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第四章 動き出した時間 場面三 東方からの使者(二)

 メインディッシュが饗される頃、アウグストゥスは家人に耳打ちされて奥へ入っていった。その時点では、宴の面々は、特に気にも留めていなかった。第一人者の多忙な日々を、誰もが知っていたからだ。

 宴の雰囲気が落ち着かないものに変わったのは、リウィアが続いて奥に呼ばれてからだった。ゲルマニクスがティベリウスに何か尋ねた。ティベリウスは軽くかぶりを振る。アントニアは胸騒ぎを覚えていた。

 そして再び家人が食堂に姿を現した時、食堂内の視線が彼に集中した。男はティベリウスに何事か囁き、それから卓を回ってアントニアの許にやってきた。

「すぐに奥へお越し下さい」

 男はそれだけを言った。アントニアは奴隷にサンダルを履かせてもらい、義兄と共に奥へ入った。



          ※



「ティベリウス」

 アントニアは義兄を見た。

「何かしら………」

 義兄は応えない。だが、アントニアには義兄が緊張しているのが判った。義兄に続いて応接に入ると、軍装姿の使者が所在無くたたずんでいるのが目に入る。アウグストゥスは応接椅子に掛けていた。いや―――奇妙な言い方だが、椅子にうずくまるようにして、頭を抱えて座り込んでいた。リウィアは青ざめ、引きつった顔をして椅子の傍らにいた。アントニアは足早に叔父に近づいた。

「叔父上………?」

「アントニア」

 応えたのはリウィアだった。

「ガイウス・カエサルが亡くなったわ」

 アントニアは愕然とした。とっさには言葉が出てこない。アントニアは振り返り、義兄を見た。義兄はリウィアを見、静かな口調で言った。

「書簡を見せていただけますか」

 リウィアは手に持っていた書簡をティベリウスに渡した。パピルス紙に書かれた書簡は、アウグストゥスかリウィア、どちらかが握り締めでもしたものか皺だらけになっている。ティベリウスは書簡を広げ、目を落とした。それから黙ってリウィアにそれを返した。アントニアもリウィアから書簡を受け取り、読んだ。


「最高司令官殿

 神々のごとき叡智と広いお心を持つローマの第一人者に、クィリニウスより謹んでご報告申し上げます。

 このたびは、とても辛いご報告をせねばなりません。去る二月二十一日、ガイウス・ユリウス・カエサル総司令官が、属州リュキアのミュラの地で亡くなりました。報告によると、刀傷から入った毒が、若いお命を奪ったとのことでした。病状が思わしくなかったこともあり、護衛の者たちもせめてかの地で治療に専念していただくよう嘆願し、ギリシア人医師を呼び集めておりましたが、総司令官殿は何かに憑かれたようなご様子で、我々の進言を聞き入れてはいただけませんでした。

 ただちにアピキウスがかの地へ向かい、一隊と共にミュラにて引き続き総司令官のご遺体をお守りしております。軍団の柱と頼むお方を失った我々は、アルメニアの地にて喪に服し、第一人者よりのご命令を待っております。

 このたびの悲運に対し、衷心から哀悼の意をお伝えします」


アントニアは書簡をリウィアに返した。まだ二十二歳の死が痛ましかった。アルメニアでの交渉の失敗と負傷は、何不自由なく育ってきた第一人者の孫には、ことのほか堪えたのだろう。ミュラからなら、ローマへは風が許せば船で二十日もあれば戻れる距離だった。軍団を逃亡したガイウスは、シュリア(シリア)周辺の属州をあてどなくさまよったと聞く。戻ろうとしたのか、戻るに戻れなかったのか。第一人者代理として華々しくローマを出立した重さが、逆境の中では逆に負担となり、彼を苦しめたのではないだろうか。

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