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第四章 動き出した時間 場面三 東方からの使者(四)

 アウグストゥスは、怒りの表情で入口を見つめていた。一言の反論も釈明もせず去ったその背を追い続けるかのように、長い間その場に立ち尽くしていた。憤怒の表情のまま石に変えられてしまった彫像のようだ。それにもかかわらず、どこか途方に暮れているようにさえ、アントニアには見えた。

 アントニアはリウィアを見た。その視線は夫に注がれていたが、そこには同情以外のものがあるように思えた。だが、それは息子に対して理不尽な言葉をぶつけられた怒りではないようだった。ある種の昂揚がそこにあった。

「リウィア」

 アントニアが小さな声で呼ぶと、リウィアはアントニアを見た。不意に室内の時間が動き出す。第一人者の身体がわなわなと震え始めた。

「………ガイ………」

 かすれた声が喉から漏れる。第一人者は両掌で顔を覆った。

「………ッ………!」

 引き裂かれるような悲鳴が室内に響き渡った。リウィアもアントニアにもなすすべがない。長い悲鳴が、その場を切り裂いた。常に慎重だった叔父は、ただひとつ、後継者についてだけは周囲の抵抗を押し切って進めてきた。それが今、すべて水泡に帰したのだ。後継者を失った第一人者としての、また二十二歳の孫を失った六十六歳の祖父としてのアウグストゥスの悲嘆に対し、どんな言葉をかけられるというのだろう。

 その喉から悲鳴が消えた時、アウグストゥスはいまや抜け殻のようになっていた。リウィアがその背に触れ、そっと寄り添った。だが、第一人者の身体は身動きひとつしない。

「アントニア」

 リウィアが言った。

「はい」

「食堂へ行って、皆にガイウス殿のことを告げて頂戴」

「はい」

 アントニアは答えた。もしも叔父が冷静であったなら、何事もなかったように宴を続けることもできたかもしれない。あるいは、叔父から皆に話をしてもらえれれば一番いい。ティベリウスは、ひょっとすると継父がそうすることを予想していたのだろうか。ユリウス家の家長としても、宴の主催者としても、今、この場で判断を下すのはアウグストゥスの役目だった。あるいは、女主人格であるリウィアの役目でもあった。ティベリウスにしてみれば、彼らを差し置いて自分がこの場を取り仕切ることには遠慮があったという、ただそれだけのことだったのだろう。悲しみのあまりとはいえ、それに対するアウグストゥスの反応はひどいものがあったと思う。だが、アウグストゥスの気持ちも理解できなくはないのだ。

 アントニアは少しだけ叔父の背に手を置いてから、部屋を出た。

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