第四章 動き出した時間 場面二 アウグストゥスの招待状(二)
「えっ?」
ドゥルーススの声が、よほど間抜けに響いたのだろうか。アウグストゥスは振り返ってドゥルーススを見て、小さく笑った。
「アウグストゥス」
「ん」
「恨むとはどういうことですか。ぼくには、あなたに感謝こそしても、恨む理由など何もありません。そんなふうに感じるような事を、ぼくはあなたに何かしましたか」
アウグストゥスは再びかぶりを振った。短い沈黙があって、苦笑混じりに呟く。
「あの男は果報者だ」
ドゥルーススには意味が判らなかった。自分にアウグストゥスを恨む理由などあるだろうか。ティベリウスがローマを去ったのは本人の意志だ。父が不在の間、この第一人者は、ドゥルーススに対してもよくしてくれたと思う。アウグストゥスは継子に腹を立てても、その怒りはドゥルーススにまで及ぶことは決してなかった。
「よかったら聞かせておくれ。あの口の重い男と、一体どんな話をしている? わたしのことを何か言っているか」
「いえ。些細なことばかりです。あなたのことは何も話しません」
「何も?」
「はい。話題といえば、ほとんどぼくの近況報告のようなものなんです。父は、自分のことも世間のことも、ぼくにはほとんど話しません。宴に同席していても、父はどちらかというと聞き役に回ることのほうが多いんです。ぼくともそんな感じです」
アウグストゥスは黙っていた。
「アウグストゥス」
「ん」
「父のことを―――今でも怒っていますか」
ドゥルーススは思い切って尋ねた。アウグストゥスはわずかに驚いた眸をする。それから、かすかに苦笑した。
「さてな」
視線を上げ、アウグストゥスは中空を仰いだ。軽く伸びをし、冗談めかした口調で言う。
「わたしには、あの男は判らん」