第四章 動き出した時間 場面二 アウグストゥスの招待状(三)
ドゥルーススは、第一人者の率直な告白を、少し意外な気持ちで聞いた。それから、ドゥルーススも苦笑混じりに告白した。
「ぼくも、父のことはよく判らないんです」
アウグストゥスも皺だらけの頬に笑みを浮かべる。
「そうか」
「ある人が、「見かけほど判りにくい男ではない」と父のことを話していました。でも、父は自分のことではとても無口だから」
短い沈黙の後、アウグストゥスはドゥルーススを見つめ、笑った。
「わたしもそなたも、あの男には振り回されるな」
そうかもしれない。ドゥルーススは苦笑して小さく頷いた。
「振り回されないのは、肝の据わった我が姪ぐらいだ」
アウグストゥスの言う通りだった。内心はどうあれ、アントニアだけはあの父に振り回される様子を見せない。九年前、父はまるで何かの儀式のように、厳かともいえる口調でアントニアの邸に移るようにとドゥルーススに告げた。家人も主だったものは全てアントニアの許に移った。ティベリウスが父から相続したという広い邸は無論そのまま維持されていたが、いわばアントニアの邸が「本家」になったのだった。もちろん、家長は変わらずティベリウスだったが、ユリアに代わり、アントニアが「女主人格」になったということでもあった。それまで、クラウディウス・ネロ家の女主人は、かつてはウィプサーニアであり、当時はユリアだった。
「ドゥルースス」
アウグストゥスはしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「ひとつ頼まれておくれ」
「何でしょうか」
アウグストゥスは胸元から一通の手紙を取り出し、ドゥルーススに差し出す。
「あの男に渡してくれ」
ドゥルーススはそれを受け取った。内容が気にならなくはなかったが、ドゥルーススは「明日の朝、持っていきます」とだけ答える。アウグストゥスはかぶりを振る。
「それほど急ぎの用ではない」
「持っていきますよ。そろそろ挨拶に行こうと思っていたんです」
ドゥルーススが答えると、アウグストゥスは少し興がる表情になる。
「何が書かれているか、気にならないのか」
「気にはなりますが………でも、父宛だと仰ったので」
アウグストゥスは少し黙っていたが、「ポストゥムスが十五歳の誕生日を迎える。その宴の招待状だ」と言った。
「来月の話だから、本当にそう急ぐことはない。ついでの時に渡してくれ」
「はい」
ドゥルーススは手紙を胸元にしまう。それからアウグストゥスが付けてくれた家人に送られて邸に戻った。その夜は重大な任務を与えられたような気がして、中々寝付けなかった。