で作業台の周りに座り、向かい合う。


「エリカが淹れてくれる時の手順を見よう見真似で淹れているだけですよ。でも、エリカがこんなに喜んでくれるんなら理香にも淹れてあげれば良かった」


「理香さんに対して後悔しているのね」


「ええ。俺は当時、自分の仕事ばかり優先していました。理香はいつも俺を献身的に世話をしてくれていて、それを当たり前のように受け取っていました。理香がいなければ自分の家の何処にお茶っ葉があるか分からないくらいに」


「優しい女性だったのね」


「そう、俺を増長させるくらいに」


自嘲の笑いが思わず口元に浮かんでしまった。


「理香さんも春彦の世話焼きをするのが好きだったのね」


「そうかもしれません。お互い依存していたような所があったのかも」


「愛し合っていた?」


「如何でしょうか。俺は勿論愛していました。でも理香は……。もう今となっては分かりませんから」


「女性が何とも思っていない男性の世話なんて焼かないわよ」


エリカは熱い茶を口を窄めて冷ましながらそう言った。



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