表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/243

第一章 父の帰還(九) 場面三 アントニア(二)

 アウグストゥスとリウィアへの帰還の挨拶を終えてから、ティベリウスはその足でアントニアの邸を訪れた。先触れは既に送ってある。ティベリウスは玄関大広間(アトリウム)に通された。吹き抜けからは早春の光が注ぎ、床にもうけられた雨水用水槽(インプルウィウム)の水に反射して明るく輝いている。アントニアは家柄こそそう高くはないものの、父マルクス・アントニウスから相続した財産は莫大だ。ドゥルーススとアントニアが構えた邸は、それほど大きくはないが、美しく上品なものだった。開放的な若夫婦の気性を反映するかのように、色大理石をちりばめた床や、オレンジを基調に暖色系でまとめられた壁には、どこか訪問者を和ませるものがあった。周囲には大理石製の祖先たちの像が静かに佇んでいる。その中には父の像も、ドゥルーススの像もある。ティベリウスはそれらを眺めるともなく眺めていた。

「ティベリウス………」

 囁くような義妹の声に、ティベリウスは奥を見た。懐かしい声だ。若草色のドレスを身につけたアントニアは、足早に歩み寄ってきた。ティベリウスの身体に軽く手を触れ、頭一つ分高い義兄を見上げる。ティベリウスはその手を取り、軽く口付けた。長い間すまなかった、と謝罪の言葉を述べようとするよりも早く、アントニアの柔らかな身体が、ティベリウスをきつく抱いた。

「―――」

 突然の事に戸惑いながらも、ティベリウスは義妹の背を軽く抱いた。香油と、どこか異国風の香りがふわりとティベリウスを包みこむ。

 アントニアは泣いているようだった。乱れた呼吸を通して、女の感情の震えがじかに伝わってくる。ティベリウスは義妹の結い上げた栗色の髪を撫でた。

 不意に熱いものがこみ上げてきた。ティベリウスは目を閉じる。自分でも意外な心の変化だった。しばらく黙ったまま柔らかい背を撫でる。義妹の身体の温かさの中で、ローマへ戻ってきた時の緊張感や、胸の奥に凝っていた何か強ばったものが、雪が融けるようにゆっくりと消えてゆく。快い解放感に充たされながら、ティベリウスは、義妹に頬を寄せた。

「アントニア」

 耳元で囁く。自分でも意外に思うほど、柔らかな響きだった。

「アントニア、本当にすまなかった……」



     ※




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ