第四章 動き出した時間 場面三 東方からの使者(六)
「三人ともよく聞いて。わたしはもうしばらくここに残るから、三人とも邸に戻っていて。シラヌスに話をして、全てよく相談して行動なさい」
「判りました」
ゲルマニクスが答えた。
「何かあったら、まずシラヌスに言って、それからできるだけわたしにも知らせて」
ゲルマニクスは「判りました」と再び答えてから、邸の奥で起こったことへの興味を抑えきれない様子で尋ねてきた。
「アウグストゥスはどんなご様子なんですか」
「お嘆きが深くて、見ているのが辛いほどよ。リウィアが付き添っておられるわ」
「伯父上はどうなさったんですか。何故、あんなふうに突然お帰りになったんですか。一体、どんな話を?」
アントニアはゲルマニクスを見て、それから甥に目を向けた。それは、誰よりもこの甥が尋ねたいことだろう。ドゥルーススは不安そうな眼差しで、アントニアを見つめた。
「ティベリウスは、あなたに何か言った?」
「何も。先に戻るからと、ただそれだけで」
「そう」
「父はどうしたんですか」
アントニアは少し間をおいて言った。
「心配しないで、って言ってもきっと無理ね。アウグストゥスはガイウス殿の死に心を乱されて、ティベリウスとの間に少し気持ちの行き違いがあったの。わたしからは今はこれ以上言えないわ」
ドゥルーススは不安気な表情のまま一旦口をつぐんだが、遠慮がちに尋ねてくる。
「父の邸に行ってもかまいませんか」
アントニアは少し考えた。
「ティベリウスに使者をやって確かめてみて。わたしには判断ができないから。ティベリウスがいいと言えば、邸のことはゲルマニクスに任せてくれればいいわ」
「はい」
ドゥルーススは頷く。アントニアは子供たちを一人ひとり見つめた。
「頼むわね」
「はい」
ゲルマニクスが率先して応え、三人は一緒に食堂を出て行く。使用人たちが、すでに手早く食堂を片付けにかかっていた。アントニアは食堂長に「よろしくね」と声だけかけてから、再び奥へ戻った。
これからどうなるのだろう。アントニアには判らなかった。応接室を覗いたが、そこにはもう誰もいない。私室だろうか。
「アントニア」
背後から声をかけられ、アントニアは振り返った。そこにいたのはリウィアだった。