第四章 動き出した時間 場面三 対話(二)
ティベリウスの許には、友人や、さほど親しくない人々からも、次々と書簡や使者が送られてきていた。ティベリウスは友人たちに対してさえ、完全に沈黙を守った。
日が落ちると、ティベリウスは簡単に夕食を済ませ、一人で中庭に出た。まだ少し肌寒い。東の塔に明かりが揺らめいているのが見える。トラシュッルスが星図を片手に星を見ているのだ。ロードス島で知り合ったこのギリシア人は、初めは哲学の教師としてティベリウスの前に現れた。エジプトのアレクサンドリアの大学で学んだのだという。だがティベリウスがこの男を傍らに置くようになったのは、哲学の教師としてよりもむしろ天文学者として、あるいは占星術師としてだった。年はティベリウスより十歳は上だろう。ティベリウスは彼の「星読み」を必ずしも信じてはいなかったが、物静かなこの男が語る星々の話は、地上の出来事とはまるでスケールが違っていて愉しいものだった。
「ティベリウス殿」
九年前、トラシュッルスは、水平線に揺れる帆影を指して言った。
「運命が動き始めました」
それは、ティベリウスの帰国を許可するという、アウグストゥスからの書簡を携えた使者を乗せた船だった。
人にはそれぞれ、定められた運命というものがある、とトラシュッルスは言う。全ての出来事には意味があり役割があると。では、ティベリウスに与えられた役割とは何だろう。アウグストゥスは、ドゥルーススは。ローマには、この先どんな運命が待っているのだろうか。
「旦那様」
その時クィントゥスが、ティベリウスを呼んだ。ティベリウスは振り返った。
「アウグストゥスがお見えです」
クィントゥスも緊張しているようだった。
「内々に、二人だけでお会いしたいと」
「書斎へお通ししてくれ」
「かしこまりました」
運命は動き始めた。この日、再び―――恐ろしいほどの速さで。
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